聖地めぐり
ひかりの輪で行っている日本の聖地めぐりのご案内です。

2011年

【上田・小諸1】観音菩薩の誓願の地――別所温泉、北向観音

2011年5月5日、ゴールデンウィークの最終日に、ひかりの輪では、浅間山の麓の信州(神州)長野の上田市・小諸市周辺の聖地巡礼を行いました。
小諸市には教室もあり、近辺の、あまり知られていない選りすぐりの聖地を巡る企画で、東日本大震災によるたいへんな国難の中、現世の幸福・除災招福の祈願を行いました。
信州の寒い地域は、ちょうど春爛漫で、たくさんの花々が咲き誇る、あまりに美しい季節でした。信州の鎌倉といわれる古刹から、縄文・古代の聖地までも巡る中、日本の自然の美しさがずっとずっと続くようにと願わずにはおれない旅となりました。

 

 

 

 

◎別所温泉--神州最古の温泉・水の神の祝福 〈上田市〉

早朝、東京を出発して2時間半ほどで、上田市にある別所温泉に到着しました。上田菅平インターからずっと見えていた三角の山(女神山)に近づいていく道のりで、別所温泉に着きました。車を降りると、桜がまだ残っていて、山里の少し遅い春の季節なのでした。

「別所温泉」は、聖地の多い信州(神州)でも最古とされる有名な温泉です。駐車場で上祐代表と、聖地ガイドのご挨拶の後、まずは、参拝前に、薬効に優れていると伝わるこの温泉に入りました。

3つほどある外湯(慈覚大師・円仁、木曾義仲、真田幸村ゆかりの湯など)に分かれて入ったのですが、温泉は硫黄の香りがし、たいへん泉質がよく、薬効に優れていると伝わっているだけあり、たいへんいい湯だったと、参加者のみなさんにたいへん好評でした。

 

 

 

 

外湯は江戸時代のような、立派な造りとなっています。その薬効ある温泉は、飲泉も可能で、温泉街のあちこちに飲泉所が備え付けてありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この温泉のはじまりは、とても古く、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の折に発見した湯と伝わります。霧の中から白髪の翁が現れ、「この山の中に七つの温泉が湧き、これが人々の七つの苦を助ける。これを聞きたまえ」と言われ、日本武尊が山中を探すと現れたといいます。

「七つの苦から離れる」という意味から「七苦離(ななくり)の湯」と呼ばれるようになり、古くから温泉の効能が信仰と結び付けられた仏教の霊場として栄え、開湯1千年なのだそうです。


◎北向観音--観音菩薩への誓願の地 〈上田市〉

別所温泉で心身ともどもすっきりした後は、さっそく北向観音の参拝です。
上田市の別所温泉一帯は、「信州の鎌倉」と呼ばれ、鎌倉時代から室町時代にかけて造られた神社仏閣などが多数残っているのですが、その中でも、別所温泉の温泉街の中心地にあるのが北向観音です。

 

階段を上ると、すぐ左にある手水舎からは、「慈悲の湯」と呼ばれる温泉がこうこうと湧いていました。

 

 

別所温泉には、温泉の薬効と、薬師如来の病苦から人々を救うというご利益が結びついた、強い温泉薬師信仰があるのです。境内には、立派な温泉薬師瑠璃殿が建てられて、お祀りされています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでは、Ustreamの生中継を行い、北向観音をご紹介したのですが、ちょうどその前に、太陽の周りに虹の光の輪が出ていました。この虹の光の輪は、ひかりの輪のシンボルマークの元となっているもので、今回のセミナーのシンボルでもあったので、嬉しい現象でした。

 

上祐代表から、自己の心を浄化し他の人の幸福を願うこと、自己の良心、自分の心の中の神さまに反することのない願いが、本当の幸福につながるというお話があり、ここでは、この世の幸福を願い、心の浄化を誓って、万物への誓願を行わせていただきました。

 

 


さて、北向観音の開創は825年、比叡山の慈覚大師円仁によると伝えられています。
善光寺とセットで参らなければ片参りで不足であるとされた名跡で、善光寺と向かい合うように本堂が北を向いていることが、その名の由来とされます。

 

 

善光寺は阿弥陀如来がお祀りされ来世の幸福を、北向観音は千手観音がお祀りされ現世の幸福をもたらすといわれています。また、善光寺は悪縁を切り、北向観音は良縁を結ぶともいわれています。厄除け観音としても全国的に有名です。

そして、ここ北向観音には、観音菩薩ご出現の伝説が伝えられています。境内に、ひときわ大きな枝を伸ばしている桂の大木があるのですが、これが観音菩薩が出現なさった霊木です。
ちょうど若葉が萌え出て、生命力に溢れているお姿でした。

 

その伝説は、825年(平安時代)のことでした。このあたりの山が激しく鳴動を続けた末、地裂け、大火が起こり、たいへんな災害が起こった折、これを鎮めるために、比叡山から寺の建立のために滞在していた慈覚大師円仁が大護摩を厳修したのだそうです。

すると、紫雲がたちこめ、境内にある桂の大木に、金色の光とともに観世音菩薩がご出現され、人々を救ったのだそうです。そして、大師自らこの霊像を彫み、供養し、お祀りしたと伝えられています。

次は、近くの常楽寺へと向かいます。


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