聖地めぐり
ひかりの輪で行っている日本の聖地めぐりのご案内です。

2012年

古代日本の創世神話、諸宗教を融和させる日本精神(国魂〔くにたま〕)を探る旅(2012年11月10~11日 聖地巡礼のご案内)

ひかりの輪では、2012年11月10日~11日、「古代日本の創世神話、諸宗教を融和させる日本精神(国魂)を探る旅」をテーマに、以下の通り、淡路島(兵庫県)、剣山(徳島県)、天橋立(京都府)などを巡礼します。

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●巡礼地のご紹介
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1,淡路島・伊弉諾〔いざなぎ〕神宮(兵庫県)

日本神話によれば、日本列島は、イザナギとイザナミという兄妹神によって生み出されました。
その中でも、一番初めに生み出されたのが、淡路島とされています。
つまり日本は、淡路島からスタートしたとされているのです。

【写真中央が淡路島】

そして、イザナギは、他のすべての日本国土や多数の神々(天照大神など)を生み終わった後、この淡路島の地に籠もったといわれます。
その地に作られ、日本最古の神社の一つともいわれるのが伊弉諾神宮です。今回は、この伊弉諾神宮に参拝します。

【伊弉諾神宮の入口】

【伊弉諾神宮の拝殿】

【伊弉諾神宮と他の神社との相関関係図】

【伊弉諾神宮内の庭園】


2,霊山寺〔りょうぜんじ〕(徳島県)

日本神話によれば、淡路島の次に生み出されたのが、四国とされています。
その四国の中でも、特に阿波(あわ)=徳島県が重要だとされています。
というのも、一説によれば、そもそも淡路島(あわじしま)とは、「阿波(あわ=徳島県)への路(じ)の島」という意味であるとも推測されることから、「淡路島を経由して四国・徳島へ行く」という意味において、両者には密接な関連があると考えられています。

そうして淡路島を経て四国・徳島県に上陸し、今回最初に巡礼するのが、四国八十八箇所霊場の第一番札所である霊山寺です。

【霊山寺の入口】

四国八十八箇所霊場とは、四国出身で、四国で修行を重ねた弘法大師のゆかりの寺の総称です。
第一番札所から八十八番札所まであり、四国全域を一周して巡拝できるようになっています。その概念は江戸時代に成立し、以来、日本中から修行僧、信仰者、病気治しをしたい人など多くの人々が巡拝に訪れています。
霊場の巡拝者を俗に「お遍路さん」といいますが、そのお遍路さんが最初に訪れるのが、この霊山寺なのです。

【霊山寺の本堂】

霊山寺の由来は、同寺の説明(公式サイト)によれば、以下の通りです。

「聖武天皇(在位724~49)の勅願により行基菩薩が開創された。弘仁6年(815)、弘法大師が四国の東北から右廻りに巡教された際、この地で衆生の88の煩悩を浄化し、また衆生と自らの厄難を攘はらって、心身の救済ができる霊場を開こうと37日間の修法をされた。その時、仏法を説く一老師をたくさんの僧侶が取り囲み、熱心に耳を傾けている霊感を得た。大師は、その光景が天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法をしていた情景と似ていると感じとり、インドの霊山を和国(日本)に移す意味で『竺和山・霊山寺』と名づけられた。
このときの念持仏が釈迦誕生仏像であり、本尊の前に納められたことから四国八十八ヶ所の第一番札所とさだめ、霊場の開設・成就を祈願されたと伝えられる。」

【弘法大師をおまつりする大師堂】

なお、八十八箇所の第一番が、淡路島から四国に上陸して一番近い場所にあることからも、古来、四国に至るルートは淡路島経由が一般的であったことがわかります。つまり、淡路島は名実ともに、「阿波への路の島」だったといえるのです。


3,剣山〔つるぎさん〕(徳島県)

その阿波=徳島県の最高峰であるとともに、西日本で第二の高峰でもあるのが、剣山(1955m)です。

【剣山(徳島県観光情報サイトより)】

剣山は、古来、修験道の聖地として知られてきましたが、明治時代までは、一般人の立入が禁止されてきた秘境でもあります。現在はリフトや登山道が整備され、比較的に容易に山頂に至ることができます。

【剣山登山リフト】

【頂上への登山道】

そして何より、剣山において注目されてきたのが、「失われたアーク」伝説です。
旧約聖書によれば、「失われたアーク」とは、ユダヤの神・ヤハウェがユダヤ人の指導者モーセに対して与えた十戒石(神が定めた十戒を神が刻んだ石)を納めた箱(「契約の箱」という)のことで、ヤハウェの命令で作られたものです。紀元前にはソロモン神殿に大切に納められたユダヤ人の至宝でしたが、ユダヤ人の四散とともに、歴史上から姿を消し、行方不明になってしまったのです。
ユダヤ人にとっては、神との契約の証となる最重要の宝物ですから、2000年以上の長きにわたって世界中で探し続けられてきました。
それが、この剣山に隠されていることを示唆する様々な逸話や遺跡が、剣山とその周辺に多々残されているのです。迫害を逃れたユダヤ人が「契約の箱」を携えて、遠路はるばる日本に来訪し、天に一番近いように見えた西日本第二の高峰である剣山の頂上に隠したのではないかといわれているのです。

【山頂にある剣山本宮】

【山頂付近の光景】

【山頂の標識】

現に、剣山では、「契約の箱」に似た形の御神輿を皆で山頂に担ぎ上げるという不思議なお祭りが、今でも毎年、7月17日に行われています。
なお、7月17日とは、ヤハウェの命令で方舟を造って避難したノアの一族が、新天地に漂着した、新しい時代の始まりを象徴する日であり、同じくユダヤの色濃い京都の祇園祭の祭礼日でもあります。

【山頂に御神輿を担ぎ上げるお祭り(徳島県観光情報サイトより)】

また、国を生んだとされる神・イザナギは、実は、ユダヤの預言者・イザヤを語源としているという一説もあります(ヘブライ語では、「イザヤ・ナギァド」で「指導者イザヤ」となるという)。

これらのことから、日本神話で、イザナギが淡路島を最初に生んで、その次に四国(特に阿波)を生んだとされているのは、ユダヤ人の指導者イザヤが、まず淡路島に漂着し、それから阿波(徳島)に渡って剣山に「契約の箱」を隠したことを示唆しているのではないかともいわれています。


4,栗枝渡〔くりしど〕神社(徳島県)

剣山の次に巡礼するのが、同じく徳島県の秘境ともいえる山中に、ひっそりとたたずむ栗枝渡神社です。
栗枝渡神社は通常の神社ならあるはずの鳥居がなかったり、天皇家の紋章である十六菊紋が刻まれていたりと、興味深い点がありますが、何より異色なのは、その名前です。

【栗枝渡神社の入口(鳥居がない)】

【栗枝渡神社の拝殿】

栗枝渡神社は、もともと栗須戸(くりすと)神社という名称だったのですが、クリストとは、ギリシャ語で「救世主」の意味であり、イエス・キリストとの関係がうかがわれます。

【栗枝渡神社の説明板(「栗枝渡」の文字が見える)】

ユダヤの信仰をうかがわせる剣山と、同じくユダヤ人の救世主たるキリストを連想させる栗枝渡神社には、相互に深い関係があると考えられ、現に過去には「剣山参拝者は栗枝渡神社を参拝しなければ意味がない」といわれ、白衣の行者による長蛇の列が続いていたそうです。
神社近くの現地の住民の方から直接聞いた話でも、昔は、剣山参拝者は必ず栗枝渡神社を参拝して帰っていったということです。
このように、栗枝渡神社にも古代ユダヤの信仰の痕跡が秘されているように思われます。

なお、弘法大師・空海は、この剣山一帯に眠るユダヤの秘密を隠す(結界をはる)ために、八十八箇所霊場の寺院を開基したという興味深い説を唱える研究者もいますが、この点については今後の研究を待ちたいと思います。


5,天橋立〔あまのはしだて〕(京都府)

前記の通り、神話では日本最初とされる国土・淡路島は、イザナギとイザナミの神によって生み出されたとされていますが、京都の日本海側に位置する天橋立も、イザナギ伝説に彩られています。
天橋立は、日本三景の一つとして知られている名勝であり、伝説では、イザナギが天に渡るための橋を架けたところ、倒れてしまって今の姿になったといわれています。

【天橋立】

今回の巡礼では、この美しい松林の海上回廊ともいえる天橋立を、南から北まで歩いて渡っていきます(天橋立の途中にある天橋立神社にもあわせて参拝します)。

【松林の海上の道が続く】

【天橋立東岸の砂浜】


6,籠〔この〕神社・真名井〔まない〕神社(京都府)

天橋立伝説にイザナギが登場することから明らかなように、この地域--丹後地方も、日本の創世と深い関わりがあると見られています。
現に、この地方のことを別名で元伊勢(もといせ)といいますが、日本人の心の故郷ともいわれる伊勢神宮のある伊勢の「元」は、まさにここにあったのであり、日本の根源に関わる極めて重要な地方であったことがわかります。
そして、その根源に、またユダヤの神の存在がうかがわれるのです。
それは、今回、天橋立を北へ歩いて渡った後で参拝する籠神社と真名井神社のご祭神から、うかがい知ることができます。

【籠神社の入口】

【籠神社の拝殿】

ご祭神である豊受大神は、現在は伊勢神宮の外宮にお祀りされていますが、元伊勢の名にもあらわれているように、大変古い時代から、もとはこの神社でお祀りされていました。
この豊受大神こそ、実はユダヤから渡来した神だという説が、研究者や神社関係者の間でささやかれ続けてきたのです。

【真名井神社の入口】

【真名井神社の拝殿】

実際、この丹後地方は、古代においては大陸の玄関口であり、国際色豊かな地域でした。南洋方面からでも海流に乗って対馬海流に沿えば、ちょうどこの地方に漂着しうることから、古代ユダヤ人もこのルートでこの地に漂着した可能性が指摘されています。


7,智恩寺〔ちおんじ〕(京都府)

天橋立を挟んで籠神社の反対側(南側)に位置しているのが、智恩寺です。寺伝によれば、808年(大同3年)に、平城天皇の勅願寺として創建された、現在は臨済宗の寺院です。
ご本尊は文殊菩薩で(秘仏)、「日本三文殊」の一つとされる文殊菩薩の霊場です。智恵を授けてくださる文殊さんとして、受験生などが多く参拝に訪れるといいます。

【智恩寺の入口】

【文殊堂】

境内には、「輪」を3回くぐれば文殊様の智恵を授かるという「智恵の輪灯籠」があります。
天橋立を歩く際に、あわせて参拝させていただきます。


8,成相寺〔なりあいじ〕(京都府)

天橋立を北から見下ろす山腹に位置するのが、707年(慶雲元年)に真応上人によって開基されたという成相寺です。西国三十三箇所第28番札所で、真言宗の単立寺院。古くから修験道の修行者が修行してきました。

【成相寺の本堂】

【五重塔】

ご本尊は、聖観世音菩薩で、33年に1度だけ開扉される秘仏です。
天橋立を渡り、籠神社などを参拝した後で、参拝させていただきます。


9,パノラマ展望台(京都府)

成相寺の本堂から1キロ登った山上に位置するパノラマ展望台からは、天橋立の全景はもちろん、天候が良ければ、はるか能登半島や北アルプスの白山まで見渡すことができます。
また、丹後地方に最初に「元初の神」が天降ったとされる最重要の聖地・雄島(冠島)と雌島(沓島)も、若狭湾上に見ることができます。

【パノラマ展望台からの景観】

この巡礼の最後に、神秘の伝説が伝わる丹後地方一帯を見渡し、元初の神に思いを馳せ、祈りを捧げたいと思います。

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●諸宗教・諸民族を融和させる日本の精神(国魂〔くにたま〕)を探る旅
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ひかりの輪で度々巡礼してきた諏訪大社(長野県)にも、ユダヤの祭儀と思われる祭儀が今でも継承されている通り、神道の中にはユダヤ教との一致点が数多く指摘されてきました。
これらのことから、古代日本の国や宗教の成立には、大陸から渡来したユダヤ人が大きく関与しているのではないかと考えられており、現に、ユダヤ教関係者や、駐日イスラエル大使などのイスラエル外交官も、古代から続く神社や剣山などを訪問・調査しています。

日本人とユダヤ人が祖先を同じくするという、いわゆる「日ユ同祖論」は、日本が諸宗教・諸民族の融和の雛形であることを示しているといえます。
そもそもユダヤ教は、キリスト教やイスラム教の源です。三者とも旧約聖書を共通の聖典とし、同じ神を拝し、誰を(最後の)預言者(神のメッセンジャー)とするかという点で異なっているだけです。
よって、ユダヤ教と神道がつながれば、神仏習合(神道と仏教との融合)を成し遂げた日本は、仏教・キリスト教・イスラム教という世界三大宗教の融和の先駆者となり、雛形ということになります(さらに、ユダヤ教やヒンドゥー教を含めた五大宗教の融和の実現にもつながる)。

これはまさに、様々なものを融和せしめる日本の「国魂(くにたま)」の性質=大いなる和の国、和魂洋才などで発揮された(正しい意味での)大和魂の働きだと思われます。
籠神社などに伝わる神道古来の考え方によれば、「いったん日本列島に入れば、外国のものも、日本の国魂の気を受けて変わっていった(融和していった)」とのことで、ユダヤの神も融和していったということなのです。

今回の巡礼では、まだ上記には書けなかった様々な興味深い事実を皆様と分かちあい、ひかりの輪が目指す「世界の諸宗教の融和(の輪の形成)」への道を探りたいと思います。

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