内省法「内観」
「ひかりの輪」で、内観の世界的権威の方にご指導いただきながら実践している内省法「内観」についてのコーナーです

このコーナーについて

  • このコーナーについて

    ◆「内観」について

    ひかりの輪では、「内観」という感謝の心を培う「自己内省法」を取り入れています。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。

    学会もあって、海外にも広がっています。

    内観の良さは、誰もが簡単に行うことができ、感謝の心=愛が深まり、幸福感が増し、心が安定することです。

    このコーナーでは、内観について、内観の国際的権威の大学教授のご指導による「内観セミナー」について、参加者の感想などご紹介しています。 なお、各地で行う「内観セミナー」には、どなたでもご参加いただけます。


    ◆内観について詳しいブログのご紹介


    「和の精神を求めて--広末晃敏のブログ」

    広末副代表が、内観の効能や、自身の内観体験について、詳しく掲載しているブログをご紹介します。

    内観にご興味・ご関心がありましたら、ぜひご一読ください。

  • 「内観」の効能・自身の体験を紹介 「和の精神を求めて―広末晃敏のブログ」

    「和の精神を求めて――広末晃敏のブログ」

    広末副代表が、内観の効能や、自身の内観体験について、詳しく掲載しているブログをご紹介します。

    内観にご興味・ご関心がありましたら、ぜひご一読ください。

募集中◎「内観」スケジュール

  • 国際的権威の教授が指導する内省法「内観」セミナーのご案内(12/16東京)

    家庭での親子関係の不和......。
    職場や学校、地域での人間関係が、うまくいかない......。
    周辺の人々に対する、恨みや卑屈、わだかまりの感情......。

    こうした心の憂うつや、そこから生じる身体の不調に思い悩む人は、少なくありません。
    私たちは、忙しい毎日に追われて、自分自身を見失い、心身の安定を失いがちです。

    そこで、1日ゆっくり時間をとって、これまでの人生を振り返ることによって、平安で幸福感に満ちた本当の自分を取りもどし、人間関係の改善につなげていく--。

    それが、いま日本を中心に世界にも広がりつつある内省法「内観」です。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として、吉本伊信氏によって70年ほど前に確立されたものです。

    現在までに、学校教育・企業研修・矯正教育などの現場で、幅広く導入されてきました。

    その高い効果は、学会(日本内観学会)でも長年にわたって研究・実証されてきました。また、うつやアルコール依存、心身症等への一定の効果があるとして医療にも応用されており、日本内観医学会も設けられています。


    ●内観の実践方法と効果

    内観の実践方法は、いたって簡単です。

    内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親や友人などの周辺の人々を対象に、

    ① 他人から、していただいたこと
    ② 他人に、して返したこと
    ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    の3つの要素を1つ1つ思い出していくという作業を、一定の作法にのっとって、丸1日~1週間ほど集中して行っていきます。

    すると、次第に、これまでの自分中心だった物の見方が改まって、恨みやわだかまり等の悪感情が静まっていきます。そうして、周辺への感謝の心が深まり、幸福感が増し、心が安定していきます。

    その結果、周囲との人間関係も改善していくのです。

    そして、その延長上には、仏教が説く「悟り」、心の解放、慈悲の体得があります。

    しかし、現代の日本では、親を尊敬する子供は半数に満たないという意識調査もあり、いろいろな面において、人の心には、感謝よりも不満が生じやすくなっています。

    こうした状況の中で、感謝の心を深める内観は、非常に重要だと思います。

    親などの愛を認識し、感謝が深まれば、健全な形で、自分の価値=自尊心を形成できます。すなわち、自己と他者の双方に対する愛を育むことができるのです。



    ●内観の国際的権威の指導による貴重な機会

    本来の内観は、1週間にわたって泊まり込みで集中して行うものですが(「集中内観」といいます)、忙しい現代人のために、今回は特別に、まずは1日に短縮して行う内観(「1日内観」といいます)の機会を設けさせていただきました。

    この「1日内観」では、これまで内観学会の要職を務められてきた経験をお持ちで、現在、世界各国に内観を普及していらっしゃる国際的権威の大学名誉教授のご指導を受けつつ、内観を実践することができます。

    この、年に1度の貴重な機会を逃すことなく、皆さまがご参加になることを、心よりお待ちしております。


    ●参加者の喜びの感想

    これまでに、この「1日内観」に参加された多くの方から、「参加して本当によかった」というご感想が寄せられています。

    「長年恨んでいた親が、実は多大な愛情を持って育ててくれたことを知り、申し訳なさに涙が止まらなくなった」
    「親が生きているうちに気付くことができてよかった」
    「恨んでいた亡くなった親への気持ちを整理することができ、やっと前向きになれた」
    「長年嫌いだった人に感謝することができ、心が楽になった」

    などなど、数十年来のわだかまりの感情から解放されるなど、画期的な人生の変化を経験される方も多くいらっしゃいます。

    その他にも、多数の喜びの感想の声が、左のメニュー画面の「実践レポート・体験」に掲載されていますので、是非ご覧ください。



    ●実施スケジュール(2018年)

    ・2018年6月17日(日) 午前10時~東京本部教室
    ・2018年9月9日(日)午前10時~仙台支部教室
    ・2018年9月22日(土) 午前10時~名古屋支部教室
    ・2018年9月30日(日)午前10時~大阪支部教室
    ・2018年12月16日(日)午前10時~東京本部教室

    【※上記の実施時間についてはご相談に応じますが、できるだけ長い時間にわたって内観に取り組んだ方が、効果が上がります】
    【※その他のスケジュールは現在調整中です】

       この「内観セミナー」は、ひかりの輪の会員・一般の方を問わず、どなたでもご参加いただけます。ご参加を希望になる方、上記の各本支部教室までご連絡下さい。

      なお、内観は、一人一人の参加者のみなさまが、じっくりと行う作業のため、参加者数に限りがあります。定員に達した場合はご了承下さい。

    ●参加費

    10000円(お支払いに困難な事情がある方は、減額等のご相談に応じさせていただきます)


    ◆上記日程以外でも、内観のお手伝いをさせていただきます

    もし上記の日程で不都合な場合でも、内観を実践する以下の機会がありますので、ご活用ください。

    (1)ひかりの輪スタッフが内観のお手伝いをさせていただく「内観セミナー」もあります。詳しくは、こちらのページをご覧ください。

    (2)内観セミナーの日程以外であっても、希望される方には、ひかりの輪のスタッフが個別に内観のお手伝いをさせていただくこともできます。詳しくは、こちらのページをご覧ください。


    ◆お気軽にご参加ください

    本セミナーでは、もちろん、ひかりの輪への入会勧誘等は一切行っていません。参加費お支払い以外の義務も一切ありません。

    ひかりの輪は、入会しなくても学ぶことができ、各種セミナーの参加者の半数は、会員ではない一般の方です。

    今回も、できるだけ多くの一般の方に内観を実践していただきたく、この機会を設けさせていただきました


    ◆当日ご案内を担当する予定のスタッフのご紹介・メッセージ

    担当の広末晃敏と申します。

    私も先生のご指導にそって1日内観を数回、1週間の集中内観を1回行わせていただきました。

    その結果、20年間家出していた実家に帰って親子関係を回復できたばかりでなく、これまでにない心の広がりや安らぎを得ることができました。

    皆さまもこの機会に是非一度、内観を実践してみて下さい。

    なお、私の内観体験談をこちらの私のブログに載せておりますので、よろしければご覧ください。皆さまとお会いできることを楽しみにしております。

  • ひかりの輪スタッフが指導する内省法「内観」セミナーのご案内

    家庭での親子関係の不和......。
    職場や学校、地域での人間関係が、うまくいかない......。
    周辺の人々に対する、恨みや卑屈、わだかまりの感情......。

    こうした心の憂うつや、そこから生じる身体の不調に思い悩む人は、少なくありません。
    私たちは、忙しい毎日に追われて、自分自身を見失い、心身の安定を失いがちです。

    そこで、1日ゆっくり時間をとって、これまでの人生を振り返ることによって、平安で幸福感に満ちた本当の自分を取りもどし、人間関係の改善につなげていく--。

    それが、いま日本を中心に世界にも広がりつつある内省法「内観」です。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として、吉本伊信氏によって70年ほど前に確立されたものです。

    現在までに、学校教育・企業研修・矯正教育などの現場で、幅広く導入されてきました。

    その高い効果は、学会(日本内観学会)でも長年にわたって研究・実証されてきました。また、うつやアルコール依存、心身症等への一定の効果があるとして医療にも応用されており、日本内観医学会も設けられています。


    ●内観の実践方法と効果

    内観の実践方法は、いたって簡単です。

    内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親や友人などの周辺の人々を対象に、

    ① 他人から、していただいたこと
    ② 他人に、して返したこと
    ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    の3つの要素を1つ1つ思い出していくという作業を、一定の作法にのっとって、丸1日~1週間ほど集中して行っていきます。

    すると、次第に、これまでの自分中心だった物の見方が改まって、恨みやわだかまり等の悪感情が静まっていきます。そうして、周辺への感謝の心が深まり、幸福感が増し、心が安定していきます。

    その結果、周囲との人間関係も改善していくのです。

    そして、その延長上には、仏教が説く「悟り」、心の解放、慈悲の体得があります。

    しかし、現代の日本では、親を尊敬する子供は半数に満たないという意識調査もあり、いろいろな面において、人の心には、感謝よりも不満が生じやすくなっています。

    こうした状況の中で、感謝の心を深める内観は、非常に重要だと思います。

    親などの愛を認識し、感謝が深まれば、健全な形で、自分の価値=自尊心を形成できます。すなわち、自己と他者の双方に対する愛を育むことができるのです。



    ●特別な1日内観の貴重な機会

    本来の内観は、1週間にわたって泊まり込みで集中して行うものですが(「集中内観」といいます)、忙しい現代人のために、今回は特別に、まずは1日に短縮して行う内観(「1日内観」といいます)の機会を設けさせていただきました。

    この「1日内観」では、これまでに集中内観を実践し、100名以上の皆さんの内観のお手伝いをしてきた経験を持つひかりの輪スタッフの指導を受けつつ、内観を実践することができます。

    皆さまがご参加になることを、心よりお待ちしております。


    ●参加者の喜びの感想

    これまでに、この「1日内観」に参加された多くの方から、「参加して本当によかった」というご感想が寄せられています。

    「長年恨んでいた親が、実は多大な愛情を持って育ててくれたことを知り、申し訳なさに涙が止まらなくなった」
    「親が生きているうちに気付くことができてよかった」
    「恨んでいた亡くなった親への気持ちを整理することができ、やっと前向きになれた」
    「長年嫌いだった人に感謝することができ、心が楽になった」

    などなど、数十年来のわだかまりの感情から解放されるなど、画期的な人生の変化を経験される方も多くいらっしゃいます。

    その他にも、多数の喜びの感想の声が、左のメニュー画面の「実践レポート・体験」に掲載されていますので、是非ご覧ください。



    ●実施スケジュール

    【※今後のスケジュールは現在調整中です】

    この「内観セミナー」は、ひかりの輪の会員・一般の方を問わず、どなたでもご参加いただけます。ご参加を希望になる方は、上記の各本支部教室までご連絡下さい。

    なお、内観は、一人一人の参加者のみなさまが、じっくりと行う作業のため、参加者数に限りがあります。定員に達した場合はご了承下さい。


    ◆上記日程以外でも、内観のお手伝いをさせていただきます

    もし上記の日程で不都合な場合でも、内観を実践する以下の機会がありますので、ご活用ください。

    (1)内観の国際的権威の大学名誉教授のご指導を受けることができる「内観セミナー」もあります。詳しくは、こちらのページをご覧ください。

    (2)内観セミナーの日程以外であっても、希望される方には、ひかりの輪のスタッフが個別に内観のお手伝いをさせていただくこともできます。詳しくは、こちらのページをご覧ください。


    ◆お気軽にご参加ください

    本セミナーでは、もちろん、ひかりの輪への入会勧誘等は一切行っていません。参加費お支払い以外の義務も一切ありません。

    ひかりの輪は、入会しなくても学ぶことができ、各種セミナーの参加者の半数は、会員ではない一般の方です。

    今回も、できるだけ多くの一般の方に内観を実践していただきたく、この機会を設けさせていただきました


    ◆当日皆さまの内観のお手伝いをする予定のスタッフのご紹介・メッセージ

    担当の広末晃敏と申します。

    私も先生のご指導にそって1日内観を数回、1週間の集中内観を1回行わせていただきました。

    その結果、20年間家出していた実家に帰って親子関係を回復できたばかりでなく、これまでにない心の広がりや安らぎを得ることができました。

    皆さまもこの機会に是非一度、内観を実践してみて下さい。

    なお、私の内観体験談をこちらの私のブログに載せておりますので、よろしければご覧ください。皆さまとお会いできることを楽しみにしております。

  • 12月16日(日)東京教室にて、国際的権威の教授が指導する内省法「内観」セミナーのご案内

    日増しに寒さが身にしみるようになりました。

    さて、12月16日(日)に、東京にて行われる内観セミナーのお知らせです。

    ひかりの輪では、内観の国際的な権威の大学教授の方の指導の下で行なう「内観セミナー」が、各教室で定期的に行われています(基本的に一日内観)。

    本来、内観は1週間集中して実践するのが望ましいのですが(「集中内観」といいます)、時間がない方のために、まずは皮切りとして1日だけ実践する「1日内観」という方法があります。

    「ひかりの輪」の「内観セミナー」では、丸1日行なう「1日内観」を行っています。
    詳しくは、http://www.joyu.jp/hikarinowa/naikan/51/01032015201512162.htmlをご覧ください。


    ◆内観の効果

    内観は、どなたでも簡単に実践することのできる、感謝の心を培う方法です。 参加された多くの方が、「参加して本当によかった」というご感想を持ってお帰りになります。

    「長年恨んでいた親が、実は多大な愛情を持って育ててくれたことを知り、 申し訳なさに涙が止まらなくなった」

    「親が生きている内に気付くことができてよかった」

    「恨んでいた亡くなった親への気持ちを整理することができ、やっと前向きになれた」

    「長年嫌いだった人に感謝することができ、心が楽になった」

    などなど、数十年来の感情から解放されるなど、画期的な人生の変化を経験される方も多くいらっしゃります。


    ◆内観の実践方法

    その方法は、至って簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人に、

    ① 他人から、していただいたこと ② 他人に、して返したこと ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業のみを、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。

    内観の良さは、感謝の心=愛が深まり、幸福感が増し、心が安定することです。
    また、感謝の心が深まれば、人間関係も改善します。

    そして、その延長上には、仏教が説く悟り、心の解放、慈悲の体得の土台にもなります。 しかし、現代の日本では、親を尊敬する子供は、半数に満たないという意識調査もあり、いろいろな面において、人のこことは、感謝よりも不満の心が生じやすくなっています。

    こうした状況の中で、感謝の心を深める内観は、非常に重要と思います。 親などの愛を認識し、感謝が深まれば、健全な形で、自分の価値=自尊心を形成できます。
    すなわち、自己と他者の双方に対する愛を育むことができるのです。 この貴重な機会を是非ご活用下さい。


    ◆日程

    12月16日(日)10:00~夜  東京本部教室

    ※参加時間につきましては、ご相談に応じます。できるだけ長い時間にわたって内観に取り組んだ方が、効果が上がります。


    ◆参加費

    10000円(お支払いに困難な事情がある方は、減額等のご相談に応じさせていただきます)


    ◆お気軽にご参加ください

    本セミナーでは、もちろん、ひかりの輪への入会勧誘等は一切行っていません。参加費お支払い以外の義務も一切ありません。

    ひかりの輪は、入会しなくても学ぶことができ、各種セミナーの参加者の半数は、会員ではない一般の方です。

    今回も、できるだけ多くの一般の方に内観を実践していただきたく、この機会を設けさせていただきました。


    ◆お問い合わせ先

    東京本部教室千葉教室
    担当:細川美香
    担当者携帯電話:080-2273-3588
    メールアドレス:tokyo@hikarinowa.net

  • 内観の個別指導のご案内(日程はご相談に応じます)

    内観の国際的権威の名誉教授が指導する内観セミナーや、ひかりの輪スタッフによる内観のセミナーをご案内させていたただいてきましたが、もしこれらのセミナーにご参加になれない場合でも、皆さまのご都合のよい日時に合わせて、個別に内観を実践できる機会をご提供いたします。

    参加者1名様からお受け付けいたします。

    その場合、内観のご指導を担当するのは、上記の名誉教授ではなく、ひかりの輪のスタッフ(下記の広末など)になりますが、1日かけて誠心誠意、個別に場所をご用意した上で内観のお手伝いをさせていただきます。

    場所は主に、東京、横浜、千葉となりますが、日程や時間のご相談は随時お受けしますので、ご遠慮なくお問い合わせください。


    ◆当日お手伝いする予定のスタッフのご紹介・メッセージ

    担当の広末晃敏と申します。

    私も先生のご指導にそって1日内観を数回、1週間の集中内観を1回行わせていただきました。

    その結果、20年間家出していた実家に帰って親子関係を回復できたばかりでなく、これまでにない心の広がりや安らぎを得ることができました。

    皆さまもこの機会に是非一度、内観を実践してみて下さい。

    なお、私の内観体験談をこちらの私のブログに載せておりますので、よろしければご覧ください。皆さまとお会いできることを楽しみにしております。


    ◆お問い合わせ先

    ひかりの輪内観担当スタッフ 広末晃敏
    メールアドレス koho@hikarinowa.net

  • 終了した日程

    これまで、以下の日程で内観セミナーが行われました。

    〈2018年〉

    ・6月17日(日)東京本部教室(終了)
    ・9月9日(日)仙台支部教室(終了)
    ・9月22日(土)名古屋支部教室(終了)
    ・9月30日(日)大阪支部教室(終了)

    〈2017年〉

    ・7月9日(日) 東京本部教室(終了)
    ・10月1日(日) 名古屋支部教室(終了)
    ・10月8日(日) 大阪支部教室(終了)

    〈2016年〉

    ・1月24日(日) 名古屋支部教室(終了)
    ・2月7日(日) 東京本部教室(終了)
    ・6月19日(日) 仙台支部教室(終了)
    ・7月3日(日) 千葉支部教室(終了)
    ・7月10日(日) 大阪支部教室(終了)
    ・9月25日(日) 長野連絡所(終了)
    ・10月2日(日) 名古屋支部教室(終了)
    ・10月23日(日) 東京本部教室(終了)

    〈2015年〉
    ・9月27日(日) 大阪支部教室(終了)
    ・12月12日(土)~13日(日)福岡支部教室(終了)

    〈2014年〉
    ・1月12日(日) 長野連絡所(延期)
    ・1月25日(土)~26日(日) 仙台教室(終了)
    ・2月9日(日) 名古屋支部教室(終了)
    ・2月16日(日)  東京本部教室(終了)
    ・4月27日(日) 大阪支部教室(終了)
    ・5月17日(土) 福岡支部教室(終了)
    ・10月5日(日) 東京本部教室(終了)

    〈2013年〉
    ・1月13日(日)~14日(月) 仙台支部教室(終了)
    ・2月16日(土)~17日(日) 福岡支部教室(終了)
    ・4月 7日(日) 名古屋支部教室(終了)
    ・4月14日(日) 大阪支部教室(終了)
    ・6月16日(日) 長野連絡所(終了)
    ・6月23日(日) 千葉支部教室(終了)
    ・10月6日(日) 大阪支部教室(終了)
    ・10月20日(日) 東京本部教室(終了)
    ・11月30日(土)~12月1日(日) 福岡支部教室(終了)
    ・12月8日(日) 千葉支部教室(終了)

自己反省法「内観」とは?

  • 感謝の心を深める内観

    ●内観とは?

    ひかりの輪では、「内観」という感謝の心を培う自己内省法を取り入れています。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。学会(日本内観学会)があって、医療にも応用されており、海外にも広がっています。

    その方法は、至って簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人に、

    ① 他人から、していただいたこと
    ② 他人に、して返したこと
    ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業のみを、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。

    なお、親がいない人は、親代わりに育てくれた人を親と見て行います。

    ●内観の効能――現代人に重要な感謝の心

    内観の良さは、感謝の心=愛が深まり、幸福感が増し、心が安定することです。

    また、感謝の心が深まれば、人間関係も改善します。

    そして、その延長上には、仏教が説く悟り、心の解放、慈悲の体得の土台にもなります。

    逆に、心理学では、子供時代に親の愛を認識できず、感謝の心が乏しい場合は、自分の価値がわからなくなり、それを感じようと、自己中心的な傾向が生じるとも言います。

    そうした人は、傲慢に見えますが、自分の価値がわからないのですから、卑屈でもあります。

    そのため、逆に、他と壁を作り、内向的になり、疎外感を感じる場合もあるようです。

    しかし、現代の日本では、親を尊敬する子供は、半数に満たないという意識調査もあります。

    敗戦による父権の喪失もあるでしょうが、経済成長重視の競争社会で、「もっと、もっと」という欲求が深まり、感謝よりも不満の心が生じやすくなっています。

    こうした状況の中で、感謝の心を深める内観は、非常に重要です。

    親などの愛を認識し、感謝が深まれば、健全な形で自分の価値=自尊心を形成できます。

    すなわち、自己と他者の双方に対する愛を育むことができるのです。

    さらに、内観が深める感謝の心は、仏陀の智恵が説いた真の幸福の道、すなわち、足るを知って、他と分かち合う道とよく合致します。

    さらに、慈悲の心を持つ菩薩になる修行の道として、全ての生き物に対する感謝の心を培う教えがあります。

    こうして、悟りを求める人にも、感謝・内観は重要です。

    ●ひかりの輪の内観セミナー

    実際には、講義を含めて「数時間」のものから、祝日などを利用して丸1日行なう「1日内観」、さらには、2~3日のもの、1週間合宿して行なうものなどがあります。

    ひかりの輪では、祝日などを利用し、内観の国際的な権威の大学教授の方の指導の下で行なう「内観セミナー」が、各教室で定期的に行われています(基本的に一日内観)。

    この貴重な機会を是非ご活用下さい。

  • 内観の方法と効果

    かつてのオウム真理教および現在のアレフ(Aleph)では、特に出家信者と親族との連絡を規制するなど、家族・親族を軽視する傾向が強く、それが一連の事件の原因の一つになったものと当団体では反省しています。

    そこで当団体では、2009年2月以降、刑事政策・犯罪者更正の専門家のご指導をいただきながら、組織的に「内観」を実践し、オウム時代への反省・総括をいっそう深めています。

    内観とは、もともと、自分を反省するための浄土真宗系の一派の修行「身調べ」から生まれたとされています。身調べから宗教的な要素を取り除いて、誰にでも実践可能な自己探求法・自己反省法として、吉本伊信氏によって、70年ほど前に確立され、効果が認められているものです。

    これまで、犯罪者更生、更生教育のために、刑務所や少年院等でも指導されてきており、内観の実践者が5年以内に再び刑務所に入ってくる確率(再入率)は、 実践していない者に比して約50%に低下しているとの報告がなされているほどです。また、内観は、企業研修や学校教育、心理的な治療の場でも用いられてい ます。

    内観では、自分がこれまでの生涯で、
    ①他人からしてもらったこと
    ②他人にして返したこと
    ③他人に迷惑をかけたこと

    --を一つ一つ思い出していくという作業を行います。

    すると、自分は両親をはじめとする周囲の人物から非常にたくさんのことをしてもらっているにもかかわらず、自分は周囲に大したことをして返してあげておらず、むしろ多くの迷惑をかけてきたという事実に気づき、すなわち自分の自己中心性を自覚し、反省し、他者への感謝と奉仕に向かっていくことができるようになります。

    当団体では、以下のように専門家のご指導を受けてきました。

    ①2009年3月3日、専門家を当団体本部施設にお招きし、上祐代表はじめ当団体の役員・指導員の全員と、希望する一般会員らに対して、内観についての講義を約4時間にわたって、実施していただきました。

    ②2009年3月10日、専門家を当団体本部施設にお招きし、当団体の役員・指導員ら10名に対して、約12時間にわたって、内観の実践指導をしていただきました。

    ③2009年3月中旬から下旬にかけて、広末副代表ら役員2名が、専門家のご指導に従い、内観の専門研修施設において1週間にわたる集中内観を実践しました。

    ④2009年12月下旬に、宗形指導員ら指導員2名が、別の専門家を当団体本部施設にお招きし、1日約12時間を約1週間にわたって、内観の実践指導をしていただきました。

    ⑤2012年4月以降は、当団体の外部監査委員でもある専門家の大学教授が、全国の当団体施設(仙台、東京、千葉、長野、名古屋、大阪、福岡)を巡回し、代表の上祐を含む各地の当団体役員や指導員・会員等に対して、内観の実践指導をしてくださっています。

    こうして、当団体の指導層が専門家のご指導のもと内観を修得した上で、幹部研修においても実践を繰り返し、さらには一般会員に対しても紹介・指導し、その実践を推奨しています。

    この内観においては、まず両親への感謝を培っていくことになりますが、これは、オウム事件の原点ともいえる坂本弁護士一家殺害事件の原因となった親子断絶の問題を解決することに大きく寄与しております。現に、内観を深めた結果、約10~20年ぶりに両親に面会した者が出てくるなど、親族との交流再開に顕著な効果が生じています。

    また、親族との連絡を長期間絶っている他の会員に対しても、内観の実践や親族との連絡をとることを団体として推奨しております。

    さらに、思想面についても改革が進み、両親の子に対する愛の中に神仏の愛が現れること、すなわち両親の延長上に神仏がましますとして、両親の本質を神仏に等しいものと位置付け、尊重しております。これは、両親の子に対する愛は偏った愛着心に基づくものとして低く見て、両親との関係を断ち切るようにと指導したオウム真理教・アレフの教義と比べれば、思想の劇的な転換を示すものともいえます。

    そして、2009年5月のゴールデンウィーク中に行われた、当団体のセミナーにおいては、「オウム真理教と親子問題」に関するこれまでの総まとめとして、上祐代表による講義と教本の配布を行い、実際に、多くの会員に対して、その親子問題の解決に大変有効である「内観」の実践指導を行いました。

    当団体において、2008年に、オウム真理教事件の総括を行う中で、麻原死刑囚や信者たちの親子関係に関する問題がオウムの問題の背景にあったのではないかという分析を行いましたが(※オウムの教訓サイト『心理学的な視点に基づく、麻原・弟子・現代社会の人格分析』として掲載)、さらに2009年以降に、親子関係を含めた内観を行なうことで、元オウム信者である当団体会員の抱える親子関係の問題が、より明確になってきたという流れがありました。

    当団体では、こうした総括やセミナーを通じて、以下のような内容を学習いたしました。

    ◎麻原彰晃の幼少期からの親子関係の不遇による、親への憎しみの形成の報告(高山文彦『麻原彰晃の誕生』〔文春文庫〕を参考に)

    ◎麻原がその両親を、多くの宗教に見られるように「救世主を生んだ聖母」とせず、「悪業多き魂」として切り捨てていた事実

    ◎それらを起因とし、独特の過酷な出家制度が形成され、最初の社会との対立となったという事実

    ◎出家した子どもの親の激しい反対活動を支援した坂本弁護士を敵と見て、坂本弁護士一家殺害事件につながった流れ

    ◎出家制度の要因として、麻原だけではなく、信者側にも、内観で気づくことになった、親への感謝や尊重の念が足りず、逆に否定的な感情を持っていたという問題

    ◎読売新聞のアンケート調査などを参考にした、現代日本全体に広がるゆがんだ親子関係の状況理解

    ◎心理学や内観などを通した親子問題の分析

    ◎親への感謝に気づくことのできる内観が、親子問題の解決に大変有効であること

    ◎内観により「健全な親への認識」が深まるという効果

    これらを学習し、実際の内観の実践を行った結果、参加者の会員からは以下のような感想が寄せられました。

    ◎親から受けた恩で、忘れていたことをたくさん思い出した。

    ◎親の世話になりながらも自分は何の恩返しもしておらず、むしろ迷惑ばかりかけているのがわかって、申し訳なさに涙が止まらなくなった。

    ◎自分は一人で生きてきたのではないということに、今さらながら気づいた。

    ◎親が生きているうちに親孝行をしたいと思うようになった。

    こうした内観的手法は、当団体の理念・思想の中に採用され、会員は日々実践に努めています。こうした取り組みが、当団体会員のみならず、今でもオウム信仰から脱却できない現信者・元信者の諸問題の解決に寄与できれば幸いです。

  • 上祐代表による内観解説

    上祐代表による内観の解説 1
    「内観の教え:仏教由来の内省法」


    (1)内観の歴史:浄土真宗の身調べを改善したもの

    内観は、自分を知るための一つの方法であり、元は、仏教宗派の修行であって、その後、自己探求・自己啓発の手法や心理療法として発達した。

    内観の前身は、阿弥陀如来を信仰する浄土真宗(開祖親鸞)の一派に伝わる「身調べ」という修行法だった。この「身調べ」は、現在の「内観」から見ると、非常に荒っぽいものであり、それをそのまま真似ることは不適切である。しかし、ここでは、内観発祥の歴史を知るためにも、説明しておくことにする。

    身調べでは、ひとりだけ隔離され、誰とも面会することが許されず、数日間の断水・断食・断眠という厳しい条件のなかで、「今死んだら自分の魂はどこに行くのか。地獄行きか、極楽行きか? と真剣に問い詰めて、身・命・財の3つを投げ捨てる思いで反省せよ」という指示を与えられて、今日までの自分の行いを反省するというものである。

    2時間おきに信仰の先輩たちがかわるがわる来て、現在の心境を聞き説教し激励する。こうして信者に自分がいかに罪業深いかを自覚させ、仏の救いにあずからせようとするものだった。3日くらいで心身の限界に達するころには、個人差があるが、「宿善開発(過去世の一切の善業が花開いて阿弥陀仏の救いに与ること、一種の悟り)」や、「安心立命」と呼ばれる境地に達する人が多かったという。このような深い宗教的な体験を求めるのが「身調べ」だった。

    この「身調べ」を吉本伊信(よしもといしん)という人が、難行苦行的な要素や、宗教的な色彩を取り除き、誰でもができる自己探求法として改良し、それを「内心の観察」という意味で、1940年に「内観」と名付けた。そして、当時から自己発見による自己啓発や悩みの解決法として用いられ「内観法」と呼ばれた。

    また、心理療法の分野で、問題行動や心身の疾病のために用いられる場合には「内観療法」と呼ばれるようになった。1954年から少年院や刑務所の矯正教育として導入され、心理学や医学領域に導入されたのは1965年ころからである。


    (2)内観のやり方

    断水・断食・断眠という苦行的要素をなくし、朝5時~夜9時まで、1日16時間の内観を行い、それを7日間行う。集中しやすいように屏風でしきりをして、トイレ、入浴、就寝以外は、食事も屏風の中でとる。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、雑談などは禁止され、この間は集中して内観のみに専念する。

    具体的なやり方は、3つのテーマにそって行われる。

    そのテーマは、

    ①「してもらったこと」

    ②「して返したこと」

    ③「迷惑をかけたこと」

    というもので、通常、はじめは母親を対象として行い、順次、父親、他の肉親などに対象を変えて、子供時代から3年区切りで現在まで3つのテーマについて想起する。

    そして、①の「してもらったこと」と、②の「して返したこと」に、それぞれ2割ずつの比重をかけ(合計4割)、③の「迷惑をかけたこと」に6割の比重をかけて内観する。

    この間、面接者が1時間~1時間30分おきに来て、3~5分ほど面接で内観の報告を行う。

    また、日常生活のなかで行う「日常内観」というものもあるが、それは集中内観で得られた心理的変化を持続させ、さらに深化させる役割がある。


    (3)内観の治療の効果とその仕組み

    1.「してもらったこと」の想起による気づき

    内観で「してもらったこと」を想起すると、他者から多くの愛情を注いでもらったことに気づく。それは他者に対する認知が肯定的なものに変化し、他者を受け入れることができるようになる。

    このことは、自分は悪くないという思い込みが強く、被害者意識や自己正当化し、他者に対して恨みや怒りを持っている人が多い神経症性障害者(不安障害、恐怖症、強迫性障害、心気障害、離人症性障害)や行動の障害がある人の回復に効果がある。

    さらに内観が深まり、愛されてきたことの発見が徹底していくと、大自然によって生かされてきた恩と恵みを自覚するようになるという。こうして内観者は周囲の他人や自然との一体感を感じられるようになり、防衛的な自己が解体されやすくなる。

    また、「こんなにも多くのことをしてもらっていた」という充足感、愛されてきたことの実感は、他者から大切に育てられてきた存在として自己肯定感が生じる。愛情の充足感や自己肯定感によって、自他分離不安(母親との分離不安が元)が解消され、それによって自己執着から解放されていくようになる。アルコール依存症などの嗜癖行動者などは自己破壊行動をなくしていくことができる。

    また、アダルトチルドレンなどのように親に対する被害感が強く、自分が生きることに存在意義や存在感のうすい場合にも、自己肯定感と他者肯定によって回復の大きな力になる。愛されてきたという発見によって、内観者は自分の対人関係で幼児的、退行的な母子関係や依存関係に気づかされ、「してもらったこと」に対する感謝と償いの自覚が呼び覚まされる。


    2.「して返したこと」の想起による気づき

    ここでは、「してもらったこと」の多さに比べ、「して返したこと」の少なさに気づく。他から多くを得て、他に与えたことの少なさに自己否定感が生じる。他者にしてもらうばかりで依存の強い未熟な自分、他者を無視した自己中心的な自分に気づく。また、自己の役割や責任など社会性の欠落も自覚させられる。

    「して返す」という行為は「してもらったこと」のお返し、謝礼としての日常的、社会的な行為であるとともに、「迷惑をかけたこと」に対する償い、謝罪の意味も含まれる。しかし、それを「して返さない」ということは、未熟さの自覚と、「済まない」という罪責感が生じ、償いに気持ちは向かう。


    3.「迷惑をかけたこと」の想起による気づき

    上記の「して返したこと」の想起においてもすでに、「してもらったこと」の多さにくらべ「して返したこと」の少なさに罪責感、罪悪感を感じているが、さらに「迷惑をかけたこと」の具体的な事実を想起すると、予想外に多くの迷惑をかけた事実があったことに気づかされ、より強い罪責感を持つ。

    それは、他者の苦しみを考慮できない自分の未熟さの自覚でもあり、自己否定や自己嫌悪などの感情を伴った罪責感を体験する。

    しかし、一方で「してもらったこと」の想起によって他者からの愛情、恩恵に気づかされているので、こんな自分でも赦し支えてくれたことに感謝と謝罪や償いの気持ちも強化されていく。

    内観による心理的な変化はまず、いかに自分が自己本位であるかの発見であるといわれる。その醜さに罪悪感さえ感じる。「罪意識」は内観療法の中核をなす体験で、愛を受けてきたことの発見と表裏一体となる体験だという。

    内観における罪責感は、うつ病や神経症にみられるような病理的な罪意識でなく、逆に、精神療法の治癒の機転になる重要な要素である。この両者の罪意識の違いは重要である。罪意識は、自分を閉鎖し落ち込みをもたらすが、内観における罪意識は、他者に向けた謝罪という開かれたものである。

    多くの迷惑行為にもかかわらず、それでも赦し支えてきてくれたということの気づきによって謝罪、償いの気持ちが生じてくる。「申し訳ありません」と内観者の内面では謝罪が繰り返される。ときには「どうかお赦しください」と指導する面接者に深々と頭を下げる内観者もいるという。この「開かれた罪意識」は自分を成長させる健康的な罪意識である。

    こうして、他者肯定とともに自己肯定も強まる。そして、過去の罪を自分のこととして受け入れることができるようになる。


    4.「愛されてきたことの気づき」と「開かれた罪意識」の相乗効果

    こうして、「してもらったこと」の想起によって生じた「愛されてきたことの気づき」と、「して返したこと」「迷惑をかけたこと」の想起によって生じた「開かれた罪意識」は、内観を深め、その効果を高めていく二つの大きな要素である。

    この二つの要素の相乗効果によって、認知の変化が認められる。

    1 他者の慈愛によって支えられ許されてきたことによって生じる自己肯定感

    2 自分を慈愛によって支え許してきてくれた他者肯定

    3 その他者は大自然・宇宙にまで拡大される

    4 他者によって生かされている感謝と歓喜

    5 現実的・適応的、適正な考えや行動となる素直さ

    このような認知修正によって、心身の症状の改善や消失が認められている。また、自己や他者の認知の修正は、心の充足と癒しの効果となるので他者を愛することができるようになる。

    それによって、

    ①他を利する意欲・行動の促進となる。

    また、他者に対する恨み・憎しみなどのマイナス感情や愛情の欠乏感がなくなることによって、

    ②反抗・反発などの問題行動の減少、消滅、

    ③謝罪・償いのための意欲、行動の促進、

    ④「して返す」(報恩)の意欲、行動の促進、

    ⑤責任と役割の実践・行動の促進

    などが見られる。

    このように心理的成長によって行動が是正され、現実への適応が可能になっていくのである。


    (4)内観の普及

    内観は、さまざまな分野で利用されている。治療を目的として利用される場合は「内観療法」と呼ばれ、矯正教育や学校教育で利用される場合は「内観教育」、企業研修や自己啓発の場合は「内観法」と呼ばれる。治療場面では、不登校、引きこもり、社会不安障害、摂食障害、各種依存症、うつ、人格障害、統合失調症、心身症、身体的心理的痛み緩和などに役立てられている。また、日本だけでなく欧米や中国・韓国をはじめとしたアジアにも内観は普及している。


    (5)ひかりの輪と内観:いかに自分の暗部を直視するか

    ひかりの輪では、内観と、それを生んだ阿弥陀如来への信仰や、浄土真宗の思想(特にその開祖親鸞)を研究し、特に、ひかりの輪の学習実践の大きな課題である、自と他の区別を超える悟りの実践のために活用している。

    しかし、内観がいかに素晴らしくとも、それが成功するためには、普段は見ないようにしている自分の悪行を直視する必要がある。それに成功してこそ、他の悪行を自分の悪行を投影したものと理解する一元の悟り、自と他の区別を超えた意識が深まる。

    しかしながら、競争社会で育ったわれわれは、自分が他人に対して優位であったり、劣っていたりするといった、自と他の比較について、非常に強くとらわれている。よって、自分の長所と他人の欠点はよく見るが、自分の欠点と他人の長所を見ることは苦手である。

    また、特に、宗教の実践者の場合は、オウム真理教での経験でもわかるように、みずからの宗教的な実践を誇っている間に、プライド・虚栄心が増大し、そのために、自分の暗部を直視しないという問題も生じることがある。

    こうした理由のため、内観の実践を始めると、自分の暗部を見ることに強い抵抗感を覚えて、それがうまく進まない場合がある。ある意味で、それまで自分が作ってきた自分の虚像が壊れてしまうような恐怖である。

    こうした問題を乗り越えていく上で、阿弥陀如来の教えや、阿弥陀如来を信仰した親鸞が説いた教えは、参考になる一面がある。ひかりの輪は宗教ではなく、阿弥陀如来も親鸞も信仰しないが、謙虚さを学ぶための参考として紹介する。

    親鸞の悪人正機の教えは、悪人こそ阿弥陀如来に救われるという意味となり、この逆説的な教えには、さまざまな解釈がある。しかし、それは、自分が悪人であることを率直に直視し、ザンゲ・反省し謙虚な心を培った者こそ、自分の中の仏性に近づき、阿弥陀如来に救われる機会があるとも、解釈することができる。これは、実践者が陥りやすい慢心を戒める上で非常に有効な教え・思想である。

    また、親鸞の説いた絶対他力(他力本願)という教えは、ちまたでは誤解されているが、その本当の意味は、阿弥陀の善業に比較するならば、人の積むことのできる善業は非常に小さいものであることを強調する教えであり、これも実践者の慢心を戒めるものである。親鸞は、この思想に基づき、人と如来の間は絶対的に大きく、人の間の差はわずかであるとして、弟子を1人も持たないと語った。

    また、親鸞の思想に限らず、阿弥陀如来は、すべてを平等に救うという性格が強い。法然や親鸞が強調した阿弥陀の誓願の第十八番には、心を込めて、阿弥陀の念仏を唱えるならば、それだけで阿弥陀の浄土に往生させる、というものがある。

    この教えは、難しい実践ができない多くの民衆に、仏の慈悲・救済は平等であると感じさせ、大きな救いの希望を与えた。もちろん、この教えの意味合いを安直に解釈するならば、間違いが生じ、そんな実践で本当に救われるかという疑問が生じるであろうが、それはさておいて、われわれ実践者にとって最も重要なことは次のことではないかと思う。

    阿弥陀如来の境地から見れば、無智のために現象に実体を錯覚し、さまざまな虚像に引きずられながら輪廻に惑う衆生は、皆が盲目の亀のようなものであり、人と人の間どころか、人と動物の間さえ、大差がないものと映っているであろうということである。これは、特に、自分が高度な学習実践をしていると考え、慢心を抱いていた学習実践者には、重要な戒めではないかと思われる。

    阿弥陀如来は、別名として、アミターバ=無量光仏、アミターユス=無量寿仏とも言われ、無量の光=無量の智慧、無量の寿命=大宇宙の無数の寿命を生み出す仏の法力を象徴するともされている。この阿弥陀如来の無限の宇宙に広がる無量の智慧と寿命に比べるならば、人間は誰しもが、地球の人間界さえ正しくそのすべてを理解できず、わずか百年足らずで朽ち果てる点において、大差がないことは明らかである。

    いかに若く美しい者でも、すぐに皆が老い醜くなるし、いくら富や権力を有する者も、すぐに老いては一切を失うし、宇宙に比べるとケシ粒のような地球さえも、その全体を所有・支配することができないものである。こうして、よく考えれば、人と人の間の優劣は、猿山の中での争いのごとき、空しいものである。

    こうして、人と人の間の平等性を理解するならば、自分が他人に対して優位に立ちたいといったプライドや虚栄心などの空しさを理解でき、それがやわらぎ、自分の暗部を見るための準備をすすめることができるだろう。

    なお、自分の暗部を見て、自分だけがひどい人間だというように卑屈になってしまい、落ち込んでしまい、前向きになれない場合がある。

    その場合は、まず、上記の内観が説くように、自分に多くの罪があるにもかかわらず、他から愛され、支えられてきたという点を理解して、前向きに努力する気持ちを持つ方法がある。

    他への感謝・称賛は、自分が劣っている、恵まれないといった気持ち、すなわち、卑屈・嫉妬といった否定的な心の働きを乗り越える力となる。感謝は、自分と他人の繋がりを意識させる心の働きであり、自分と他人を区別するプライド・卑屈・闘争心・嫉妬心を和らげるものである。

    また、別の方法として、自分にある問題は、他人にもあるということを意識することで、過剰な卑屈の苦しみを和らげることもできる。

    もちろん、これを間違って用いた場合、「俺だけではなく皆が悪いのだから、俺が反省する必要などない」などといった傲慢な考えに陥るので、そうではなくて、「自分も他人も、ともに努力して、問題を乗り越えていけるといいな」という、前向きな考え方に結びつける必要がある。

    そして、自我に対する執着に基づいて、プライドと卑屈が生じるため、その二つはセットになっていて、プライドが強い人は、卑屈も強く、傲慢と卑屈の間を行ったり来たりしており、精神が不安定な場合が多い。

    こういった問題を根本的に取り除いていくためには、これまで述べた方法に加えて、釈迦牟尼の説いた基本的な法則の修習は常に有効である。

    まず、プライドや卑屈の土台となる「自分」というもの自体が、実際には存在しないものであり、人間の頭の中で、言葉によって仮設された概念に過ぎないということである。自分というものには実体がない、無我ということである。

    次に、苦楽表裏である。プライドの喜びの裏側に卑屈の苦しみがあることや、闘争の勝利の裏側に敗北・嫉妬の苦しみがあること理解する。これによって、プライドと卑屈の双方から離れる、自我から離れるように努めるのである。

    そして、最終的には、自と他の区別・比較を超えた、一元的な意識を瞑想などによって体験することが望ましい。こうして、空性・涅槃の寂静という本当の幸福を実体験をもって、かいま見るならば、日常生活で、自と他を区別して、プライドや卑屈に一喜一憂することの空しさを理解することができる。


    <参考文献>

    1.『内観療法』(三木善彦・真栄城輝明・竹元隆洋編著 ミネルヴァ書房)

     

     


    上祐代表による内観の解説2
    「ひかりの輪の内観:仏教と融合した新しい内観実践の思想」

    (1)仏教と内観の一致点

    1.自分が多くの人に支えられていることや、多くの幸福を与えられていることを認識し、感謝すること

    仏教の教義と内観が一致するところは、日頃認識することが少ないが、実際には、自分が、肉親・友人知人をはじめとして、多くの人々に支えられて生きていること、多くの幸福をすでに与えられていることを理解することである。これは、仏教の教義においては、縁起の法、唯識の依他起性(えたきしょう)の教義に関係する。

    現代社会に生きると、恒常的に欲求不満を作り出す構造を持つ資本主義社会の中で、「もっともっと」と求める(=貪る)心が強くなりがちで、すでに与えられているものの大きさを認識し、それに感謝することが非常に乏しい。こうして、感謝・満足よりも、貪り・不満が強くなってしまうのである。

    仏教的に言えば、これは、学習実践上の重要な課題である貪りの止滅である。それは生きていく上で必要以上のものを貪らず、他と分かち合う(他に施す)ことである。そして、この貪りを止滅するためには、まず、貪りに際限がなく、執着をもたらすがゆえに、苦しみであることを理解する必要がある。

    まず、貪りに際限がない理由は、人が感じる幸福・不幸が、比較によって生じる幻影であるからだ。例えば、今まで10万円の給料だった人が、給料が20万に上がると、上がった直後は喜びを感じるが、それに慣れてしまうと、それが当然のことになり、喜びがなくなり、もっともっとと求める心が生じる。再び喜びを感じようとして、もっと高い給料を欲するのであるが、その欲求が満たせないと苦を感じる。

    さらに、給料が元の10万に戻ると、大きな苦しみを感じる。最初は10万円で足りていたのに、得たものに対する執着が生じるがために、失う時には、苦しみが生じるのである。これは、四苦八苦の教えに説かれているものである。

    こうして、貪りは際限がなく、執着をもたらすがゆえに、苦しみをもたらす。このことを理解したならば、もっともっとと求めるのではなく、すでに与えられているものに感謝して貪りを止滅することが、真の幸福の道であることがわかる。

    さらに付け加えると、単に与えられていることへの感謝と貪りの止滅だけではなく、自分より恵まれない他者と分かち合う慈悲の実践によって、貪りはさらに止滅していく。

    そして、内観によって、いかに自分が支えられ、いかに多くの幸福を与えられてきたかについて、客観的に自分自身を調べて、それに感謝することは、貪りを和らげ、慈悲・利他の心を培うために、非常に有効な実践である。


    2.感謝に基づいて恩返しの心構えを持つこと

    感謝の実践が深まれば、それに伴い自ずと生じてくることが、恩返しの実践である。自分が支えられ、多くを与えられていることを認識すれば、自然と、自分も同じように他を支えて、与えることを考えるようになる。

    ところが、人は、親については、支えてもらう、養ってもらうことを当然としているために、自分が親にして返したことについて考えてみると、驚くほど少ないことに気づく場合が多い。これは、親と同様に、自分が依存すること、甘えることを当然としている対象に対しても生じやすい。

    よって、内観によって、親や親に類する依存の対象について、何をして返したかについて、客観的に自分自身を調べることは有効である。

    また、仏教では、慈悲・利他の実践が強調されるが、その実践が、他を見下した傲慢な心の働きによって行われる場合がある。この場合、物質的な意味では、他に施しをしたとしても、慢心の貪りを生じさせている。

    これを防ぐためにも、自分は様々な意味で他に支えられてきたのに、他にして返したことが乏しいことを自覚することが有効である。こうすることで、自分が偉いから他を利するというのではなく、他に多くを与えられてきたことに対する恩返しとして、他を利するという実践をすることができるからである。

    そして、この実践は、内観によって、自分が他に迷惑をかけたことについて、客観的に調べることによってさらに深まっていく。感謝が少なく、不満が多い場合は、知らず知らずに、自己中心・身勝手な心によって、他に迷惑をかけているものである。

    また、他に文字通り迷惑をかけていなくとも、他から与えられていること自体が、それは、他がなんらかの労苦を背負っているわけであり、他に迷惑をかけていると解釈することもできる。仏教の教義では、ある人の(煩悩的な)幸福は、多くの場合、その裏で他の苦しみが伴う場合が多いと説いている。

    こうして、自分が他にかけた迷惑を認識すると、傲慢な気持ちで慈悲・利他の実践をすることはおろか、恩返しとしてそうすることさえも超えて、いわゆる贖罪=悪業の清算として善業を積ませていただくという極めて謙虚な心構えが実現する。

    これは、非常に仏教的な生き方の実践となる。仏教においては、慈悲・利他の実践とか、善業・功徳を積む実践とは、それまでに自己中心的な心の働きによって積み重ねてきた悪業を清算して、自我執着を弱め、悟りのための土台を作る、自己の浄化の実践にほかならない。


    3.三つのレベルの内観:仏教と内観の融合

    ひかりの輪では、一般の内観をさらに発展させて、三つのレベルの内観のステージがあると考えている。

    まず、第一のレベルの内観が、通常の内観であり、肉親や友人・知人について、してもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたことを調べて、彼らに対する感謝と恩返しの実践を深めることである。

    しかし、仏教的な悟りを求める場合には、このレベルの感謝と恩返しを超えて、第二のレベルとして、人類社会全体への感謝と恩返しの実践に入る必要がある。

    私たちは、日々生活する上で、友人知人に限らず、無数の人々に支えられている。特に現代社会では、分業が進んでいるから、無数の人が互いに支え合って生活しており、自分や知人の力だけでは、1日として生活することはできない。

    自分の衣食住から通勤・通学、そして学習実践などを支えている存在は、単に日本の1億人にとどまることなく、遠く外国から輸入される様々な食料や製品、物資や資源・エネルギーから、そして日本の輸出品を買う多数の外国、そして、モノに限らず、世界中を結ぶ金融・情報のネットワークに至るまで、経済のグローバル化が進んだ今現在は、地球の60億全体が相互に支え合って生きていると言っても過言ではない。

    大昔は、東京がなんらかの原因で壊滅しても、日本の他の地域の人達は生活に困らなかっただろうが、今は東京の壊滅は日本全体の崩壊に繋がるだろうし、実際にアメリカの金融危機は、世界中を同時に大不況に陥れるほどに、人類社会の相互依存が深まっているのである。まさに、人類社会全体が相互依存の状態、相互に縁起・依他起性の状態である。

    しかしながら、こうして人類社会全体に支えられているにもかかわらず、日本をはじめとする先進国においても、自国の利益の追求=貪りが強まっているために、人類社会全体に対する感謝の気持ちや、それに基づく恩返しは乏しい状態である。それは、10億ほどの先進国が世界の富や財の多くを独占し、飽食にふける中で、それと同じほどの途上国が貧困と飢餓・病苦などに苦しんでいることからも明白である。

    さらに、仏教的な悟りを求めるためには、第三のレベルの内観として、全ての生き物、全ての衆生、万物への感謝と恩返しの実践が必要である。私たち人間は、人間社会だけで生きることができているのではなく、地球の生態系の中で、多くの生き物の犠牲の上に生きている。

    それは、生き物に限らず、空気・水を含めた地球の生命圏全体、そして、遠くは太陽の光も必要不可欠であり、それを支える太陽系、そして太陽系を支える銀河系・宇宙の全体に支えられて生きている。

    こうした大自然・大宇宙・万物に支えられて生きているという認識は、仏教が説く縁起の法や唯識の依他起性の教えや、大宇宙を、衆生を育む仏陀の母胎であると説く胎蔵界の思想にも通じるものである。

    この認識が深まると、自分というものが、宇宙・万物・全体から生み出され、全体に支えられ、全体の一部として、全体と一体になって存在しており、自然の与える寿命が来たならば死んで、自分の体は他の生き物の体になっていく、といった認識が生じる。

    これによって、自我に対する執着が弱まり、自と他の区別を超えて、無限の全体こそが本当の自分ではないか、といった認識も生じ、万物への愛・慈悲が深まっていく。こうした自我執着の弱まりと慈悲の増大こそが、まさに仏教の悟りのプロセスである。

    そして、全ての衆生・万物への感謝に基づいて、万物に恩返しようとする心の働きは、大乗仏教で最も重要な心構えである菩提心と関係してくる。菩提心とは、全ての衆生の幸福のために、仏陀の境地を求めようとする菩薩の心である。


    4.内観と聖地巡りの融合

    以上のように、内観を発展させると、大宇宙・大自然への感謝と一体感に行き着くが、これを体験的に培うのが、聖地巡りであり、発展的な内観の実践と組み合わせることが望ましい。

    発展的な内観の実践によって、理性を使って、自己存在の土台・根源として、大自然・大宇宙をとらえなおした上で、感謝と一体感をもって、大自然と向き合うならば、大自然と融合する仏教的な悟りの意識状態に近づきやすいということができる。

    現代社会に生きる人は、実際には大宇宙・大自然に支えられ、その一部として生きているにもかかわらず、そういった自覚がなく、自分と自然を切り離して区別し、自分だけの力で生きているかような錯覚をなしている。

    その結果として、他人や他の生き物・自然を害するような、自己中心的な生き方をして、地球環境問題まで起こしてしまっている現状がある。よって、仏教的な悟りを得るためには、こういった、自と他を区別し、自分と大自然を区別する心の働きを浄化し、大自然の一部としての自分を再認識することが望ましい。

    そして、私の体験上は、例えば、上高地などの純粋な自然・聖地は、現代社会の人々が陥りやすい、そういった自己利益の貪りや、貪りに基づく争いの心が静まって、純粋な自然が有している、他との調和・慈愛の心を培う体験をしやすいと思う。

     

    (2)内観と親子関係の問題

    1.オウム真理教と親子問題

    ひかりの輪においては、オウム真理教事件の総括を行い、その中で、元教祖や弟子たちの親子関係に関する問題が、オウムの問題の背景にあったのではないかという分析をなした。さらに、親子関係を含めた内観を行ない、スタッフ・会員が抱える親子関係の問題が、より明確になってきたように思う。

    そもそも、オウム真理教の麻原元教祖は、その幼少期に親との関係において、不遇を経験したと思われる。ジャーナリストが幼少期の元教祖を取材した内容を出版しているが、そこには、全盲ではないのに、無理に全寮制の盲学校に転校させられた不満、学校の友達と違って親が休日に会いに来ることがなかった事実、親が自分に対する国の交付金を生活費に回そうとしたことへの怒り、元教祖が師事した宗教団体の代表に漏らした親への憎しみなどの事実が報告されている。

    実際に、オウム真理教は、聖母(聖父)といった宗教的な概念がない。釈迦を生んだマハーマーヤ夫人や、イエスを生んだ聖母マリアといったような開祖の親を尊重する教義がない。実際に、マハーマーヤという宗教名は、麻原元教祖の妻(松本知子氏)に一時期与えられるなどしたが、元教祖を釈迦とダブらせるのならば、釈迦の母の名前は、元教祖の母に与え、知子氏には最初から妻の名前を与えただろう。

    また、1990年頃、元教祖は両親に会い、「父親は地獄、母親は餓鬼の世界に転生するから、父親を地獄ではなく餓鬼に、母親を餓鬼ではなく動物に転生するようにポアしておいた。今生はもう会うことはないだろう」と私に語ったことがあった。

    オウム真理教において、地獄・餓鬼・動物の三悪趣に転生する魂は、悪業多き魂とされている。元教祖が解釈したヨハネ黙示録では、キリスト(=元教祖)に従い、キリスト千年王国に入る、善業多き魂である聖徒(オウム真理教の信者)と、キリストと対立して地獄に堕ちる悪業多き魂が存在するが、元教祖の両親は、善業多き魂には含まれないことになる。

    普通の宗教では、救世主を生んだ親は当然の如く尊重されるし、仏教教義でも、出家者を生んだ親には大きな功徳が返るという。オウム真理教でも、元教祖の子供を生んだ女性達は大きな功徳を積んだとされた。これらの事実からしても、元教祖自身を生んだ両親が、三悪趣に落ちるという位置づけであるのは特別に思われる。そこには、元教祖の両親に対する特定の思いが現れているとは考えられないだろうか。

    そして、オウム真理教の教義の大きな特徴であり、最初の社会との対立の主因となったのが、苛烈な出家制度であった。(少なくとも成就者になるまで)親と子の連絡を禁じたこともあって、出家した子供の親による激しい反対活動が起こり、それがオウム真理教の一連の犯罪の原点ともいわれる坂本弁護士事件にも繋がった。坂本氏は、出家した子供の親達のために、教団を批判する活動をしたからである。

    そして、オウム真理教が大量の出家者を得たということは、元教祖だけの人格によるものではなく、その信者となって出家した者においても、その全てではないが、元教祖と同様とまではいかなくても、親に対する感謝や尊重ではなく、否定的な感情があったのではないかと思われる。これは私が知る多くの出家者がそうだからである。

    また、教団と親の対立は、そのまま、教団と社会全体との対立に繋がるものであった。親を含めた社会は悪業多き魂の集団であり、それを脱却してキリストたる元教祖に帰依し従う出家者こそが聖徒であり、救われるとされたからである。

    2.現代社会全体に広がる親子問題

    しかし、私の経験上、この親子関係の問題は、オウム真理教の信者だけの問題ではなく、日本社会全体を覆っている問題に違いないと思われる。むしろ、日本社会全体に広がる親子関係の問題の一部をオウム真理教の信者があぶり出したにすぎないだろう。

    また、私のロシアに関する体験からすると、日本だけではなく、現代の人類社会全体に広がっている可能性もある。彼らの多くは、親子関係が昔よりも悪化していると証言しているからである。

    もちろん、統計を取って、昔と比較したのではないから、昔と比べて多いとは断言できない。しかし、親子の人間関係に問題がある人の割合は非常に多いように思える。そして、子供側に親に対する尊敬・感謝が乏しいと思われる。

    それを裏付ける1つのデータとして、読売新聞が実施した全国世論調査の結果によると、親を尊敬していない子は56%、一方、尊敬している子は37%となっているデータがある。半数以上が尊敬していないのだから、親を尊敬しない子の方が普通になっているのである。

    特に、日本ではこの傾向が顕著なようだ。戦後に価値観が崩壊し、天皇や国家の権威とともに、親の権威が崩壊したことも一因かもしれない。財団法人日本青少年研究所による日・米・中・韓で中・高校生を対象にしたアンケート調査(2008年9~10月)によると、

    ①「親の意見に従う」と回答した子どもは、
    日65.5%、米83.6%、中88.6%、韓83.3%で、
    日本の低さが際立ち、

    ②「親によく反抗する」は、
    日57.0%、米26.2%、中11.0%、韓44.9%で、
    逆に日本が一番高くなっており、

    ③「親はよく私を叱る」は、
    日66.5%、米36.3%、中33.5%、韓34.3%で、
    日本の子どもはよく保護者から叱られていると認識されており、

    ④「親はよく私をほめたり励ましたりする」では、
    日57.8%、米82.9%、中73.4%、韓74.7%で、
    4カ国中で最低となっており、

    ⑤「親を尊敬している」は、
    日64.1%、米89.8%、中97.0%、韓84.2%
    で日本が最も低く、

    ⑥「親は私を大切にしてくれる」も、
    日83.7%、米92.4%、中95.5%、韓91.9%と
    日本だけが9割を下回っており、

    ⑦「自分はダメな人間だと思う」と回答した中学生の割合は、
    日56.0%、米14.2%、中11.1%、韓41.7%で、
    日本は5割を超えている。

    歴史や文化が違えば、子育てや親子関係の在り方も異なるとはいえ、以上の調査では、日本の子どもは、親を尊敬できず、自分自身も尊敬できないという結果が出ている。


    3.心理学や内観などを通した親子問題の分析

    私が、親子関係について、心理学的な分析や内観などを通した経験からして、問題となる親子関係のパターンには、以下のようなものがあると思う。もちろん、これが全てではなく、一部であろうが、最近の指導の体験上、印象深かったものをまとめてみた。

    1.親への尊敬・感謝が乏しく、他に絶対的な存在を求め、それに過剰に依存・服従する。

    2.親への尊敬・感謝が乏しく、他にも誰も尊敬・尊重せずに、反抗ばかりする。

    3.親に過剰に依存し(絶対視し)、自分に劣等感、自己嫌悪を抱く。

    4.親への過剰な依存・絶対視は止めたが、逆に親が自分を不幸にしたと恨みを抱く。

    5.親に対する期待が十分に満たされずに、常に不満・怒りを持つ。

    まず、1については、オウム信者に多くみられるパターンだと思う。何かしらの理由で、親への尊敬、感謝がなく、恨みはなくても、多かれ少なかれ、親に失望している。

    この背景としては、心理学によると、子供は、誰しも幼少の時には、自分が絶対的な存在、特別な存在、世界の中心でありたいといった、誇大妄想的な願望があり(専門用語では誇大自己とも言う)、その願望を満たしてくれる存在として親に深く依存をする、という説がある。

    そして、この願望は、幼少の時に、親がそれを適度に満たしてあげて、成長するにつれて、自分も親も絶対・特別ではないという現実を徐々に受け入れさせ、それを卒業させるのが、子供の健全な発達には良いというのが心理学的な見解のようである。

    幼児であれば、自己中心的な世界観で、あれこれ親に要求しても、それは昔からある自然なものであるし、そうした欲求も、親との狭い世界の中であれば、充足させることが可能である(例えば、子供がアニメのヒーローや、キリストになった、という遊びをするのに、親が付き合うなど)。そして、親に絶対的に依存するのも、自分では何もできない子供にとっては、生きるためにも自然なことであろう。

    しかしながら、心理学的な見解では、幼少の時に、親にこうした願望を満たしてもらえないケースにおいて、大人になっても、誇大妄想的な願望を引きずって、現実的な向上欲求ではなく、誇大妄想的な傾向に陥る場合があるという(心理学的には誇大自己症候群と呼ばれる)。

    そして、親の代わりに、自分が誇大妄想的な願望を満たすことができると思う対象を求めて、誰かがそうだと思いこめば(すなわち盲信するならば)、その対象に絶対的に服従し、そうでなければ、誰も尊重せずに反抗する傾向を示すという。

    こうして反抗するのが、2のケースである。その理由は、その子供は、自分の絶対者願望を満たしてくれる存在のみに、価値を見いだしているからである。

    もし、誇大妄想的な願望ではなくて、現実的な向上心がある場合は、対象が絶対ではなくとも、重要なことを学ぶことができる者ならば十分に尊重できるし、親についても、完璧ではなくとも、その良い点を認めて、一定の感謝・尊敬ができる。

    しかし、誇大妄想的な願望が強いと、そういった健全な学習の姿勢や、他者への尊敬・感謝を持つことは難しくなるというのである。

    また、現代社会では、様々なメディアの情報が、こうした誇大妄想的な欲求を増大させているという問題がある。例えば、アニメ・漫画・SF映画のフィクションの世界もそうだし、バランスを欠いた超能力・神秘主義や、破滅予言・陰謀論などを扱う精神世界の雑誌や書籍もそうであろう。最近は、パソコンゲームやインターネットでも、そういった大量の妄想的なフィクションの情報が増えている。

    こういった情報が氾濫する現代社会の子供・若者は、場合によっては大人も、妄想的な世界観に陥りやすくなっていると思われる。

    そして、オウム真理教の教義には、こうした妄想的な概念が多く盛り込まれていた。絶対神の化身であり、最終解脱者である教祖がいて、教祖に帰依すれば、自分が解脱者・超能力者になり、ユダヤ・フリーメーソンを中心とした悪魔が支配する社会との戦いに勝利して、20世紀末にハルマゲドンで滅ぶ世界を生き残って、キリスト千年王国に入ることができる選ばれた存在になる、といった教義である。

    世紀末の予言が外れた今から思うと、これらの教義は妄想的と思えるが、当時信者となった者達はなぜ信じたのであろうか。自分のケースでもあるが、それは、教祖がキリストであるという確実な根拠を得たからではなく、オウム真理教に巡り会う前から、そもそもが、そういった世界に対する強い欲求・願望があったからではないかと思われる。

    つまり、十分に信じる根拠があったから信じたのではなく、そういった世界があり、そういった教祖がいてほしかったので、それがオウム真理教にあると信じたということではないかと思うのである。

    このオウム真理教の事例からもわかるように、子供の誇大妄想的な願望は、親と子だけが作り出している問題ではなく、親子を取り巻く社会全体の環境が影響していることはいうまでもない。親と子と社会の三者があいまって、問題を作り出しているのである。

    次のケースは、親に失望するのではなく、親を過剰に肯定(絶対視)するケースであり、これが3のケースである。

    1と2のケースは、なんらかの理由で、幼少の頃に、親によって、誇大妄想的な願望を満たせない場合に起こると述べたが、3のケースは、正反対に、大人になっても、親が、子供にとって、絶対的な存在であり続けるというケースである。

    このケースは、子供の親に対する依存が強く、親の子供に対する支配欲が強い場合に起こりやすいと思われる。子供が親に依存するだけでなく、親がいつまでも子供を自分に縛り付けるのである。

    この背景として、親は、子供を支配することで、自己存在意義を満たしている面があり、親の方も、実は子供に依存している心理状態にある。すなわち、親離れしない子供と、子離れしない親の組み合わせである。

    よって、一見そうは見えないものの、親の本質的な性格が、子供と似ているのではないかと私は思う。この場合は、親がまず子離れをする必要があり、子供に自信を持たせたり、自分への過剰な依存・甘えを抑制したりするべきである。ところが、こうした親の場合、子供が自分に依存するように誘導している場合もあるかもしれない。

    そして、このケースにおいては、例えば、実際には親が悪いのに、自分が悪いと思って、自分を責め、その結果、自分に不合理な劣等感を抱く場合がある。こうして、不当に自分を責める背景には、自分の存在意義を深く親に依存してしまっていて、親を否定すると、自分の存在意義が無くなるように感じてしまうという場合がある。

    例えば、親に認められることで、自分の存在意義を満たしてきた子供は、親が間違っているとなれば、自分の存在意義を根底から否定しなければならない。よって、親を否定するよりも、自分を一部でも否定した方が、相対的には、自己存在意義を守ることができるのである。

    この背景には、先ほども述べたが、なんらかの理由で、自分の存在意義を自分自身の価値・判断ではなく、親の価値・判断に委ね過ぎていることがある。

    そして、それから抜け出せない理由としては、

    ①抜け出すためには、親によって満たしてきた自己の存在意義は放棄しなければならないが、それが放棄できないこと。
    ②親の価値・判断から自立して、自分の価値・判断で生きる上での自信のなさ・卑屈、その奥にある依存・怠惰などがあるだろう。

    さて、先ほども述べたように、幼少の頃には、誰もが、親を絶対視し、親の価値・判断に自己を深く委ね、親も子供を良い意味で支配することが必要であり、自然であり、健全であるから、問題の核心は、子供が大きくなっても、依然としてそれを卒業しないということに尽きる。

    心理学的には、子供が健全な発達過程をたどる場合は、反抗期というものを経て、子供は親の絶対性を否定し、自分の価値・判断で、自立して生きる過程を経る。その中で、重要なことは、子供は、親の絶対性を否定するだけでなく、自分自身も、多くの人間の一人であることを受け入れて、自己を相対化していくプロセスがある。

    これによって、妄想的な絶対者願望ではなく、現実的な健全な自己向上欲求を持つようになる。そして、親に対しても現実的に見て、不完全ではあっても、自分を育てた存在として健全な感謝の心を持つようになるのである。

    しかし、3のケースでは、子供や親の要因によって、この自立のプロセスがうまくいかないのである。そして、30歳、40歳になっても、親に依存し続ける場合がある。

    さらに、このケースは、肉親の親に限らず、親の代わりに依存の対象とした者にも当てはまる。

    例えば、前回の1のケースなどで、親以外に、自分の願望を満たす存在を見つけ、それに過剰に依存・服従する場合は、その存在について、同じことが起こる。例えば、実際には相手が悪いのに、自分が悪いなどと考えるのである。

    これは、言うまでもなく、オウム真理教の信者と元教祖の関係に当てはまる。例えば、元教祖が主導した事件について、少なからぬ信者が、「自分たちのカルマが悪いから、元教祖が事件を起こさざるを得なかったのだ」と考えるケースがあった。

    これは、信者にとっては、元教祖を否定すれば、自分の信仰=自分の存在意義の根本を否定することになるから、それよりも、元教祖を否定せずに、自分の一部を否定する方が、自己を守ることができたからである。

    また、信者がこの状態から抜け出せない背景も、親への依存から抜け出せない子供の理由と同じであり、

    ①抜け出すためには、元教祖によって満たしてきた自己存在意義は放棄しなければならないが、それが放棄できないこと。
    ②元教祖の価値・判断から自立して、自分の価値・判断で生きる上での自信の不足があるが、その奥には、自信がつくほどに必要な努力をしな  い依存・甘え・怠惰などがある。

    具体的に言えば、元教祖に対する絶対的な帰依によって与えられるとされていた、キリストの弟子・選ばれた魂になること、解脱者になること、三悪趣に落ちず高い世界へ転生することといった願望について、それを放棄するか、ないしは、別の手段で得ようとする努力が必要となる。

    そして、元教祖の教義としては、信者は汚れており、正しい判断ができず、グルに絶対的に帰依することによってのみ救われ、自分で判断してはならず、グルを裏切ると三悪趣に落ちる、などというものがあって、これが信者を呪縛し、その自立を妨げる要素となっている。

    しかし、根本的な原因は、元教祖の教義が根本的な原因ではなく、必要な努力をなす労苦を嫌がる信者側の依存・甘え・怠惰である。依存したい者には、依存するべきであるという教義は、都合が良いものであるからだ。

    しかし、依存・甘え・怠惰という煩悩の本質は、最初は楽だが、後からつけが回ってくるというものである。一方、自立は、最初は努力が必要で労苦があるが、後は楽になるというものであろう。これを踏まえて、自分の弱さに打ち勝たなければならない。

    さて、このケースの1つの変形版として、ずっと依存状態が続くのではなくて、親の目から見ると、ある段階から突然、服従から反抗に移行する場合があるようだ。これが、4のケースである。

    すなわち、段階的に反抗期を経験し、段階的に親も自分も相対化し、親への一定の感謝や尊敬をもって、健全な自立をするのではなく、ある段階まで全く反抗期がなくて、親から見ると、何でも言うことを聞く、とても素直で良い子であったのが、いきなり、反抗や非行に移行するケースである。

    この場合、子供は、長らく、親に認められたいために(親に従って自己存在意義を満たそうとしてきたがために)、無理して自分を抑圧してきたことが、ある段階から、恨みのような感情に変わり、爆発する場合もあるようだ。

    客観的に見ると、子供が自らの意思で親に依存してきた場合も、子供の方は、親が自分を無理に抑圧してきたという印象を形成する場合があるようだ。他人から見れば、過剰な責任転嫁であるが、こういったことは、子供に限らず、大人の世界にもよくある。

    そして、これも、子供と親に限らず、オウム真理教の元信者と元教祖のケースにも当てはまる。自分の意思で元教祖に帰依したにもかかわらず、元教祖を否定した後は、自分が安直に信じた責任は十分に自覚せず、もっぱら教祖にのみ責任を転嫁し、教祖を一方的に恨むというケースである。

    しかし、(特に幹部信者などの場合は)単純に騙されたと主張するばかりで、自分が安直に信じて教祖を祭り上げたという反省がなければ、本当の意味で自分が変わることはできない。

    帰依している時は、教団を弾圧する社会が悪いと安直に主張して、帰依をやめたら、自分を騙した教祖が悪いとばかり主張するならば、今も昔も、常に自分は被害者の位置づけであって、問題を他人のせいにしてばかりである。

    こうして、脱会しても、人格は変わらないという問題はよくみられる。わかりやすく言うと、オウムは脱会したが、オウム人格は変わらないという現象である。脱会するのは、一瞬の手続きだが、本質的に人格を変えるのは辛抱強い努力が必要である。

    この背景には、先ほどのケースと同じように、やはり依存・甘え・怠惰があるといわざるをえない。真に幸福になるには、自分の問題点を反省して、辛抱強く努力して、成長していくほかはないのである。

    最後に5番目のケースは、親を絶対視してはいないが、親に対する期待が十分に満たされないために、常に強い不満・怒りを持つ場合である。

    2のケースとの違いは、親に失望し、突き放しているのではなく、依然として期待していることである。4のケースとの違いは、4のケースは恨みであるから、もう相手への期待はないが、2のケースの不満・怒りは、依然として強い期待が背景にある。

    そして、私の経験上、こうして、常に不満・怒りを持っていると、場合によっては、憎しみのレベルにまで至る場合があるようだ。

    しかし、実際に、どんな親も不完全な人間であるから、いろいろな欠点があるのは仕方がないことである。そして、先ほど言ったような状態で、精神が歪みやすい現代社会においては、相当に人格が崩れている親もいるだろう。そして、その親のもとで育った子供が親になり、その子供がまた親になっている時代である。

    具体的には、会員や一般の人の相談を受けていると、父親で言えば、女癖・酒癖が悪い、母親や自分に暴言を吐く、暴力を振るうとか、いろいろな事例が出てくる。

    確かに、そういった問題はない方がいいに決まっている。しかし、私が相談を受けた体験上は、そういった親の人格は、直ちには改善されそうにない場合も少なくない。

    さらには、子供が単に不満や怒りをもって親を責めても、親にもいろいろあるだろうから、必ずしも良い方向には行かない場合がある。仏教的な因果の法則(カルマの法則)からすれば、自分の不満や怒りの心・波動が相手に伝わって、相手に投影され、相手からも反発が返るだけとなる場合もある。それでは、建設的・前向きな行為ではないだろう。

    そもそも、本当に相手を変えようとする場合は、相手をよく理解し、辛抱強く賢いアプローチ=慈悲の実践が必要であり、その中には、相手の向上を祈りつつも、無理な期待はしないという心構えが含まれる。

    子供にとって、これは大変なようだが、ポイントは、本当の意味で大人になるには、必要な努力であるということだ。親に求めるばかりで、自分側の努力がない場合は、子供はいつまでも子供であり続ける。

    そして、その背景には、繰り返しになるが、必要な努力を避ける依存・甘え・怠惰があり、それから脱却できないならば、その自分の未熟な人格の投影を親に見続けることになりかねないのである。

    さて、この5のケースも、親以外の強い期待・依存の対象に当てはまるものである。例えば、団体の内部での学習仲間同士の関係にも、これが当てはまらないかについて、よく検討してもらいたい。

    4.内観と親子問題の緩和

    次に、こういった問題に対する内観の実践の効果を考えてみよう。まず、この5のケースにおいては、特に内観が有効であると思われる。

    というのは、確かに、親にはいろいろな欠点があるだろうが、内観を通して、自分が親に実に様々なことをしてもらってきたことや、自分も親にいろいろ迷惑をかけてきたことなどを認識することによって、バランスの取れた見方ができるようになることが期待されるからである。

    逆に言えば、通常は、強い期待を背景に、普段は、親のしてくれないこと、親の欠点ばかり見ており、内観の実践でもしなければ、親の長所・恩恵を客観的に見たり、自分側の欠点を客観的に見たりすることはなかなかできないと思われる。

    自分の欲求が強いと、与えられていない部分ばかりを見て不満に思うが、仏教的には、それは貪りの心の働きである。また、その場合は、相手と同様に、自分にも欠点があることが理解できなくなるが、それは、自他を区別する無智である。

    相手の問題について、自分では正しいことを言っているつもりでも(仮に言っていること自体は正しいとしても)、その時の心の働きが、無智・貪りに基づいており、相手のことを思って(慈悲に基づいて)いない場合が少なくない。

    この場合は、相手の反応も、自分の心の投影として否定的なものになる可能性があるし、何よりも、こうした期待を背景とした不満・怒りを募らせるだけでは、自分自身がなかなか成熟していかないという不利益がある。

    次に、1と2と4のケースにおいても、内観は有効であると思われる。その前に、もう一度、1と2と4のケースを列挙すると、以下の通りである。

    1.親への尊敬・感謝が乏しく、他に絶対的な存在を求め、それに過剰に依存・服従する。

    2.親への尊敬・感謝が乏しく、他にも誰も尊重せずに、反抗ばかりする。

    4.親への過剰な依存・絶対視は止めたが、逆に親が自分を不幸にしたと恨みを抱く。

    これらのケースの根底には、自己の誇大妄想的な願望が背景としてあることは、前に述べた通りである。1のケースは、教祖などに依存し、その願望を満たそうとしており、2のケースは、満たすための依存の対象が見つからないので、誰も尊敬しない状態であり、3のケースは、依存したが満たされなかったことによる恨みの状態である。

    しかし、この誇大妄想的な願望は、前にも述べたとおり、子供の時ならばともかく、成長する過程では、卒業すべきものである。言うまでもなく、現実の社会では、幼稚で、妄想的で、傲慢で、自己中心的なものである。

    これに対して、内観の実践は(特にひかりの輪の仏教的な内観の実践は)、自分が、いかに実際に肉親や知人を含めた他に支えられているか、いかに万物に支えられているかという事実を理解していくから、自己の絶対性ではなく、自己の相対性(他との支え合いで自分が成り立っていること)の理解を促進する面がある。

    すなわち、内観とは、物の考え方において、子供から大人になる効果があると思われる。妄想的な自己存在意義を求めて、自分や特定の他者を絶対視・特別視するのではなく、自分を多くの人間の一人として受け入れて、その中で健全な自己向上欲求を持つことである。これは、内観の権威である人も述べていることである。

    こうして、内観に基づいて、他への感謝と謙虚さを培うならば、自己中心を脱却して、他と調和した生き方をするきっかけとなる可能性がある。そして、前にも述べたが、この考え方は、仏教では、縁起の法や、唯識の依他起性の思索・瞑想でもあり、自我意識を弱めて、全体と一体化する効果を持つ。

    最後に、3のケースであるが、これは、内観実践上は特殊なケースである。この人の場合は、親や、親に準じる依存の対象に対して、普通とは逆の偏りを形成している。

    すなわち、普通は、してもらっていることの多さ、して返したことの少なさ、迷惑をかけたことの多さを十分に認識しないために、それを調べていけばいいのであるが、このケースにおいては、逆に、①してもらっていないことも、してもらっていると考えたり、②して返していることがあっても、過小評価していたり、③迷惑をかけていない場合も、迷惑をかけていると思いこむといった場合がある。

    これは、通常のケースでは、自己中心的な意識が働くところ、3のケースは、相手が、自己の存在意義になっているために、その相手を中心とした意識が働いてしまい、相手に偏った見方をしているからである。

    よって、私の見解としては、通常とは逆の方向性で内観をする必要がある。


    5.内観で培う健全な親への認識と悟りの関係

    さて、内観によって、両親をはじめとする人々に対して、感謝や尊重といった、健全で肯定的な心を培うことは、仏教の悟りを得る上で非常に重要である。

    というのは、大乗仏教の教えの核心は、全ての衆生を愛する四無量心であり、それに関連して、全ての衆生に仏性があると説くことにある。

    そして、全ての衆生を愛する四無量心を培う上で、いにしえの聖者方は、弟子たちに、自分の両親が自分をいかに愛してくれたかを思い出させ、全ての衆生が自分の過去世の母や父であったことを瞑想させてきた。

    また、大乗仏教には、この宇宙が全ての衆生を育む仏陀の母胎の中であると考え、その仏に合一する教えがある。宇宙を自分の母であり、仏であると見ているのであるが、この思想を理解する上でも、今生の自分を生み育てた母親や父親に対する感情がバランスの取れたものであることは重要である。

    また、全ての衆生に仏性があるという教えは、全ての生き物は、本質的には、慈悲という仏陀の心を有しているという意味であって、どんな悪人でも、例えば我が子を育もうとする瞬間には、慈悲・利他の心を現すといった事実が指摘される。

    簡単に言えば、仏教の教えとは、全ての人、全ての生き物に価値を認め、それを愛することであるから、自分を生み出した、自分が今生初めて接した人間である親を愛することは、非常に重要な課題となる。

    ところが、現代では親子関係が歪んでおり、親を尊敬していない子供が多くなっている。よって、この親子の問題を乗り越えなければ、仏教の教えの根幹が損なわれる。

    一方、オウム真理教は、この問題を解決せずに、この問題を逆手にとった宗教であると思われる。すなわち、末法の世には悪業多き魂が多いとして、教団を肯定しない親は強く否定し、出家制度によって子供を親から隔絶し、教祖のもとに集中させることで、子供が救われるとし、親をはじめとする社会と敵対し、戦って勝利することを教義とした。

    よって、この問題を乗り越えることは、現代における仏教の学習実践の困難を克服することであるとともに、オウム真理教を乗り越えることとも深く関連している。

    そこで内観の実践の重要性が出てくる。確かに昔に比べて親の問題が増えているのだろうと思う。しかし、昔も相対的に不徳な親は多くいたはずであり、そういった場合は子供がどのような眼差しで親を見るかで、親への感情が大きく変わるはずである。そこに、内観の重要性がある。

    また、悪化しているのは親だけでなく、子供の友人、学校の教師、マスコミの情報を含めた、子供を取り巻く社会全体であろうから、それによって、子供側が親を見る目が歪んでいることもあるはずである。

    そして、内観では、客観的に、親に受けた恩恵や親に迷惑をかけたことを調べていく。そうすることによって、現代の親でも、依然として我が子を思う気持ちは決して少なくない、という事実が浮かび上がってくるのではないかと私は思う。

    もちろん、人によっては、例えば、浮気、離婚、酒癖、女癖、暴言、暴力と、親の問題がいろいろあるだろうが、それであっても、親が子供になす自己犠牲の奉仕は膨大であるという事実もあるはずである。それらをありのままに認識し、親に合格点を与えられないものであろうか。

    また、親に捨てられた子供の場合も、捨てたくて捨てたのではない親の苦しみに気づいたり、親代わりになってくれた人への感謝を深めたりすることで、自分の心を癒して浄化し、他者への愛というかけがえのない心の働きを深めることで、悟りの土台ができるのではないだろうか。

実践レポート・体験

  • 内観(内省法)の参加者の感想(~2016年10月)

     「ひかりの輪」では、自己反省法・内観を、大学教授の内観専門家の先生にご指導いただき、取りいれています。 定期的に、「1日内観」を中心とした内観セミナーを行っており、一般の方のご参加も受け付けています。

     今回は、2016年10月までに行われた「一日内観」の参加者の方の感想文の一部を、以下にご紹介します。

     感想を見ると、集中して行う自己反省法・内観は、たった一日でも、大きな効果を感じられる方がたくさんいらしゃることがわかります。

     内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。学校教育や矯正教育、企業研修にも取り入れられ、学会もあって、海外にも広がっています。

     その方法は、いたって簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人などの周辺の方々から、

    ①していただいたこと
    ②して差し上げたこと
    ③ご迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業を、一定の手順を踏みながら、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。

     なお、親がいない人は、親代わりに育ててくれた人を親と見て行っていきます。

     この貴重な内観の実践の機会をいかしていただきたく、皆さまのご参加をお待ちします。今後のスケジュールはこちらをご覧ください。

     以下、参加者の皆さまの感想文の一部をご紹介します。


    ●IKさん 50代 東日本

     初めて参加させていただき、緊張しました。でも、丁寧な説明をいただき、内観を体験でき、たいへん勉強になりました。
     3つの質問(①していただいたこと、②して差し上げたこと、③ご迷惑をおかけしたこと)に対して、「具体的に」「事実のみ」をお答えしていく作業は初めてのことで、色々と考えたり迷ったりでした。
     でも、今回は母についての自分をよく考え、母の自分に対する思い(愛情や様々)について気づくことができました。
     「客観的に自分を見る」ことは、自分にとって大切だと思いました。日常のことも気づけるようになれたらと思います。
     遠方までご足労いただいた先生、ご指導員様に感謝申し上げます。

    ●GYさん 40代 東日本

     今回は母に対しての自分の内観を行いました。
     今までにも何度か自分なりに試みたのですが、全くと言っていいほどに成果が上がらずでしたので、今回も母に対して特に「していただいたこと」などあるはずがないし、思い出すなんて不可能だと思っていました。
     けれど先生のお話を聴いて、心を落ち着けて、ゆっくりと母のことを考えてみたら、少ないながらも、いろいろなことを思い出しました。
     母から嫌われていたとずっと思っていましたが、こんなにもたくさんのことをしてもらっていたんだと思えた時には、涙が出ていました。
     今日の内観は、中学生(の時の自分に対する内観)で終わってしまいましたが、この後の年代については以前と違ってきちんと向き合っていけると思います。
     まだまだ父や兄に対しての内観には届きませんが、焦らずにじっくりと思い出していきたいです。そして、その時には、大嫌いだった家族が大好きに変わっているように思います。
     短時間でしたがとても素晴らしい体験ができました。ありがとうございました。

    ●TMさん 60代 西日本

     小さい3歳頃のわがままな私を、片道4Km以上の砂利道を、背負ったり歩かせたりして、医者に通院させてくれた母親のありがたさに気づきました。
     医者嫌いの私を先生の前に座らせるのも大変だったと思います。その苦労を忘れて「あなたは良い子だね!」と言ってくれた母に、良い子にならなきゃと思いました。もし悪い子だねと言われていたら、私はふてくされていたかもしれません。
     母親は、病気であっても苦しみを人に見せず、いつも優しい人でした。母親の愛は形には見えないけれど、広くていつも安心感を与えてくれていました。精一杯私のことを受け入れてくれて、それを見習わなくてはと思っています。

    ●Kさん 50代女性 西日本

     今の主人の現状を受け止めることができるきっかけとなりました。認めることで進んでいけることを、非常に丁寧に優しく導入してくださいました。
     自分を卑下することなく、認めることができて、強くなれます。娘に対しても、もっと深く考える必要があるし、大切に娘の立場に立って感じてあげようと思いました。
     自分の負の部分を見ると、卑屈になってしまいがちですが、今回内観をしてみて、上手な指導のもとで行うと、覚悟と強さにつなげられるんだなと実感しました。
     妙にすっきりした感覚でいます。機会があればまた参加したいです。

    ●Kさん 40代男性 西日本

     初めて内観に参加しました。母にしてもらったことを思い出していくと、あまりにも膨大で驚きました。
     感謝です。

    ●Iさん 50代男性 東日本

     母を亡くして18年になります。「1日内観」を通じて、忘れていた記憶がいくつも出てきました。自分から母にしてあげたことに比べ、してもらったことの多さに気が付きました。何一つ親孝行らしいこともしてあげられませんでしたが、もし今、目の前に母がいれば、思い切り親孝行したい気持ちでいっぱいです。
     現在◎◎歳になる娘は、◎歳で母親を亡くし、私が男手一つで育ててきました。娘は一人で抱えきれない程ハンディを持っています。
     ◎◎◎◎、◎◎◎◎、◎◎◎◎◎、◎◎◎◎◎◎◎(※注:原文は具体的な病名)。それに母親がいないということ。しかし私にとっては、かけがえのない宝物です。娘が精一杯生きている姿が私の生き甲斐です。普段あまり意識しないこれらのことに気づかせてもらえたのも、「1日内観」のおかげです。
     私にはまだ、娘が将来生きていく道筋をつけてあげるという大きな仕事が残っています。内観を通じて、よしやるぞという元気が出てきました。

    ●YMさん 50代 西日本

     今回、母親についての自分に対する2回目の内観を行いました。1回目の時は感情がたくさん出ましたが、今回は落ち着いて冷静にできました。1回目をやっているため、心の整理がついてきたからです。
     冷静に自分と母親の関係というものを見ると、自分にとって様々な意味で大変良い関係の人であったと思います。
     今ここにこういう自分として存在しているという事実に、母親の役割・存在は、思った以上に大きかったのだなと思いました。
     兄については、◎つ違いであまり仲良くなかったので、あまり思い出せませんでしたが、兄に対して自分がほとんど何もしてあげていないことにはっきり気づき、愕然としました。兄に対して冷たい自分を発見しました。残りの人生で兄とどう関わることができるのか、しっかり考える必要があると思います。

    ●IAさん 40代 西日本

     今回は2回目の内観ですが、1回目と同じく、自分の中の悪い印象の過去の記憶がなくなり、受け止め方が変わりました。
     父を嫌っていることが長年の悩みで、どうしても解消できませんでしたが、私の父への印象が自分の思い上がりであって、今まで父に支えられたことに比べて、自分は足下にも及ばないと思いました。
     何だか肩の力が抜けた感じで、これからは、もっと楽に父と接していけると思います。なぜ父を嫌っていたのか、嫌っていたところが自分を育てるために生じたものだったことがわかり、スッキリしました。

    ●KMさん 40代 西日本

     2回目の内観です。いつもありがとうございます。
     前回は関係が良好な母との関係を調べたので、いろんな記憶をすらすら思い出せたのですが、今回は関係が良いとはいえない家族とのことを観て行ったため、思い出すのが難しかったり、記憶が飛んでいたりして大変苦心しました。
     昔のことだと水に流していたつもりの出来事を、いまだに昨日のことのように怒っている自分に気づいたり、「して差し上げたこと」のつもりでも、実は自分のことしか考えていなかったり、「していただいたこと」を覚えていなかったり、相手に対して思いやりを欠いていたり、とことん己の未熟さと自己中心な考えをしていた事実を思い知りました。関係が悪かったのは、自分自身の冷たい心が原因だったのかも……と感じています。貴重な気づきをありがとうございました。

    ●Mさん 50代 東日本

     今回は、「嘘と盗み」に対しての自分を各年代で調べました(※注:内観のメニューの一つとして、自分の過去の「嘘と盗み」について調べることがあります)。
     小さい頃から高校生までの親の元で生きていたときは、どんなに守られて幸せな時間を与えてもらっていたのだろう。その年代の自分を調べながらも、その後親元を離れてからの嘘と盗みのことが思い浮かんで恐ろしかった。
     高校生までの自分はシンプルに目の前の事をできていたせいか、大きな嘘や盗みはほとんどなかった。その後、自分一人で生活するようになり、嘘も多くなる。
     オウム真理教にいた時は、嘘をつき人にヨガを教え、オウムに入った人の人生も奪ってしまった。親のお金を盗んででもオウムにお布施するという人の手助けもし、自分も親や夫のお金をたくさん取ってオウムに布施した。夫や知人の仕事を、人生を奪い、子どもの基本的生活を奪ってしまった。(中略)そういう事が今回一連(の内観で)で通してみて明確になった。
     (中略)
     周りの身近だった人々。過ちを注意してくれた人がいたし、ものすごく迷惑をかけてきた人もたくさんいる。本当に申し訳なかったし、育てて見守ってくださり感謝しています。

    ●Sさん 20代 東日本

     10時間という長い時間(の内観)でしたが、早く感じました。面接者は、私の内観した内容について否定も肯定もしないので、安心して話せました。
     時間軸にそって進めていくので内容がまとまりやすく、終わった際にはとてもすっきりとした感じがしました。

    ●ISさん 40代 東日本

     母に対する自分について1日調べさせていただきました。母はいつもそんなに近くにいる存在ではなかったのですが、いつの時も近寄りすぎず、遠くからそっと見守り、時には手を貸してくれたりしていたことが、どんなに多かったことかを気づかされました。
     私はずっと母に守っていただいてきました。いつも私の気持ちを尊重してくれて、私が生きやすいように、そして言葉を選びながら私を導いてくれていたことを感じました。
     また、いつも下手に出ている母に対して見下している自分がいたとも感じましたが、母の愛、心はとてつもなく大きなもので、私はずーっと包まれていたんだと思うと、本当に感謝せずにはいられません。
     まだまだ今日思い出したことの何万倍のことをしていただいていると思うので、また思いを馳せてみようと思います。
     父や他の人に対しての自分についてもやってみたいです。
     今日はありがとうございました。

  • 内観(内省法)の参加者の感想(~2016年2月)

    今回は、2016年2月までに行われた、「一日内観」の受講者の方の感想文をご紹介します。

    感想を見ると、集中して行う自己反省法・内観は、たった一日でも、大きな効果を感じてれる方がたくさんいらしゃることがわかります。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。学会もあって、海外にも広がっています。

    その方法は、至って簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人に

    ①他人から、していただいたこと
    ②他人に、して返したこと
    ③他人に、迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業のみを、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。

    なお、親がいない人は、親代わりに育てくれた人を親と見て行います。

    ◎TMさん 60代 西日本


    母親に対する自分の2回目の内観をさせていただき、ありがとうございました。
    小さい時に、一番お世話(ご迷惑)をかけたことはよくわかりました。 お料理を作ったり、洗たくをしてもらったりしたのは、少ししか思い出せなくて、お手伝いをしたことを沢山思い出しました。
    母親の優しかったのは、とても有り難かったです。その子の性格に応じた育て方は、とても大切だというのを学んで良かったです。それによって自分がより頑張れたのだと思います。
    心から母に今回お礼を言いました。

    ◎男性会員 西日本


    いつもながら、してもらっている事に比べてしてあげている事が少ないことが、よくわかりました。
    死んでからも父は私に多くの事を気付かせてくれました。
    私も父のような老人になることを目標にしようと思いました。

    ◎Mさん 50代 西日本

    今回は自宅では初めての内観でしたが、先生から区切りごとに連絡が入るので、ある程度の緊張感のもと、会場と大差なく内観をすることが出来たと思います(※会場にいる先生から電話で内観面接を定期的に受けた)。
    この度は、祖父母と弟に対しての内観でした。 祖父母とは同居ではなかったので、子供時代の頃はともかく 成人してからは接する時間も少ないせいか、ほとんど記憶なく、思い出す事が出来ませんでした。
    また、父母の内観の時と同様にして頂くこと事ばかりで、してかえす事が父母以上に何もない事に、気がつかされました。祖父母には、何の恩返しも出来ませんでした。
    また、祖父母の亡くなった年齢や自分が何歳頃に亡くなったのかも 思い出せませんでした。これから祖父母の亡くなった年齢を調べてみたいと思いました。 また、弟に対しての内観は、幼少のころから現在まで、たくさんの事を思い出す事が出来、親とは違った必要不可欠な存在だと改めて気がつかせて頂きました。 この度はこのような機会を与えてくださり、ありがとうごいざいました。

    ◎Kさん 20代 西日本

    今の自分のほとんどは、与えられたもので出来ているなと実感した。 しかも、与えられたものは予想以上に大きく、自分が与えたものとなると、ほとんどゼロに近い。
    両親という二人の人間が、それぞれ父親・母親という役割を引き受けてくれていることに感謝したい。
    二人とも生まれながらに父親・母親だったわけではなく、人生のどこかの時点で決断し、覚悟を決めて、自分を捨てて、私を育ててくれたのだと思う。
    前述のようなことに気づいた自分は、今後何をしていくべきなのか考えていきたい。

    ◎Oさん 30代 西日本

    父のことについて、独立後の金銭をめぐる争いでギクシャクした関係がありましたが、前回から受けた内観の効果もあって、修復が出来てきました。
    その矢先に病気で倒れたので、手続や出費で苦しい思いをしましたが、以前よりもすんなりと行えるようになったので、今回も受けて良かったです。

    ◎KMさん 30代 西日本

    「自分」と「誰か」の関係を見つめるということは、自分の人生をも純粋に顧みることなのだ、と思いました。 過去の出来事を今振り返ると、客観的に物事が見られ、家族はもちろん、自分を、より思いやり深く新たな視点から考えることができたのは、ありがたかったです。
    少し、自分と仲直りできた気がしました。 そして、いかに日常で「静かに心を見つめること」を実行していないか、外界の情報に心を奪われているか、も痛感しました……。自分の内側を振り返るのがしんどくて、他のことを考えてしまったりして、我が身の静けさの欠如を実感しました。やはり一人で内観はできないな、と……。
    とても貴重な体験ができました。心より感謝致します。
    今日の体験とともに、日々の静けさを大切にしたいと心から思っています。

    ◎IHさん 30代 西日本

    周りとの接触を避けて内観を行うのは約1年ぶりでした。 日常行う日常内観と異なり、独特の感じがあることを再確認させていただきました。
    今回は母に対しての自分を調べましたが、自分にとって驚きだったのは、して返したことがほとんど出て来なかったこと、たまにラーメンなど作ったと思うのですが、はっきりとした情景をともなって思い出せたのはごくわずかでした。裏を返せば、それだけ、していなかったのかもしれません。
    迷惑をかけないよう暮らすのは大事だと思いますが、きちんと周りに返せるよう気を付けようと思いました。

    ◎HIさん 40代 西日本

    長い間、父親に対してあった嫌悪する出来事が、内観をしてみると、すっかり客観視できる事象になっていたと気付く事ができました。一回の嫌悪が、ずっと影響をおよぼしていたと、はっきりと自覚することもできました。
    また、父親のコミュニケーションは愛情が不足していると思っていましたが、自分の人生の長い間、金銭的に支えてくれていたということにも思い至りました。何ひとつ恩着せがましいことを言わず、当然の事として言葉にしなかったために、内観をするまで気付くことができなかったのです。
    息子であったからこそしてくれた、これこそが愛情だったとはっきり理解する事ができました。
    父はまだ存命なので、まだ関係を正す機会のあることを感謝しています。

    ◎IAさん 40代 西日本

    今まで、自分が余計なことと思っていたことも、してもらったことで、自分がして返したと思っていたことも、してもらったことだったと気づきました。
    結局してもらったことばかりで、今、自分ができている、やっていると思っていることも、思い返せば、母にしてもらったことがあったからだと思いました。
    母に対して抱いていた不満が、すべて自分自身に当てはまることで、自分がやってない、できてないことでした。 今まで、辛抱強く育ててもらい、受け入れて、話を聞いてもらい、いつも気にかけて見ていてくれたことをお手本に、母や、周りの方へ返していきたいです。
    また、日々内観をしていこうと思います。心が落ち着きました。 内観を始める前の先生の説明を聞いて、事実を見るということが、どういうことかわかりました。 今まで事実をありのまま受けとめていませんでした。
    この違いを知れたことは、とても大きいです。気をつけます!  本当に、ありがとうございました。

    ◎SMさん 40代 西日本

    きちんと仕切られた空間で、ゆっくりと、またじっくりと自分と向き合うことができました。 自分が生まれてから、何年かに区切って見つめる事で、丁寧な観察ができたと思います。
    また、対象を、自分の身近な一人(父、母)にしぼって見れたので、より深く考えることができました。
    普段見すごしていた事に気付くきっかけとなりました。

    ◎Mさん 40代 東日本

    以前はこどもの頃を思い出すことさえ大変だったが、今回は、こどもの頃住んでいた場所にいた感覚になり、懐かしさで涙が出てきた。
    また貧乏だった頃、兄弟3人も養って大変だっただろう。そう思うと、あらゆる至らなさは仕方がなかったと思えた。

    ◎Sさん 40代 東日本

    なかなか過去を振り返ったり、親との関係について考えたりすることはなかったので、貴重な機会となりました。また、意識を自分の内側に向けられるような空間というのもなかなかないため、心を静めるという貴重な体験ができたと思います。
    成果としては、親への感謝の気持ちの不足、自分が親にあまり恩返しができていないことに気付かされました。 ありがとうございました。また参加したいです。

    ◎H・Mさん 40代 東日本

    今回初めて内観に参加させていただき、本当に良かったと思います。 幼い頃の記憶が、なかなか思い出せず、不安になりましたが、一つの出来事を思い出すことで少しずつ芋づる式に思い出すことができました。 「していただいたこと」に対して「してあげたこと」がほとんどなく、自分のことばかり考えて成長してきたことに気付きました。
    今回は、母親と父親について自分を調べました。母親は他界しているので、父親にはこれから母親の分まで恩返ししていきたいと思います。 また機会がありましたら参加させていただきたいと思います。 本日はありがとうございました。

    ◎Nさん 40代 東日本

    初めての(内観)を体験しましたが、思っていた以上に難しかったです。 特に幼少期~20歳までの期間は、親元で生活していたはずなのに、思い出せる事が少なく、自分の頭の中から、どうにかして思い出せる事はないかなあ~、と、いろんな所から記憶を掘り起こしていく感じでした。やってもらえることが当たり前と思っていたからかもしれません。
    でも、その中でも、思いもよらない事が思い出されたのもあり、「内観」という体験をしなければ、恐らく一生思い出すことはなかっただろうな、と感じるものもありました。 もっと長い時間、取り組むことができれば、さらにいろんな思い出や、新たな感じ方が得られるのかもしれない気がしました。
    1日の「内観」でしたが、先生の導入前のお話もあったことで、自然と内観に入りやすく、貴重な体験をさせていただきました。 今回は「母親」に対しての自分の内観でしたが、やる前は育ててもらって当たり前の感じが、やはりどこかにあったように思いますが、「母親」という一人の人間の人生という立場に立って物事を見ることができたのは、本当にうれしいというか、ありがたい体験でした。
    母親に対する見方(良い意味で)が、少し変わった気がします。 このような機会を設けていただいてありがとうございました。

    ◎Hさん 50代 東日本


    2回目の1日内観に参加しました。 前回(1回目)は、(若い頃から、何らかのわだかまりがあった)母に対する自分の想いを調査することで、自分の思い込みによる誤解もあったことに気づく中、1年前思いもかけない母の認知症騒ぎで、1回目の内観が大いに役立ったことを思い出します。
    母の認知症にともなう居室環境の変化は、しばらくの間疎遠だった家族のつながりを復活させたことも、弟と二人で、いろいろ母の昔の思い出を語り合えたことが大きかったような気がします。
    ありがとうございました。また、何かの際、受けさせていただきたいと思います。

    ◎T・Cさん 30代 東日本

    父についての内観をした。 父には色々な事をしてもらってきたが、父に対してもっとねぎらったり、もっと会話をできるようにすればよかったと思った。 恩返しができるようにしたい。

    ◎N・Tさん 60代 東日本

    身辺の意外にスッキリしている状態は、周囲の人々の多くの努力の賜物であり、誰か一人でも手抜きをしていたらこうはならなかったと気付きました。

    ◎Mさん 50代 東日本

    今回は、祖父、祖母、兄弟についての内観をしました。 気がついたことは、自分は、ほとんど自分に対してだけの関心で子供時代を過ごしており、おじいさんやおばあさんの人生への関心が薄かったのだなということです。
    おばあさんが老い、動けなくなり、人生を終える、その大変な時には、一生懸命におばあさんのことを考え、身の世話をする。しかし、その時のおばあさんの心がいかばかりであるかまで、心を慮ることができなかった。 まして、元気な時などは、祖母や祖父に、世話を受けることが当たり前で、二人がどんな人生を歩んでいたかには、全く関心がいかなかった。残念なことをしたと思います。
    それから、家族のそれぞれから、愛情を受けて育てていただいたことに気がつきました。父母は懸命に働いて、身を削って、育てて下さり、祖父は、家族のために、自家野菜や果物、米などをつくり、祖母は、ずっと子供に寄り添っていてくれました。皆に大変な愛情を持って育てられ、大きくなったことを確認できました。 機会があればもっと長期の内観を経験してみたいです。

  • 内観(自己反省法)の参加者の感想(~2014年10月)

    「ひかりの輪」では、自己反省法・内観を、大学教授の内観専門家の先生にご指導いただき、取りいれています。

    定期的に、「1日内観」を中心とした内観セミナーを行っており、一般の方のご参加も受け付けていますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。

    次回は、1月24日(日) 名古屋支部教室、2月7日(日) 東京本部教室で開催です。

    以下に、2012年10月~2014年に行われた、「一日内観」の受講者の方の感想文をご紹介します。

    感想を見ると、集中して行う自己反省法・内観は、たった一日でも、大きな効果を感じてれる方がたくさんいらしゃることがわかります。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。学会もあって、海外にも広がっています。

    その方法は、至って簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人に① 他人から、していただいたこと

    ②他人に、して返したこと

    ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業のみを、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。

    なお、親がいない人は、親代わりに育てくれた人を親と見て行います。


    ◆スタッフの感想

    ◎田渕智子 50代女性 西日本

    久しぶりに受けさせていただきました。母について行いましたが、以前よりあまり思い出せなかったような気がします。

    ただ、母の苦労などが思い出されて大変だっただろうと申し訳なく思いました。自分が親不孝しているのではないかと思い、悲しくなってきました。

    これからはできるだけ親孝行していきたいと思いました。ありがとうございました。


    ◎MTさん 60代女性 西日本


    人間に生まれながらも、愛とか、思いやり、感謝が本当にわかるまでは、それぞれ違うのだと思いました。

    恵まれた環境にいながら、不平・不満を持っていたら、喜びには受け取れなくて、もったいないと思いました。

    早くそれがわかっていたら、もっと優しく主人に接してあげられていたけど、最初の出会いから心が通じないまま、時が経ちました。

    けんかはしなくても、心の隙間を埋めることができず、申し訳なかったと思いました。

    「足るを知る」どおり、真面目さを喜び、心を込めて尽くしていたら、お互いが幸せであったのに、気づけませんでした。

    加齢によって、徐々に愛、感謝、思いやりの大切さが、理解できつつあります。

    言葉のウラに優しいヴァイブレーションを感じた時、私も、そのようにならなくてはと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

     


    ◆会員の受講者の感想

    ◎JTさん 30代男性 西日本

    「1日内観」は2回目なのですが、やっぱり内観は回を重ねるごとに、深く自分の事が調べられました。

    初歩的な達成ではありますが、内観中は一切寝ませんでしたし、1回目よりも楽しんで昔の自分を調べることができました。

    今回は父とおばあちゃんに対する自分を調べましたが、特におばあちゃんに対する自分を調べている時が、すごく辛かったです。今までおばあちゃんの存在を忘れて普通に生活していましたが、こんなに偉大で寛大なおばあちゃんがいたことを再認識できたのは、とても良かったです。

    それと同時におばあちゃんに対する今までの行いが、ひどすぎて、思い出してそのことを口にするのが、とても言いづらかったです。

    おばあちゃん、ホントにごめんなさい!

    先生、本日はお忙しい中、内観をご指導くださいまして、ありがとうございました。

    先生ご自身のエピソード、お母さんに朝の起こし方について文句を言っていたお話が、自分とおばあちゃんと一緒で、とても笑えました。


    ◎Bさん 30代女性 西日本

    今回初めて「1日内観」を受けたのですが、幼い頃から今までどうやって人生を歩んできたかということを痛感できました。

    振り返ることで心を浄化していただいたみたいでもあります。

    今後もまたご機会があれば受けさせてもらいたいです。

    ◎Cさん 40代男性 会員 西日本

    今まで親孝行の自覚のためや親子の絆の再確認などの感情的な側面が大切だと思っていたが、今回は事実を俯瞰して見ることを意識できた。

    よって、幼少期の曖昧な記憶の部分から現在に近づくにつれて意識がクリアとなり、現実的な今後の在り方のために必要な回顧の営みとして自分を調べることになった。

    また対象は母であっても、同時に周囲の人物のことも事実として想起したことで、自分と母という対(つい)でなく、家族の歴史を考える時間となりました。最後に、初めておばについて内観したことで、家族史のふくらみを感じることができたことはよかったです。

    ◎KM 50代女性 会員 東日本

    今回は4回目で、父親に対しての自分を調べました。

    前回の続きで、高校卒業後、父親のもとを離れてからです。

    離れてからなので、思い出すことが少なかった中で、その一緒に居た時、また、オウム真理教に出家していた時の父親とのことを思い出しました。

    一緒に暮らしていた時に愛情を受けていた私は、その後、父親が亡くなるまで、そのお返しを全くできなかったばかりか、多大な苦しみを与えていたということに気づき、非常に辛かったです。

    オウム真理教に出家した後、オウム事件が起こり、家族に連絡をとらなかった間、父親の不安と苦しみは途方もないものだっただろうと、今回じっくり見つめる中で、実感しました。

    そして、その苦しみを払拭できないまま亡くなったであろう父に対して、私は悔やむ心をずっと持っていました。

    しかし、親は子をどこまでも心配するし、子に幸福になってほしいものなのだと強く思いました。

    先生より、父に対して伝えたい事をと、手紙を書き、また、その返事を想定して書くことにより、その悔いの心が少し落ち着いてきました。

    次に向かって心を動かすことができそうです。ありがとうございました。

    日々少しずつ内観を続けていこうと思います。

    ◎KI 40代男性 会員 東日本

    今回も参加させていただいて、ありがとうございます。

    短い時間でしたが、とても集中が出来て気持ちよいです。

    父親についての2回目となりましたが、父母、妹には、いつも心配をかけてしまっていたと分かりましたし、自分の人生は普通じゃないとも理解しました。

    とても分かりづらい生き方となってしまったために、家族や友人、知人に不安を感じさせたかもしれないなと深い反省をしました。

    現在は少しまともだなとも感じておりますが、亡き父と、距離のある母に感謝をして、これからもしっかり生きていこうと思います。

    先生ありがとうございます。次回もよろしくお願いします。





    一般の受講者の感想

    ◎Aさん 20代男性 西日本

    丸半日以上、屏風の中に座り、記憶を思い出しているという作業でしたが、不思議と「もう飽きた」「何かしたい」との思いは少なくて、とても落ち着いて「調べる作業」ができたことでした。

    「もう痛いほど分かったから」と私の心が私の心に言うことは、「あんたは、ずっと被害者のままでいるだけで、何一つ与えることをしていなかった。」ということ。

    それでは幸せを感じることは、とうていできませんよね(笑)。

    されてきた嫌なことは許して、向こうが受け取ろうが受け取るまいが、何より「自分の幸せのために」全力で親孝行したいという気持ちになることができました。

    今まで26年、親を憎んでどうしても好きになれないというネックに思っていたことが、今日の内観という機会を与えていただいたことによって、生まれて初めて、心から「何かしなければ」「何かしたい」と、押しつけられるような義務でもなく、自分の幸せのために思えるようになりました。

    ずっと向き合いたいと思いながら、恐くてできなかった機会を与えてくださって、心より感謝しています。


    ◎ESさん 30代女性 西日本

    初めて参加させていただきました。普段やったことのない母とのことを幼少の頃から振り返るのは、不思議な感覚でした。

    今だからわかる母の気持ちや思いが伝わってきて、本当にかけがえのない存在だと思います。

    また、母にやってあげたことがこんなに少なかったということは、大きな反省でした。

    今まで当たり前のように愛情を受けてきましたが、これから親孝行して返していきたいです。

    これからすぐにできることも、すぐに思いつきました。

    早く喜ぶ顔が見たいと思います。


    ◎JA 40代男性 西日本

    率直に書かせていただきます。このような形ではありませんが、内観というようなことを自分はしていたと思います。

    自分自身のことを見つめなくてはいけないことがあり、自分が迷惑をかけてきたことをよく振り返りました。

    でも母親のしてくれたことを思い返したことはなく、なかなか出てこないことに驚きました。

    そして、自分がしてあげたことの少なさにも気づきました。

    また、ここまで考えたことがなかったので、ラクではありませんでした。今日の1日内観では、感情や情動というものではなく、事実を思い出す、見つめるという点で、客観的であり、科学的でもあるように思えましたので、ますます宗教的なことではないという、そんな感じを受けました。

    ◎SKさん 30代男性 東日本

    初めての体験でしたので不安な面もありましたが、丁寧な指導のおかげで、良い体験ができました。

    幼児期の事はとても思い出すのに苦労しました。もうほとんど記憶の外にあり、思い出す機会もなかったので。

    今回は母親に対する事でしたが、「して返した事」がほとんどありませんでした。

    「してもらった事」がほとんどで、わかってはいましたが、あらためて自分はわがままな人間でした。

    母親に対しては、いつも口論になり、嫌悪感を抱いていましたが、内観を終えて妙な気分になりました。して返した事がほとんどないのに口論できる立場なのかな?とかです。

    ◎SOさん 20代男性 東日本

    なかなか思い出す作業がうまくいかず、思い出そう、思い出そうと考えている間に、時間があっという間に過ぎてしまいました。

    母に関しては、してもらった事、迷惑をかけた事を思い出すことが多く、罪悪感のような気持ちが出てくることがありました。

    してあげた事が全くないにもかかわらず、その反面、してもらった事の多さと愛情を感じました。

    次に母に会った時には、少し見る目が変わるというか、新鮮な目で見れる気がしました。

  • 内観(自己反省法)の参加者の感想(~2014年)

    「ひかりの輪」では、自己反省法・内観を、大学教授の内観専門家の先生にご指導いただき、取りいれています。
    定期的に、「1日内観」を中心とした内観セミナーを行っており、一般の方のご参加も受け付けていますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。
    次回は、12月12日~13日の福岡で、ご参加受付中です。

    以下に、2012年10月~2014年に行われた、「一日内観」の受講者の方の感想文をご紹介します。
    感想を見ると、集中して行う自己反省法・内観は、たった一日でも、大きな効果を感じてれる方がたくさんいらしゃることがわかります。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。学会もあって、海外にも広がっています。

    その方法は、至って簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人に、

    ① 他人から、していただいたこと
    ② 他人に、して返したこと
    ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業のみを、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。
    なお、親がいない人は、親代わりに育てくれた人を親と見て行います。

     
    ◆スタッフの感想

    ◎T・Tさん 50代女性 東日本

    1日内観は3回目となります。今回は、祖母・祖父に対する自分の調べを行いました。

    祖母に対しては、小さい頃から過干渉で口うるさい人だという印象があり、精神的に負担になったり反発したりすることが多かったのですが、今回内観をしてみて、良い面を見られたと思います。

    もう昔のことなので忘れたことも多かったのですが、祖父母の恩恵をあらためて見直すことができました。このような機会を与えていただき、自分が他人の恩恵を見られるようになり、ありがたいと思います。

    他人の欠点や悪いところばかりを見るのではなく、良いところや自分に恩恵を与えてくれるところを見る訓練になります。


    ◎T・Eさん 40代女性 西日本 専従会員

    母親について2回目の内観だったので、今回はだいぶ整理して思い出すことができました。
    また、思い出す事柄も、色、におい、その時の空気、雰囲気など、以前より鮮明に出てきました。
    母にしていただいたことを思うと「無私」という言葉がぴったりです。

    本当に母は、自分のことを考えたり、楽しんだりすることは、ほとんどなく、常に子どものことを考え生きてきたのだと、あらためて感じました。
    今の私でも母と同じことはできないので、若くして○人の子を守り、育ててきた母は偉大だと思います。

    今度は私が感謝を伝えて母を応援して恩返ししたいと思います。
    私と母の間のことを思い出すにしても、これだけのストーリーがあり、父、他の家族、出会った人々、すべての方にストーリーや恩がある。
    他の人にも、それぞれのご縁やストーリーがあると思うと、他の人生をより尊いものに感じます。


    ◎T・Eさん 40代女性 西日本
    (金額部分/兄弟の人数等は個人情報のため開示いたしません)

    養育費の計算(自分が独立するまでに親が費やしてくれたすべての養育費の計算をすること)は、その額にも驚きましたが、お金を払われていることが目には見えないため、これだけ多岐にわたる経費を親が払ってくれていたという自覚が全くありませんでした。

    養育費計算は、ざっと○○○○万くらいでしたが、きっと抜けているものもたくさんあり、○○○○万は行っていると思います。私は○人兄弟なので、○人分の その費用を親が捻出したと思うと、決して大きな会社にいたわけではないので、すごい努力をしてくださっていたのだと思いました。

    これからは父への恩返しをしていきたいです。


    ◎S・Yさん 40代女性 東日本

    多くのことは思い出せませんでしたが、思い出していくうちに細かい所を思い出してきました。

    祖母について思い出していくうちに、いろいろな人にいろいろなことを教えられて、いろいろなことをしていただいて今の自分があるのだと思いました。自分の中にいろいろな人の存在があるのだなと思いました。
    していただいたことのほとんどを、当然のことのように考えていたと思いました。

    二度目の母についての内観では、色や光の強さ、大きさや、手をつないだときの母と自分の背の高さなどを思い出し、その時の光景の中にひたってしまうことがあり、幸せな気持ちでした。


    ◎M・Tさん 50代女性 東日本

    今回は母親のことについて調べました。迷惑をかけたことなどは、あたりまえのように思っていました。
    親のありがたみがわかりました。


    ◎O・Tさん 40代男性 東日本

    自分が今までしたことの中で、今まで気づいていなかったエゴイスティックな一面、また良い意味で「自分はこういう人間である」と思っていたイメージにそぐわない自分に新たに気がつきました。

    そして、それは自分の周りの人が持っている許し難い要素と同じであることに気づきました。
    日常生活に戻って、自分の心がどれだけ変化しているか楽しみです。


    ◎M・Tさん 40代男性 東日本

    自分が母からしてもらったことがこれだけあるとは、あまり意識していなかった。

    それと同時に、自分がしてあげたことがこれだけ少なかったのは、びっくりしました。
    迷惑についても、自分自身ではあまりなかったように認識していましたが、思い返すとかなりあったことに気づき、反省しています。

    物事の見方が偏っていたことに気づいたのは大きな収穫でした。


    ◎S・Fさん 50代女性 東日本

    母親にしてもらったことは食事、洗濯、買い物、弁当作り、それを毎日という膨大な量を、ずっとやってもらっていたことに気づきました。
    それを当然のことのように思っていたのですが、大変なことだったと思います。
    今思うと、小学生でも食事、洗濯、買い物はできたので、もっと自分でやっていたらと思います。

    父親に関しては、節目節目で黙ってどんとやってくれたという感じで、自分を全肯定してくれていたことに気づき、それは大変ありがたいことだと思います。

    本当にありがとうございました。静かな面接よかったです。


    ◎S・Oさん 60代男性 東日本

    今まで親に対する感謝の気持ちが足りなかった。
    親の恩恵を忘れず、恩返しをしたいと思いました。


    ◎Y・Kさん 50代女性 西日本

    内観するたびに思うことは、オウム・アレフ時代が、いかに傲慢な考え方、自己中心的だったかということを、思い知らされます。
    また、周りの方々にどれだけしていただいたことが多く、して返したことが少なく、迷惑をかけたことが多いかに気づかされます。

    今後は、これはまずいなと気づいたことは改善して、できるところから恩返しをしていきたいと思います。


    ◎Y・Kさん 50代女性 西日本

    父に対する自分の内観を行いました。
    オウムに長く出家して、多大な心配や迷惑をかけ、最大の親不孝をしました。

    それにかかわらず、実家に返れば迎え入れてくれるし、生活などが大変だろうということで、お金まで時々くれる。
    ここまで親に心配・迷惑をかけてきたのに、どうしてここまでのことをしてくれるのか。
    真実の愛とは何かということを考えさせられる。

    私がここまで大きくなるまでに、○○○○万というお金を私につぎ込んでくれた。私はそれを裏切るかのようにオウムに出家してしまった。
    さんざん心配をかけているにもかかわらず、よくしてくれることに、感謝してもしつくせない思いです。


    ◎Gさん 40代男性 東日本

    父が大病をし、その後回復しましたが、自分もその時の父と同じ年齢になり、父の労働の苦しみを理解でき、不満を持っていたことが恥ずかしく思えてきました。


    ◆会員の受講者

    ◎M・Kさん 50代女性 東日本

    今回は父親に対する自分を調べてみました(前回父親が途中でしたので2回目です)。
    最初なかなか集中ができず、時間があっという間にたってしまい、いくつかは思い出して調べてみても、もっと思い出したいなという中、次に進んでいきました。

    親と一緒にずっと過ごしていたはずなのに、その姿を思い出せないのは、なんて自分は他の家族のことを気にしてこなかったのだろうと思いました。

    中学時代まで(想起が)終わった後、先生より「紙とペンを渡すので、そこに今まであなたが自活するまでお父さんから受けた金銭の援助を全て書き出してみてください」と言われました。
    出産費用から光熱費や毎日の食事代、細々と書き出していきました。

    なぜか書き出す時に苦しかったです。でも一つずつ書き出していくと、お世話してもらって大人になった、育ててもらったのだろうと理解できました。
    感覚的には、何となくは、その恩義を感じてはいたのですが、実際に書き出して、どれだけの日々のつながりが大変なことだったのかとわかりました。

    自分にはとうていできないことだから。同じことをしようと思ってもできない、父親の像がくっきりと刻まれました。その生活をしながら子どもの成長を助けることを力一杯やっていたのだと、実感をともなって理解しました。

    まだ途中なので、続きをやっていこうと思います。この後から、オウムを含めて自分がとても迷惑をかけた時間に入っていきますので。
    どうもありがとうございました。


    ◎T・Kさん 40代男性 東日本

    死んだ父親に対する自分を調べました。前回、父親に対する自分を調べたときは、父親に対する批判や不満等、自分の感情が入ってしまい、思い出すのがつら かったり、障害も多かったのですが、今回は前回よりも冷静になって、してもらったこと、してあげたこと、迷惑をかけたことを、事実としてとらえ、列挙する ことができました。

    また、先生のご指導のもと、自分が大人になるまでにかかった養育費を計算したことで、仲の悪い親子だったと思っていたものの、多額の費用を働いて得た収入から割いて私を育ててくれていたことがわかりました。

    仲直りをする前に父親は亡くなってしまいましたが、多くのしてもらったことを今回認めた上で、父親に手紙(※父親に宛てて出すことを想定して書く手紙)を書くことができました。

    まだまだ歩み寄ることはできないのですが、今までは父親の問題点ばかりを主張することしかできなかった私が、自分の問題点にも気づき、認めた上で、父親に 対して反省を述べることができました。相手がすでに死んでいるということもあるのかもしれませんが。

    ただ、前回の内観よりも苦しくなくなったので、今後も 内観して、父親とのわだかまりに決着を付け、心から感謝できるようになれたらと思っています。


    ◎Nさん 60代男性 東日本

    子犬をもらい受けて最初の1日だけ添い寝をしたことがありました。過去形で語れば楽しいことでも、現在形では「気が気ではなかった」経験です。

    この、気が気ではない思いを母親だけではなく、多くの人々にさせてきた半生を振り返り、大いに恥ずかしい思いをし、多方面に感謝の気持ちを持つことのできた1日でありました。


    ◎I・Kさん 40代男性 東日本

    母に対する自分を調べたのが2回目でしたから、1回目よりも母を一人の人間として客観的に見ることができたのだなと思いました。

    そして、母も強い人間で、いつでも僕のことをフォローして下さっていました。
    本当に感謝をして、いつか恩返しをさせていただけるだろうと感じております。

    たくさんの親不孝と、誤った宗教実践(オウム・アレフ)によって、自分は不幸になってしまったと感じたので、これから一歩ずつ本当の幸せに向かって歩ませていただきます。
    今回参加させていただきまして、ありがとうございました。


    ◎M・Kさん 50代女性 東日本

    今回2回目の「1日内観」で、前回と同様に、母親・父親についての自分を確かめてみました。
    母親・父親ともに、その当時いつも何を考えていたのだろう?ということすら考えなかったのかもしれない。

    父親に叱られたり、よく口論等したが、なぜそうなっていたかが思い出せなかった。しかし、それについて父親がつぶやいた言葉は印象的であり、現在でもよく思い出す。

    親は子を注意深く見守っているが、子は特に青年期に入る時期くらいから自分のことに夢中になり、親のサポートに対しての感謝は持たなくなってしまった感がある。

    私の場合は、自分が大人になって、初めて親がどれだけ大変な犠牲を払ってこのために生活していたかが見えてきた。

    それと今回は、その当時の住まいやテーブルや、父や母の姿が結構すぐによみがえってきた。
    特に今回気づいたことで、母親の亡くなる前一緒にいた半年間のことがある。

    今まで、自分と母親と過ごした最高に素晴らしい時間だと思っていたが、それは自分が持った思いであり、自分が母親のためと思ってした食養やその他仏教の考 え方(その当時オウムには入っていなかったが、オウムの書籍は読んでいて輪廻転生的な思想であった)によって、母親と一緒に懺悔をして心を軽くしたり等していた。

    これは、もともとの母親になかった考え方であり、母を思う娘の心を思って、それをさせてくれてはいたが、当然とまどいなどもあったのではないか? 迷惑をかけていたのではないか?ということに気が付いた。

    私が、私が思う「良き事」に集中したことのために、最後に母親がしたかったことをできなかったり、他の人びとに対する感謝の場を奪ってしまったりしたのではないか?と思い当たった。


    ◎Yさん 40代男性 西日本

    ・今まで自分が自己中心的な生き方ばかりしてきたことを痛感しました。

    ・母から今までしていただいたことは、当たり前ではなく、本当に有り難いことであったとあらためて思いました。

    ・自分はほとんどお返しをしておらず、迷惑ばかりかけてきました。これからの人生は感謝を深めて恩返しをしていきたいと思います。


    ◎K・Kさん 30代女性 西日本

    これまでできていたはずの感謝が全然足りなかったことを思い知らされました。
    していただいたこと、してさしあげたこと、ここまではあまり苦しまずに思い出すことができましたが、迷惑をかけたことについて、なかなか思い当たらず驚きました。

    感謝の前に、迷惑をかけているという実感が薄かったということだと思います。心から申し訳ないと思うことを見過ごしていた結果だと思います。

    「ごめんなさい」と「ありがとう」は対にないと何事もうまく行くはずがないと思いました。
    これまで、傷ついたこと、してもらえなかったこと、してほしかったことを、知らず知らず数えていたのだと思います。
    してもらうことが実は当たり前ではなく、何かと比べてその差で満足したり不満を持ったりしていたことを、さらにあらためて気づかされました。

    私や私の両親達は、その時の精一杯限界まで私を愛し守り大切にしてくれていました。


    ◎Fさん 30代男性 東日本

    内観の流れは、指導員の体験談を見てイメージはしておりましたが、行ってみると、忘れていることの多さ、忘れたがっていることの多さに圧倒されました。

    自分がいかに支えられ、無償の愛を受けて育ってきたのか?
    父・母・祖父母と各人の時間・金銭・手間をいただきながら、何をお返ししてきたのか?
    返してきたのは迷惑ばかりだったのではないか?
    と考えるに至り、深く反省を致しました。

    慈愛、無償の愛、慈悲と言葉はいろいろありますが、海のように広く、激流をただ静かに受ける滝壺の水面のように、私のわがまま・感情を受け止め養育してく ださった両親・祖父母に、深く感謝するとともに、私の周囲にいてくれた万物に尊敬の念と感謝の心をもって生きようと思いました。


    ◎Yさん 40代男性 西日本

    ・今回は、母について、今までの自分を調べました。

    ・今までしていただいたことが山ほどありますが、自分は、ほとんど当たり前のような感じで意識せずに、他のことにばかりとらわれていたことに気づきました。

    ・日頃から、視野を広げて、客観的に物事を見られるようにしたいと思いました。

    ・母から大きな愛情を与えられていることに、あらためて気づきました。ほとんど恩返しはできてていませんが、感謝して恩返しができるように、自分を変えていきたいです。


    ◎K・Tさん 40代女性 東日本

    本日は、父親と妹に対する自分を調べました。妹については少しだけで、父親についてを中心にしました。

    その中で、私は生まれてから34年と11カ月の間、父親に対して迷惑ばかりかけていたと実感しました。
    死んでしまった今は、ありがとうの言葉一つもかけてあげられないと悔やまれます。

    間もなくあの世へ旅だって9年です。こうして父親に対して思いを振り返る機会に時間をいただけたことに深く感謝いたします。
    ありがとうございます。


    ◆一般の参加者

    ◎I・Sさん 40代男性 東日本

    初めて内観を受講いたしました。

    母に対して、「してもらったこと」をいろいろ想起してみたのですが、なかなか思い出すことに苦慮しました。少しずつですが思い出してみると、母だけでも、多くのことをしてもらったことに気づきました。

    逆に、「してあげたこと」は少なく、自分の恩返しの不足さを痛切に感じ入りました。また、やんちゃな子どもでしたので、いろいろと迷惑をかけたことに赤面の思いです。

    一人で思索することがありますが、ただ雑念に追われ、結論もなく無駄な時間を過ごすことが多いのですが、今回参加しまして、真の意味で自省するきっかけになりました。
    ありがとうございました。


    ◎Oさん 20代男性 東日本

    振り返ってみると、自分の家族の自分の生まれた環境が、すごく恵まれていることがわかりました。
    特に、父に対しては、不器用ながらも自分に対して愛情をもって接していただいたのがわかりました。


    ◎Y・Hさん 20代男性 西日本

    今回「1日内観」に初めて参加させていただきました。

    今まで母と父、両親に対して、「してもらったこと」や「迷惑をかけたこと」の多さを知ることができました。
    逆に「して返したこと」の少なさに気づくこともできました。

    今の私は、両親に与えてしまった迷惑や、していただいたことの多さに気づき、何もして返すことのできなかったことに反省の気持ちでいっぱいです。
    今後は、親にして返せることを、して返さないといけないと思っており、そのことを努力してやっていきたいと思っています。

    この度は、自分の内側と両親のことを思い出すことができ、参加してよかったと心から思いました。
    ありがとうございました。


    ◎K・Tさん 20代男性 西日本

    今回の「1日内観」で、私は母と父に「してもらったこと」、「してあげたこと」、「迷惑をかけたこと」について、3年間ごとに分けて、幼少期から現在まで調べました。

    そこで、私は母から、幼少の頃からたくさんの愛情を受けて育てられていたことに気がつきました。小学校の頃、学校で友達とケンカしてしまい、家に帰って母 に抱きしめられて泣いた光景がよみがえりました。

    そして、父母には思春期の頃、大変な迷惑をかけてしまったと実感しました。
    父母から受けた恩恵に比べ、自 分が両親にしてあげたことがすごく少ないことに気が付きました。
    これから親孝行をしていきたいです。


    ◎Sさん 30代女性 東日本

    自分が母にしてあげたことがいかに少ないか、思い知らされました。

    文句もいわずやってくださったことの多さに、あらためて気づくことができました。

    「してくれなかった」ことばかり記憶に積み重なり、不健全な思考に偏っていたと思います。
    終わってすぐなので、まだわからない部分もありますが、数日たって何か心境の変化などがあるのでないかと感じています。
    ありがとうございました。


    ◎M・Yさん 40代女性 東日本

    初めての参加、そして初めての試みでした。「内観」という言葉も、ひかりの輪に来るようになってから知った言葉です。

    生まれてから今現在まで、ほとんど振り返ることなく突っ走ってきた自分のこれまでをあらためて考え直す良い機会になりました。

    おそらく「親だから(子供に)してくれて当たり前」と感謝の気持ちを持たずに暮らしていた部分が大きかったと思います。
    自分は結婚せず、子供もおりませんが、ここまでこうして無事に生きてこられたのも、親、特に母親のしっかりしたサポートがあってからこそだと感じました。

    食べ物の好き嫌いもなく、大きな病気もせずに生活できていることを、丈夫な体に育ててくれたことを感謝するとともに、今では逆に子供としてなるべく出来る限りのことをしてあげたいという気持ちがよりいっそう強くなりました。

    「~してくれなかった」ではなく「~してもらった」と考えることが大事など、いろいろ勉強になりました。機会があれば、また次回も参加したいと思います。


    ◎S・Sさん 50代女性 西日本

    両親のこと、いろいろ思えて良かったです。感謝したなら、ちゃんと「ありがとう」を言える人になりた
    いと思います。

    若い人たちがいっぱい参加したらよいと思います。


    ◎T・Yさん 40代男性 西日本

    内側を見つめることによって、忘れていた感謝すべきことがたくさん思い出されてきて、私自身は幸せだと感じなかった18歳頃までの時期は、実は母だけでなく、父、兄、二人の姉に随分守られ、愛されていたのだと思うことができ、それだけでも心が軽くなり、感謝の念があふれて感無量でした。


    ◎K・Sさん 30代男性 西日本

    「していただいたこと」には、命に関わることや、現在の自分の思考やあり方を形成していることが多くありました。

    今の年齢になり、親孝行という行為を意識してはいましたが、幼い頃のご恩は、これから何十年かけてもお返しできることではなく、両親は一切の利益を考えずに愛情を注いでくださり、とても親孝行という行為だけではお返しできないことに気づけました。

    現在も両親は健在ですが、昔から変わらず、いつも体のことを気遣ってくださっています。
    いつも当たり前のように聞き流していましたが、内観をきっかけに、いつもの言葉が深い愛情から発せられていることを考えさせられました。

    早く親元を離れたいという思いで、親元を離れ、進学・就職をし、忙しさや環境の変化により、両親のことを思い浮かべない日々が続きました。

    しかし、私が両親を忘れている時も、両親は私の身を常に案じていたことを思い起こしました。
    進学に関わる多感な学生時代に、目で見えないくらい多くの支援をしていただいたにもかかわらず、両親に対し反抗的な態度をとってしまった事が悔やまれます。

    内観によって、愛されていたことを感じ、今まで両親に「もっと認めてほしい」と求めていた間違った思いを知りました。

    すでに認められ、愛されていて、生まれたときから今に至るまでずっと変わらずに愛情を受けていることを感じることができました。
    愛情は生まれたときからずっと受けていて、ただそれを感じることができず求めていました。

    両親の体力も低下しているため、早いうちに親孝行をし、一生を通して周りの方々に喜ばれる行為をし、両親からいただいた愛情の恩返しをします。


    ◎Eさん 30代男性 東日本

    「1日内観」を想像すると、そんなに長い時間、部屋に入っていられるのか、とても不安でした。
    しかし、始まってしまうと、想像とは全く違う心の状態を体験しました。

    過去の出来事をじっくりと眺められる心の状態でした。

    普段の生活でこのように過去をじっくり冷静に眺める機会を作るのは、容易ではないと思いました。
    また参加したいです。


    ◎I・Nさん 30代男性 東日本 一般(アレフ体験者)

    初めて1日内観をしました。今回は母に対して行いました。

    幼稚園の頃で、してあげたことが出てこないのは仕方ないにしても、それ以降も大してしてあげたことは思い出せませんでした。
    育てる方は多くの苦労をしているはずだけど、受け取る側は忘れてしまっているというのは、愕然とするところです。

    せめて、これからは何かしてあげられる機会があれば、お返しをして、過去の苦労や私の無理解などに対して報いたいと思います。


    ◎H・Gさん 40代男性 東日本

    過去から現在へとさかのぼるやり方が、即現実の人間関係の改善につながっていくと感じました。

    今後、家族の中でのわだかまりを「していただいた、迷惑をかけた」などの、今まで気づけなかったたくさんの善意と慈愛を再認識することで、なくしていければよいと思います。特に家族が存命なら、なおのこと。

  • 2012年10月~2014年2月 内観参加者の感想

     2012年10月~2014年2月にかけて、以下の日程で、ひかりの輪外部監査委員である内観の世界的権威の大学教授の方のご指導により、自己反省法「内観」のご指導が行われました。

     参加者のご感想をご紹介します。

    ●開催された日程

    〈2012年〉
    ・10月14日(日) 東京本部教室
    〈2013年〉
    ・1月13日(日)~14日(月) 仙台支部教室
    ・2月16日(土)~17日(日) 福岡支部教室
    ・4月 7日(日) 名古屋支部教室
    ・4月14日(日) 大阪支部教室
    ・6月16日(日) 長野連絡所
    ・6月23日(日) 千葉支部教室
    ・10月6日(日) 大阪支部教室
    ・10月20日(日) 東京本部教室
    ・11月30日(土)~12月1日(日) 福岡支部教室
    ・12月8日(日) 千葉支部教室
    〈2014年〉
    ・1月25日(土)~26日(日) 仙台支部教室
    ・2月9日(日) 名古屋支部教室
    ・2月16日(日) 東京本部教室

    ●参加者の感想文は以下のページをご覧下さい

    ・ひかりの輪外部監査委員会サイト「2012年10月~2014年2月 内観指導の感想報告(東京・大阪・名古屋・福岡・仙台・千葉・長野)」

  • 2012年6~7月 内観参加者の感想

       2012年6月~7月にかけて、以下の日程で、ひかりの輪外部監査委員である内観の世界的権威の大学教授の方のご指導により、自己反省法「内観」のご指導が行われました。
       受講者のご感想をご紹介します。

    ◎開催された日程

    ・6月17日(日) 大阪支部教室
    ・7月 1日(日) 名古屋支部教室
    ・7月 7日(土) 長野連絡所
    ・7月 9日(月)  東京本部教室
    ・7月22日(日)~24日(火) 福岡支部教室



    ◆1 ひかりの輪スタッフ


    ◎上祐史浩 40代男性 (ひかりの輪代表)

    思い出す前と比較すると、自分の家庭が明るく感じられるようになった。
    問題はあったが、それを最小限にとどめ、経済的な支えを提供し続けた父母の努力を認識する一方で、父母の労苦を察することなく大学院まで依存し続け、その直後出家し、親を離れた自分を認識した。
    育てる、扶養する責任を背負った大人と、そうでない子供の違いは大きい。
    今後は、その恩返しの責任を負うのが道。


    ◎水野愛子 50代女性 (ひかりの輪副代表)

    父に対しての自分を調べました。していただいたことが多く、お返ししたことが余りにも少なかったことに改めて気づきました。
    父については感情的に心に残るできごとが多かったのですが、それらは内観の見方からしたらスルーしてしまうことばかりで、内観の3つの身調べが、客観的に(私情は関係なく)とらえることで、他人に支えられてきた自分が浮き彫りになるのがよくわかりました。
    両親が私を育てる際にいくらくらいかけてきたかを紙に書いてみましたが、22才までで、1500万円以上になりました。金額もさることながら、食事の世話ひとつとっても、食べ物として口に運ぶまでの、多大な労力と私に対する愛情など、両親から受けた恩恵は計り知れません。
    両親のみならず、自分が周りから支えられて、今の自分があることと、当たり前のことととらえがちなことにも、感謝の気持ちを忘れないで生きていきたいと思いました。お世話下さった先生に感謝致します。ありがとうございました。
    できれば一度は一週間かけてじっくりと内観ができたらよいと思いました。


    ◎細川美香 40代女性 (ひかりの輪副代表)

    内観をやり始めたころは、集中しづらかったが、徐々に集中することができた。
    前回、母について行いましたが、今回再度行ってみて、まだ内観しきれていない部分があることがわかり、その部分の理解が深まり良かった。
    母についての引っかかりについて、手紙を書いたことで気持ちの整理がつきよかったです。
    この作業は父についても必要だと思っていますので、機会があればやりたいと思います。
    やはり、人は多くの人に支えられながら生きている、生かされていることがわかりますが、普段の生活の中で、そのような意識を持つことの難しさと同時に感謝の気持ちを持つことの重要性を改めて感じました。
    なかなか謙虚になることは難しく、油断をするとすぐに傲慢になる自分に気がつきました。
    日々の中で、万物恩恵・万物感謝を心がけて行きたい。1日を使ってこのような時間を持つことができたことに感謝です。


    ◎田渕智子 50代女性 (ひかりの輪千葉支部長)

    以前1度やったことがあり、今回は比較的なれていたのですが、小さい頃のことはなかなか思い出せませんでした。
    あらためて両親にしていただいたことのありがたさ、育てていただいたことの大変さがわかりました。自分は子育てをしていないので、その大変さがわからないのですが、なかなか大変なことだと思いました。
    親孝行をあまりしていないので、してあげたいと思いました。
    オウムに入って事件等でいろいろ迷惑をかけてきたので、申し訳ないと思います。最近は、たまに電話で話して安否を気づかっています。


    ◎田実恵理子 40代女性 (ひかりの輪大阪支部長)

    高校生までは、親への依存が強かったため、「していただいたこと」「してさしあげたこと」「迷惑かけたこと」を6:1:3位の割合で少しは思い出せたが、20代以降の自分は、自分が苦しい時、次に余裕がある時は母のことを思い出すが、自分が楽しい時、何かに夢中になっている時、母のことを全く視界にも置いていなかった事に気づきました。(それは、顕著にわかりました)
    私は自分のことに夢中で、都合の良い時だけ母に感謝をしていた。母は、いつも私が帰る場所、立ち寄れる存在としていてくださいました。
    母は自転車に乗れなかったので、重い買い物を遠くまで歩いていってくれたことなど、細かい、しかし大変であっただろうことを、いくつか思い出しました。
    自分がどのような時どのような場面で、母に何をしていたか、していただいたことにどう感じていたかなどは、今の自分の思考や人への見方、人との距離の取り方などに反映されていると思いました。
    内観は本当に、万物恩恵・万物感謝の土台となるものだと思いました。


    ◎山口雅彦 50代男性 (ひかりの輪名古屋支部長)

    あらたに父母に対する見方が変わったということはないのだが、相当にインパクトがあった。
    主に、母に対して、産んでくれたこと、育ててくれたことへの感謝が強く出て、オウムの失敗を反省し、償うことが母に報いることだと思った。
    19の時、母は亡くなったが、その母に手紙を書き、また母からの返事を書くといった作業によって、母の死をしっかりと納められたように感じる。しばらく涙と鼻水でたいへんでした。
    父とは、オウムのことの和解ができていないので、それをしないといけない、安心させないといけないと、新たに強く思った。
    やることは単純なことだが、効果は高いと思った。
    面接者の控え目な対応が、重要なのだと思った。
    これは素晴らしいものだと思う。


    ◎斎藤友希 40代女性 (ひかりの輪長野連絡所長)

    自分が守られた中で生きていたにもかかわらず、自分だけの力で生きているかのような、自分勝手な気持ちでいたことがよくわかりました。
    父からは、とても大きな大切なことを教えてもらっていたのだということに気づき、心の支えが得られた気がします。


    ◎宗形真紀子 40代女性 (ひかりの輪監事)

    3回目の内観でした。2009年に2回内観を行い、今回2年半ぶりでした。
    前回2回の内観で、気づかせていただいた、たくさんの恩恵について(母について)、その後自分なりに、できる恩返しの実践をさせていただいていましたが、今回、もう一度内観することで、その恩恵の大きさに改めて気付かされました。
    母あっての自分であり、オウムを抜け出すことができたのも、母の優しさ、愛のおかげが、とても大きかった、多くを言わずとも、母から感じた、いただいたものが、私を正気に戻してくれたと思いました。
    普段は、仕事の忙しさから、ここまで長時間内観を行うことがないので、改めて貴重な機会でした。
    前回の内観の後、直接、母と接する機会がふえ、長年の時を埋めつつあるので、母の様子などについて、思い出しやすくなっていると思いました。
    たくさんの、日々出会う人や、接する人について、内観をできる限り行っていきたいと思います。(日常内観)。また、恩返しの具体的実践をふやしていきます。
    長野にて、静かな環境で内観でき、とてもありがたかったです。
    (先生には)遠路お越しいただき、本当にどうもありがとうございました。
    できるだけ多くの、ひかりの輪会員や、縁ある人に受けていただきたいと思います。
    心のゆがみ、傷のある人がとても多いので(現代人一般)大きな人生の宝になると思います。


    ◎吉田恵子 50代女性 (ひかりの輪福岡支部長)

    前回の内観に比べ随分と親に対しての壁がとれていて、素直に申し訳ないという気持ちで一杯です。
    最高の親孝行したつもりが、人生最大の親不孝してしまったと思っています。
    してもらったことの連続で、して返したことが本当に少ない人生でした。また、どれだけの辛い思いや悲しみを与えてしまったことかと思います。
    これからの残り人生、精一杯、親に対してもやれることをして、つぐなっていきたいと思っています。
    内観をやる度に、心をみつめ直すことができ、反省が深まります。こういう機会を与えて下さったことに感謝いたします。
    ぜひまた、こういう機会を与えていただければと思います。又、よろしくお願い致します。


    ◎40代女性 西日本 専従会員

    いろいろと思い出したのですが、いざ言葉に出そうとすると忘れて、すぐ思い出したというものが多かったです。
    「してあげたこと」は、ほとんどなく、あったにしても、純粋に母のためと思ったことはさらに少ないように思います。「してもらった」ことは多々あり、事実は事実としてとらえても、場面、背景や状況なども思い出すと、「してもらった」としても多分、このような周りの状況もあって...と、裏読みしている自分も出てきました。
    ただ、3つの場面を思い出せば思い出す程、自分の心の中に固い蓋があり、気持ちが出てくるとあえて、何か否定する自分がいることもわかりました。
    心がひねてる部分があるということもわかりました。
    事実だけを思い出すと、必ず分析を始める自分がいる。これが感謝を遠ざけてるなというのも気づきました。
    ただ、それとは別にわからない感情のままに涙が止まりませんでした。
    多分、「してあげたこと、迷惑をかけたこと、してもらったこと」の事実はとらえたとして、やはり何故、この時にこの感情で物事をとらえたのかという思いが生じます。
    何故、自分は、このような思考に至るのかという、もともとの原因を知りたいと思うので、その解決についてはどのようにすれば良いのか、指導が欲しくなります。


    ◎T・M 60代女性 西日本

    赤ちゃんは一人では絶対に大きくなれないことは分かっていました。しかし、現実には、両親への感謝がなくて、一人で大きくなったような、愛情に欠けた私でした。
    私が元気に育つように、偏食する私にとても気を遣ってくれたこと。素直に育つことを喜んでくれた母を見て、頑張ろうと子供心に思っていました。
    母が死ぬまでに感謝の言葉「今まで育ててくれてアリガトウ」が言えていたらどんなに喜んでくれただろうと、今日、思いました。今頃それに気づいて泣けて泣けて仕方ありませんでした。心から感謝の気持ちが出て来た時、低体温の私が、熱くなりました。
    何でずっと熱いのだろうと思ったら、体温が上昇していたのです。父親と小学校低学年の頃から気持ちが通じなくて、淋しい目にあわせていたことに気づきました。ありのままにものごとを見つめることが大切だということを、今日、先生から教えて頂き、これから頑張ります。


    ◎K・D 40代男性 東日本

    かなり気持ちがうすらいでいる当時の単なる「景色」ととらえていたことや、当たり前ととらえていたことが、実は両親の血と汗によってなされていることに気がついた。
    風呂に入る前に脱ぎ捨てた衣服が、数日後にタンスの中にきれいになって収められている。
    朝起きると、食事ができている。
    散らかしたはずのものが片付けられている。
    こういったことが、今回の内観により思い出されたが、この時点では感謝の気持ちは生じないが、これを私の見えない所で、母親が毎日寒い日も疲れた日もコツコツとやっていたことに思いをはせると、感謝の気持ちが生じた。
    事実の羅列と共に、それを裏で実現化している姿を想像することが必要に感じた。
    なにげなく46才になったが、これまでをもっと詳細に振り返り、感謝する必要を感じた。


    ◎K・S 80代女性 東日本

    1日部屋に入っての内観はできるか、とても心配しましたが、椅子を用意して下さったので何とか先生の誘導により何とか最後まで達成することができました。感謝しております。どうもありがとうございました。


    ◎K・Y 40代女性 東日本

    普段はなかなか集中して考えられない、両親に対する恩というものをあらためて感じました。そして、それに対してほとんど恩返しができないどころか、苦しめてしまったことの多い自分を反省することが、少しですができました。
    1日という短い時間でしたが、手応えを感じることができました。でも、まだまだ感謝の念が、自分は浅いということもわかりましたので、日々、感謝の瞑想をしていきたいと思います。
    それによって、心も豊かに、幸福になってゆけると感じました。
    また、父はもう他界しましたが、母に対して、具体的に恩返しをしてゆきたいと思う気持ちが強まりました。
    また、自分が母にとってどんな娘だったかを考えることによって、自分の性格の問題点や欠点を、冷静に発見でき、それを直してゆきたいとも思いました。本当に、今回はお世話になりました。ありがとうございました。
    参加する前は集中できるかどうか不安だったのですが、面接に来ていただけるので集中することができました。ありがとうございました。
    できれば、また参加させていただきたいです。
    少しでも長い時間、集中して内観する機会があれば、ありがたいです。


    ◆2 ひかりの輪会員


    ◎S・Kさん 60代男性 西日本

    内観は初めてではなかったが、半日以上もの間、自分だけ見つめるということは初めてであった。
    もともと、自分のこども、とくに幼少の頃については明確ではなく、記憶が少ないことは気にしていることだった。
    今回もやはり、とくに小学校に入る以前は、まったくといっていいほどなく、現実には、不明確なままだった。
    それでも、時間とともに、かなり明確に、今までで思いもつかなかった場面があらわれたのは、今回の内観があったが故と思っている。
    また機会をつくって、もう少し長くやってみたい。


    ◎N・Hさん 40代男性 西日本

    内観しなければ、一生思い出すこともなかったであろう事柄の数々を思い出すことができました。
    今回、母親を通じて自分の人生を振り返ってきましたが、改めて、色々な人々に支えられながら「生かされて」きたのだということを実感できました。
    有難うございます。


    ◎40代男性 西日本

    母について、いかにしてもらったことが多く、してあげたことが少なかったか振り返ることができました。
    一日一日、その日にしてもらったこと、してあげたこと、迷惑かけたことを、3分でも、その日に内観できたら感謝の気持ちが生じたことでしょう。
    人生、これまで何があったか思い出すことの大切さを知りました。
    この気持ちが他の人にも伝わればいいと思いました。


    ◎T・Jさん 20代男性 西日本

    以前に自分は東京のセミナーの時に何日間か内観をさせていただいたのですが、その時とくらべたら今回の一日内観ではいろいろな事が思い出せてよかったです。
    前回の時は昔を思い出そうとしても、罪悪感が強すぎて思い出したくなかったり、睡魔に負けてしまい眠ってしまったりしましたが、今回はもう少し踏み込んで思い出せました。死んでしまった祖母に対してはすごく申し訳ない気持ちでいっぱいですが、先生から、「手紙を書いて、お墓にお供えしたらいい」とアドバイスを頂いたので、書こうと思います。まだ生きている方に対しては、できるだけ速やかに今の気持ちを伝えられたらいいと思うので頑張ります。
    本日はお忙しい中、貴重な機会を提供していただき、どうも有難うございました。


    ◎O・Tさん 50代女性 西日本

    母の幼少~高校までを思い出しましたが、普段思いおこす事がほとんどないので、色々思い出し、してもらった事など考えるのはとても楽しかったです。母はずっと働いていて、帰りもおそく、小学5年までずっと「かぎっこ」で割とお金だけはらってもらって「ほうりっぱなし」ではなかったかと思っていましたが、その頃のやさしい顔が思い出され、内観によってたいへん愛されていた事に気づきました。
    また、本当に「光陰矢の如し」と実感しました。思い出した母の姿と、今77歳の母をくらべて、親の生きているうちにもっと喜んでもらう事をしなければいけないと思いました。親が生きている時にこんな機会があり、よかったです。
    短時間で申しわけなかったですが、たいへん有意義だったと思います。ありがとうございました。


    ◎K・Tさん 50代男性 東日本

    初めて「内観」を体験しましたが、自分の内側を見るのは容易ではなくて苦労しました。
    母に対する自分を、幼少期から内観して、いかに自分が「していただいたこと」に気づかず、あたり前のように生きて来たかに気付きました。「一日内観」では、やはり時間が短く、また初めてで慣れていないため、これを機会に内を見る時間を作りたいと思いました。


    ◎T・Kさん 40代男性 東日本

    本日はありがとうございました。
    10時間以上の内観を行い、心身共に疲れましたが、貴重な体験をすることが出来ました。
    まず私は両親に対する批判心が強く、成人してからもそれを乗り越えることが出来ずに悩むことが多かったのです。
    暴力的な父親を「熱い虐待」、自分の息子に対して無関心(と私が感じている)な母親を「冷たい虐待」と呼び、今も苦手意識を持ち、彼等からしてもらったこと、してあげたこと、迷惑をかけたことなどを幼少期から現在まで順序立てて思い返してみるなどということはしたことがなかったし、しようとも思わなかったのです。
    しかし、本日内観を行ってみると、冷たいと思っていた母親からも実に多くのことをしてもらっていたことがよくわかりました。
    親として出来て当たり前と思われていることには多くの人がいちいち感謝をしていないと思いますが、それだけでも大変な苦労を私のためにしてくれていたことがわかりました。
    また、他にも忘れていた様々なしてもらったことを思い出すことが出来ました。
    それに比べると、してあげたことや迷惑をかけたことは、なかなか思い出すのに苦労しました。もしかしたら、してもらってばかりだったのかも知れませんが、これからも内観を深めて思い出していこうと思います。
    父親に対してはまだまだ心に深いわだかまりがありどうしても感情的になってしまって、してもらったという純然たる事実だけを思い出すのに苦労しましたが、先生の適切なお導きにより、後半は事実としての、してもらったこと、してあげたこと、迷惑をかけたことを多少は思い出すことが出来ました。
    今後も空いた時間を有効活用し、内観を深めて行きたいと思います。
    本日はありがとうございました。


    ◎Oさん 30代男性 西日本

    しばらく前からあった父とのあつれきに対して、この内観を行ったことで、完全ではないものの、少しずつほぐれていく感じになり良かったです。


    ◎Mさん 50代男性 西日本

    小さい頃、母がおさない兄弟を連れ、車のない時代、毎日、病院へ連れて行ったことを思い出して、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
    まだまだ自分はごう慢であり、感謝の気持ちが足りないということに気がつかされました。
    ふだんこのような時間は、なかなかとれず、貴重な一日を過ごさせて頂きました。
    今後、父に対しての内観を行ってみたいと思います。
    ありがとうございました。


    ◎Oさん 40代男性 西日本

    幼少期の母に対しては、おぼろげで夢のようでもありましたが、少しずつ現実の出来事としてじわじわと今の母と自分をつくってきた歴史をふり返る長い旅であり、今後の親孝行を考える力となりました。
    亡き父については、闘病の苦しみの姿など思い出さないようにしていたので、ふだんできないことも意識的に想起しましたが、苦しみや悲しさでなく、それぞれの時期の父の慈愛を感じて、安らかな感謝にいたることが出来たように思います。
    両親について、区切りよく内観となり、お盆の帰省、墓参りに自分を再生させたい。
    先々、機会をみつけて、一週間とか長期の内観に参加してみたいです。


    ◎Yさん 40代男性 西日本

    両親が今まで私に対して、いかに多くのことを与えてくれていたか気づきました。色々な事があったけど今の自分を受け入れて愛情をそそいでくれている両親には本当に感謝したいと思います。
    自分はしてもらうばかりで、両親に対して、してあげたことはほとんどありませんでした。これからは、もっと両親ともコミュニケーションをとって、感謝の気持ちを伝えていけるようにしたいと思います。


    ◆一般参加者


    ◎Fさん 40代男性 西日本

    今日の内観がなければ、自分のことを反省する事はなかったと思います。参加して良かったです。


    ◎Tさん 60代男性〔オウム体験あり〕 西日本

    1度7日間の内観の経験がある為、今日のテーマである母親に関する自分の過去を数十年も前から調べる事は、大変な作業だと思っていました。約30~45分間で、数年単位あるいは、10年単位の自分調べは、大変かけ足になり、面談していただいた後も、記憶の逆戻りが止まらず、しばらく前のテーマを引きずっていました。
    しかし終わり頃になると、このかけ足にも慣れ、つまみ食い的ではあるが、記憶の奥にある、日頃思わない事までが出てきました。
    また、このように内観を始めていくと、日頃何か事ある毎に、母親の事、父親の事について、自分の係わりをちょくちょく内省している事に気付きました。
    短い時間でしたが、とってもぜいたくな、貴重な時間を与えていただいた事に感謝します。
    なかなか、今日の様な時間は作れませんが、是非何度も今日の様なチャンスを与えていただけるとうれしく思います。


    ◎Nさん 50代男性〔オウム体験あり〕 西日本

    祖母について内観いたしましたが、成人する頃までの家での「食事の記憶」が、父と共働きだった母親ではなく、全て祖母の手料理であることに気付き、少しおどろきました。母親を内観すれば、ちゃんと母親の味も思い出すでしょうけど。
    優しく、孫である私を可愛いがってくれて、両親からかばってくれたおばあちゃんに感謝の気持ちと、「また会いたい」という思いがあふれてきて、心が温かくなりました。
    短時間で残念ですが、参加できて良かったです。
    ありがとうございました。

  • 2012年4~5月「内観セミナー」(仙台・千葉・東京)レポート

       先日、「ひかりの輪『内観セミナー』開催のお知らせでお知らせしましたように、本日までにひかりの輪では、2012年4月22~23日に仙台支部教室、5月13日に千葉支部教室、5月20日に東京本部教室で、それぞれ内観セミナーを実施しました。

       ひかりの輪の外部監査委員をお務めになっている大学教授の内観の先生が、外部監査委員の権限に基づき、ひかりの輪会員への精神的指導の一環として、全国各施設をまわって丁寧にご指導をして下さっています。

       内観では、両親をはじめとする多くの人から①してもらったこと②して返してあげたこと③迷惑をかけたことの3つについて、自分が生まれた時から現在に至るまで、時期を区切って丹念に思い出していく作業をします。そして、一定時間ごとに、内観の先生が参加者一人一人に丁寧な作法で面接に訪れ、内観のサポートを行ってくださいます。

      内観中は内観に集中専念できるように、特製の屏風の中に入ります。他の人との会話はもちろん、電話、メール、テレビ、読書等を一切シャットして、静かな環境で、ひたすら自己の内側に意識を向け、内観を深めることができます。

       以下は、それぞれ、仙台、東京の各本支部教室で、内観用の屏風を設けた模様です。この中に参加者一人一人が入って内観します。

    中に入ってみると、内省に集中できる、なかなか快適な空間です。

    仙台支部教室

     

    東京本部教室

       今回参加された皆さんは、大変有意義な体験をされていました。以下に、参加者の感想をご紹介いたします。

内観の資料

  • 《改訂版》2009年GWセミナー特別教本『内観と仏教の自己内省法 ほか』

     ●タイトル

    《改訂版》2009年GWセミナー特別教本
    『内観と仏教の自己内省法  唯識思想と縁起の法  輪と循環の思想』

    ●内容

    教本の中の第一章の部分に、内観に関する内容が掲載されています。

    1 ひかりの輪の内観:仏教と融合した新しい内観実践の思想

    (1) 仏教と内観の一致点・・ 3
    (2) 内観と親子関係の問題・・ 7

    ◎ご購入はネットショップよりどうぞ

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