オウムの清算
オウム時代の清算についてのコーナーです

脱麻原・脱オウムの諸改革

⑧「反麻原」のHP・出版・出演・講演等の広範な活動
(2015年01月19日)

  「ひかりの輪」は、特に2012年以降、以前にも増して、「反麻原」「反オウム」「反アレフ」の諸活動を行い、手段を尽くして、全力でオウム真理教の教義の流布を防いできました。公安調査庁は、「ひかりの輪」に観察処分をかける必要から、「ひかりの輪」は「オウム真理教の教義を広めることを目的とする」という事実に反する主張をしてきましたが、実際にはその正反対なのです。

   「ひかりの輪」が取り組んできた主な「反麻原」の活動とは、以下の図のとおりです。


   以下、それぞれ詳述していきます。

  代表の上祐をはじめとして「ひかりの輪」の指導員は、自らのオウム・アレフ時代の反省・総括を公表し、麻原・オウム・アレフを徹底的に批判する活動を広範に行ってきました。具体的には、団体の教室活動、出版その他のメディア、講演活動など、その機会は多岐にわたってきました。

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1 麻原等を徹底批判したHPの記事、会員向けの教本、講話
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   まず、「ひかりの輪」のホームページ(HP)には、多数の麻原等への批判があります。ここでは、その一部を抜粋・紹介します。

(1)ひかりの輪」のHP「オウムの教訓サイト」での多数の麻原等批判

   「ひかりの輪」は「オウムの教訓サイト」を開設・運営しており、そこで麻原・オウム信仰の反省・総括・批判を徹底的に行っています。その総括文書は、団体の総括と、個人の総括に分けられていますが、総ページ数は数千ページを超える膨大なものとなっています。
   なお、同サイトは、インターネット上で誰でも閲覧が可能であることはむろん、その内容が完成した直後の2008年7月10日の記者会見においても、マスコミを通じて広く社会に公表しています。
   その概要は、以下の通りです。

A.団体総括 テーマ別1:
  『事件の要因に関する総括と今後の方針』

   オウム事件の要因に関する総括を、以下の3点から行い、麻原の神格化の否定、オウムの密教的な教えの否定、オウムのヨガの否定を行っています。

   ①なぜ麻原を神格化し、麻原の指示に基づいて犯罪行為に至ったか
   ②事件の要因の一つとなった、オウムの密教的な教え
   ③妄想の世界を現実化するという、事件にもつながっていったオウム真理教のヨガの問題点

B.団体総括 テーマ別2:
  『心理学的な視点に基づく、麻原・弟子・現代社会の人格分析』

   「空想虚言症」と「誇大自己症候群」という人格障害の概念に基づいて、麻原の子供時代から青年期から教祖時代の言動を分析し、麻原を人格障害者という視点から総括し、その問題点を探ったものです。
   また、弟子たちの人格分析も「誇大自己症候群」「自己愛型社会」という観点から分析し、いかにそれを乗り越えるかを示しました。
   以下に目次を示します。

◎目次

   【1】オウム問題の解決のために必要な、麻原の人格分析
     「空想虚言症」と「誇大自己症候群」

   【2】「空想虚言症」に基づく、麻原の人格分析
     「救世主」とさえ崇められる空想虚言症型のカリスマの実例
     麻原の説いた「演技の修行」と「空想虚言症」の関連
     いわゆる「グルイズム人格」という仮説

   【3】「誇大自己症候群」に基づく、麻原の人格分析
     「誇大自己症候群」とは何か?
     麻原の「誇大自己症候群」の可能性について
     麻原の生い立ちは、「誇大自己症候群」を発症する条件に当てはまる

   【4】「誇大自己症候群」の特質と麻原の言動の比較検討
     1 「万能感」という誇大妄想
     2 自己顕示欲
     3 「自分こそが世界の中心である」という誇大妄想
     4 「他者に対する共感性」の未発達、喪失
     5 権威への反抗と服従
     6 強い支配欲求
     7 罪悪感・自己反省の乏しさ、責任転嫁と自己正当化
     8 現実よりもファンタジー(幻想)や操作可能な環境に親しむ
     9 被害妄想
     10 目先の利益や快楽のために他人に害を与えても平気--規範意識の欠如
     11 内に秘める攻撃性

   【5】麻原の妄想的な信仰と「誇大自己症候群」
     麻原の妄想的な信仰を「誇大自己症候群」の一部として理解する
     現実の先輩修行者たちには、反発・反抗し続ける
     「妄想的な予言」に見られる麻原の誇大妄想と被害妄想
     時代全体にあった(妄想的な)予言の流行

   【6】弟子たち・信者の人格分析
     「自己愛型社会」という視点から、弟子たちの人格を分析する

   【7】ひかりの輪の教え・方針
     --「誇大自己」や「理想化された親のイマーゴ」を越えるために
     現代の「自己愛型社会」に対する今後の奉仕について

   【8】付録
     1 「自己愛」と「影」の関係
     2「現代人の宗教性」--河合隼雄氏の視点
     3 参考書籍からの抜粋
       高山文彦『麻原彰晃の誕生』(文藝春秋、2006)

C.上記の関連動画
  上祐史浩『オウム真理教の問題の心理学的な分析』

   上祐ら「ひかりの輪」の元オウム信者が、オウム真理教の信仰をやめるに至った中で行った、内省・総括の作業の中で、心理学的な視点から、麻原がどういった心の問題を抱え、そのもとに集った信者がどのような点を麻原と共有し、ひいては、どういった戦後日本社会の傾向が、そういった信者たちを生み出すに至ったかという点を考察した結果を紹介した動画です。市民団体からの要請を受けて行った講演を収録したものです。

D.団体総括 テーマ別3:
  『心理学の「影の投影の理論」に基づくオウム真理教と日本社会』

   深層心理学者であるユングの「影と投影の理論」をもとに、オウム真理教、および教祖であった麻原彰晃とその事件をナチス・ヒトラー、大日本帝国との類似性も含めて分析し、問題点を考察し、反省総括したものです。

E.団体総括 テーマ別4:
  『麻原・アレフを盲信する原因・落とし穴--盲信から脱却するために』

   「ひかりの輪」の元オウム信者らの過去の20年間に及ぶ経験を活かして、なぜ、麻原・アレフを盲信するかの原因や、その落とし穴と、その盲信からいかにすれば脱却していけるかを解説したものです。具体的には、
   1.アレフの信者は、麻原の実態をよく知らない、
   2.ヨーガ・仏教の教えを、麻原の教えと「混同して」信じてしまう、
   3.教団に「自尊心」を満たされ、信じたくなる心理作用がある、
など、10項目をあげて解説しています。
   以下に、目次部分を記します。

   『麻原・アレフを盲信する原因・落とし穴--盲信から脱却するために』

◎目次

   ここでは、私達の過去の20年間に及ぶ経験を活かして、なぜ、麻原・アレフを盲信するかの原因や、その落とし穴と、その盲信からいかにすれば脱却していけるかを解説したいと思います。
   まず、アレフでは、依然として、麻原彰晃を、最終解脱者・シヴァ大神の化身として絶対視しています。
さらには、麻原の関与した殺人事件についても、圧倒的な客観的事実・証拠があるにもかかわらず、「陰謀である」と主張したり、「わからない」と考えたりして、麻原を否定する理由とすることを避けています。
   こうした盲信に陥る主な原因について、最初に、結論から言えば、以下の通りとなります。

   【1】アレフの信者は、麻原の実態をよく知らない

   今のアレフには、オウム真理教時代の中堅幹部程度しかおらず、彼らは麻原の実態をよく知りません。
一方、かつての麻原の高弟のほとんどは、今麻原を否定しており、少なくとも絶対視している者は皆無です。

   その中で、今現在のアレフの信者は、一連の事件の後も、自分たちが信じたものが正しいと思いたい欲求や、教団の宣伝や教義に基づいて、実際ではない麻原を盲信しているのです。
   また、最近勧誘される人は、一連の事件自体をよく知らない若い世代が多いともいわれます。

   【2】アレフは、麻原について「誇大宣伝」している

   麻原を絶対視する理由となっている麻原の超能力は、全体として見れば、誇大宣伝の面が多々あります。
確かに、一定数の信者を集めた麻原には、他の宗教の教祖などと同じように、一定の霊能力があったとは思われます。
   しかし、それは
   ① 教団が宣伝するほど絶対的なものではなく、
        予言などは、ほとんどが外れており、
   ② そういったタイプの人は、麻原だけではなく、
        社会にまま存在しており、
   ③ 人格の完全性の証明には全くならず、彼を
        絶対視する理由には全くなりません。
   他にも、麻原の宣伝として、空中浮揚の写真、脳波の特殊性、チベットやインドの聖者の称賛などがありますが、それらには、裏の真実があり、虚偽の宣伝といわざるをえません。

   【3】ヨーガ・仏教の教えを、麻原の教えと「混同して」信じてしまう

   現在アレフは、その布教・教化活動で、最初から自分たちがアレフだと明かして布教・教化することができないので、
   ① 最初はアレフであることを隠したいわゆる「覆面ヨーガ教
        室」でヨーガを教えたり、人間関係を作ったりし、
   ② その後に、オウム真理教事件を含めた陰謀論の話をするな
        どしてから、
   ③ その後に、アレフであることを明かして、アレフに入会さ
        せています。
   この中で、ヨーガや仏教の教えによって、心身の状態が改善したり、神秘体験をする人がいます。
   しかし、ここで問題なのは、それが、麻原・アレフのオリジナルの教えではなく、ヨーガ・仏教の教えであるにもかかわらず、そういった体験を他のところでしていないがために、両者を混同してしまって、麻原・アレフの恩恵であると錯覚してしまう面があります。

   【4】アレフの修行による神秘体験を、「過大評価」してしまう

   また、特に、ヨーガがもたらす神秘体験などについては、教団全体が、真の宗教的な知識が未熟なために、その価値を過大視しています。
   その結果、本来は、麻原・アレフから自立してヨーガ・仏教の修行をすればいいのですが、そうはならないのです。
   ここには、自分でも気づかないうちに、何か絶対的なものに頼りたいという依存心、厳しく言えば怠惰があり、それが、自分で自立的に修行することを妨げています。

   【5】教団に「自尊心」を満たされ、信じたくなる心理作用がある

   アレフは、勧誘の対象となる人に対して、「真理(=アレフ)に巡り会った希な功徳を持った特別な存在だ」として、端から見ると、異常なまでに称賛します。

   そのため、そうされた人は、気づかないうちに、自尊心が極度に(過剰に)満たされ、「教団を信じたい」という心理が働きます。
   ただ、落ち着いて考えると、一連の事件を起こしたアレフが真理であるという合理的な根拠はなく、それは自分たちなりの手前勝手な解釈(慢心)なのです。
   その結果、客観的に見れば、誰かを「絶対である」とか「神の化身である」などと判断できるとしたら、本来、それは神の化身自身だけであるにもかかわらず、アレフから強く称賛される中で、自分でも気づかないうちに慢心に陥ると、本当の意味での謙虚さを忘れてしまい、アレフでの多少の体験によって、安直にアレフ・麻原を「正しい、絶対である」と信じる過ちを犯してしまうのです。

   【6】アレフが説く、「グルへの帰依の教えの呪縛」を受けてしまう

   アレフの教義では、密教の教えを誤って解釈した結果として、「自分のエゴを滅するために、グルである麻原や教団の指導者に疑念を持たない、グルを絶対と見なければならない」という教えがあります。
   この教えに呪縛されてしまい、麻原を絶対視し、否定できない場合が多くあります。
   しかし、これは、正しい密教における帰依の教えの解釈ではありません。

   【7】「輪廻転生」を、原理主義的に盲信してしまう

  アレフの教義では、「輪廻転生は絶対に存在する」と主張していますが、それは科学的には完全に証明されていることではなく、そもそも仏教の開祖・釈迦牟尼も輪廻転生を強調してはいません。
  しかし、アレフは輪廻転生を原理主義的に解釈し、「現代人の99パーセントは地獄に落ちる」と脅した上で、「救われるにはグル(麻原)に帰依するしかない」と強く指導しています。
  仮に輪廻転生があるとしても、何も麻原の力に頼らなければならないということはなく、現にアレフでも崇拝している釈迦牟尼自身、誰か特定の人物を神の化身として絶対的に帰依するようなことは弟子達に求めませんでした(むしろ逆に釈迦牟尼自身に対する個人崇拝を戒めていた)。
  現代には、麻原に頼らずとも、多くの有力な宗教的指導者は存在していますし、麻原なしで、輪廻の恐怖から解放された元オウム信者の体験も多々あるのです。

   【8】「オウムの過去の犯罪の事実」を、よく認識していない

   アレフでは、過去のオウム事件について、客観的には麻原・教団の関与を示す圧倒的な証拠があり、上層部であればあるほど、よく知っているにもかかわらず、教化活動では、事件を正当化しにくいために、事件を「陰謀」と説き、そう信じさせるための緻密なプログラム・教材を作成しています。
  また、古くからの信者の中には、自分たち自身も、自分の信仰を守るために、陰謀論を盲信している者もいると思われます。
   そして、新しい信者については、特に事件を直接的に知らない若い世代の人は、陰謀説を信じやすく、事件の重大性とその影響を理解しにくい、ということができるでしょう。

   【9】アレフの、「現在の違法行為・犯罪行為の可能性」をよく認識していない

   また、「オウム事件は過去の問題で、今後アレフが違法行為をなすことはない」と考えている人もいますが、実際には、グルを絶対視する教義などの結果として、
   ① 自分たちが過去に被害者側と結んだ賠償契約に反し、それ
        を履行しておらず(債務不履行)、
   ② 今後については、麻原の死刑の際の後追い自殺の可能性や、
        経済犯などの犯罪の可能性は否定できない状態にあります。

   【10】アレフの修行の一部には、「危険性がある」ことを知らない

   アレフが行っているヨーガや密教の修行の一部には、一般の人がなすならば、精神的・身体的な危険性があるものが含まれています。
   例えば、ツァンダリーという秘儀瞑想がありますが、チベット密教などでは、その危険性から、ごく一部の選ばれた出家修行者にのみ、その実践を許可しているというものがあります。
   実際に、オウム真理教では、一部ではありますが、修行によって精神疾患が発生したと思われる事実があります。
   しかし、アレフ信者の多くは、この危険性をよく知っていません。
   (※さらに詳細な内容は「アレフ問題の告発と対策」ブログをご参照下さい)

F.団体総括<本編>

   団体として作成した、オウム真理教・アーレフ時代を時系列的に振り返って、その経緯を総括・反省する文書等を掲載しています。

   1.『オウム真理教(1983~1999年)の活動経緯の総括』
   2.『アーレフ時代(2000~2007年)の総括』
   3.団体総括のための会合の記録

G.個人総括

   団体の総括に加え、上祐をはじめとする専従会員・非専従会員の個人の総括を掲示しています。それは実に膨大な量になりますが、その一部を抜粋・引用しておきます。

上祐史浩(代表) 麻原は人格障害者
   私達は、心理学の知見の中に、麻原の能力・人格をよく説明できる理論があるかを調べた。その結論として出てきたのが、誇大自己症候群と空想虚言症などの人格障害(精神病理)である。

水野愛子(副代表)  麻原は狂気
   グルを絶対とするという修行法は、その後、グルとされた麻原の指示によって、救済のためには、人を殺すことまでも行なってしまう、という狂気に発展するものでした。この点は深く反省するべきことだと思います。

細川美香(副代表)  麻原の誇大妄想や狂気と自分の愚かさ
   麻原はキリスト、神、絶対者になっていったわけですが、それは麻原の誇大妄想からの願望でもあったと思います

広末晃敏(副代表) 麻原はケタ外れの加害者
   事件には何の深遠な意味もなかった。麻原の単なる妄想的な国家建設構想と、その妨害勢力を排除するための所業、それが事件の真相であった。そして、その事件は、多くの人を苦しめただけだった。そう思うと、完全に夢から覚めていくような気がしました。

田渕智子  違法行為を人にさせた麻原は人として完全に逸脱している
   どんな人間であっても、違法行為をやらせるというのは、あまりにもおかしいことであり、完全に逸脱した行為であり、それを信者が肯定したということは、非常に恐ろしいことだと思いました。そして、自分の愚かさを反省しつつ、徐々に、麻原の呪縛から解き放たれていきました。

山口雅彦  麻原がいなければオウム事件は起こらなかった
   麻原をどう思っているかというと、麻原には、自己誇大視、自己顕示欲の強さ、誇大妄想、被害妄想、反社会性など人格障害的ゆがみというものがあったと思います。

宗形真紀子  麻原は誇大妄想にとりつかれ、殺戮という取り返しのつかない大きな過ちを犯した
   麻原の生い立ちを分析していくと、麻原は、現実の社会において、挫折を繰り返したものの、その等身大の自分を社会において現実的に生かすことができず、繰り返し、社会に対して「誇大妄想」に基づく挑戦をし続け、破綻していきました。(中略)オウム、麻原は、この「自我の肥大」に陥ったに違いないと思いました。

吉田恵子  麻原は傲慢によって大きな過ちを犯した
   人間である限り麻原を含めて誰しもが神ではなく、傲慢によって大きな過ちを犯すものであるということに気づくようになりました。今思えば、これは大変恐ろしいことですが、この頃の私は、『グル幻影』に染まりきっていました。


(2)「ひかりの輪公式サイト」での麻原等批判

   「ひかりの輪」のメインサイトである「ひかりの輪公式サイト」には、「団体の概要」と題するコーナーで、「ひかりの輪」の麻原の見方として、「人格障害・反省できない人物」であり、「誇大妄想・被害妄想的な人格障害があり、一連の事件の過ちに至り、いまだに反省できない人物」と位置付けています。
   また、同様に、「ひかりの輪」のオウム事件の見方として、「自らハルマゲドンを起こし、予言された救世主になろうとした麻原の狂気の誇大妄想・被害妄想が引き起こした事件であり、許されない。」と結論しています。
   なお、上記サイトからリンクしている「上祐史浩オフィシャルサイト」の中の上祐の日記や「上祐史浩オフィシャルブログ」等でも、多数の麻原批判の記載があります。

(3)団体の特別教本(会員向けの教本)での多数の麻原等批判

   「ひかりの輪」が会員向けに発刊する特別教本の中には、無数の麻原等批判の記載があります。その一部を以下に抜粋します。

A.麻原は誇大妄想・被害妄想
   『2012年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p28

   そして、オウム真理教の麻原教祖は、この誇大自己症候群の典型であろう。麻原の場合は、自分がキリストであるのに、それを認めず否定する社会は、キリストを弾圧する悪業多き魂であり、戦わなければ教団はつぶされる運命であり、戦うならば、一教団にもかかわらず、キリストの集団であるがゆえに、勝てる(可能性がある)という誇大妄想と被害妄想に陥ったのである。
   麻原のように重篤なケースは、特に幼少期の親子関係に特に深い傷があるのかもしれない。実際に麻原は視覚障害者であり、自分の意に反して、親元から離されて全寮制の盲学校に入れられるなどして、親への恨みが強かったといわれている。

B,オウムのマハームドラーの教義の過ち
   『2010年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p32

   なお、忍辱(忍耐)の実践に関連して、オウム真理教では、マハームドラーと呼ばれるグルが与える試練に耐えるという教義があったが、その間違いについて指摘しておく。
   オウムが説いたマハームドラーとは、他者=社会を犠牲にした形で、自己満足の世界の中で、自己放棄の修行をしようとしたことであった。このような他者の犠牲をともなう形での試練を自己の忍辱(忍耐)と解釈するのは、明らかに自己中心的な価値観であって、自と他を平等に尊重する大乗仏教の思想に反するものである。

C.親子関係の問題を解決せず、悪用したオウム
   『2009年GWセミナー特別教本《改訂版》』p16

   ところが、現代では親子関係が歪んでおり、親を尊敬していない子供が多くなっている。よって、この親子の問題を乗り越えなければ、仏教の教えの根幹が損なわれる。
   一方、オウム真理教は、この問題を解決せずに、この問題を逆手にとった宗教であると思われる。すなわち、末法の世には悪業多き魂が多いとして、教団を肯定しない親は強く否定し、出家制度によって子供を親から隔絶し、教祖のもとに集中させることで、子供が救われるとし、親をはじめとする社会と敵対し、戦って勝利することを教義とした。

D.麻原は精神病理的な状態
   『2013年 夏期セミナー特別教本《改訂版》』p35

   しかし、そのグルであった麻原自身が、今、精神病理的な状態にある。原因が、逮捕後の社会的圧力や拘禁という物理的な環境条件である可能性もあるが、異常を呈する直前に、クンダリニーエネルギーのコントロールに苦しみ、裁判長に訴えていたことが、裁判記録から明らかなため、クンダリニー症候群である可能性が少なくない。
   また、オウム時代にも、全体での割合はごく少ないが、信者の中で精神分裂的な症状を呈する人がいたことは明らかである。私が最初期に参加したセミナーにおいてさえ、そうなった会員がいた。その後に行われた「狂気の集中修行」と呼ばれたハードなセミナーでも同様である。(中略)
   オウムの精神的な問題は、麻原に近しい人物や高弟たちにも及んでいる。オウム事件後、統合失調症を呈した者がいたが、これは、事件がきっかけであり、クンダリニー症候群ではないかもしれない。しかし、麻原に近い幹部の女性の中にも、幻聴が聞こえ、通院した女性が複数いる。
   最近では、アレフ(旧オウム)の幹部の一人が、麻原の声が聞こえるという幻聴状態に至り、それをきっかけに団体から魔境とされ、教団活動から外され、その後に集中修行に入ったが、再び幻聴が聞こえたので、修行を中止したという事態も発生しているという。
   さらに、アレフで問題であることは、①クンダリニー・ヨーガの危険性を全く知らせず、「グル麻原がいるからアレフで行う限り危険性はない」と主張し、②その一方で、クンダリニー・ヨーガのメリットをあまりに誇大宣伝していることである。

E.妄想的プライドから武装化へ
   『2008年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p59

   宗教の場合は、まず、「自分たちが唯一正しい存在である」という妄想的なプライドを持つ恐れがある。これに基づいて、「多くの人が(本質的には地球のすべての人が)、自分の宗教の信者になるべきである」という意識が働く。
   ここではすでに相当の支配欲・権力欲が働いているし、競合する他宗教との闘争心も働いている。そこでは、歴史上、しばしば、強制力・暴力・軍事力も用いられてきた。教団武装化や薬物を使ったオウムも、この一例である。

F.間違った依存の対象
   『2008~09年 年末年始セミナー特別教本《改訂版》』p8~9

   例えば、オウムの元教祖の場合のように、依存の対象が犯罪行為を肯定しているなど、客観的に見れば、大きな問題があるにもかかわらず、一部の信者には、「自分で判断して間違えたくない」という気持ちが極端なまでに強いために、間違った対象に依存し続けてしまう、という場合である。

G.プライド・虚栄心で暗部を直視しない
   『2009年2月セミナー特別教本《改訂版》』p30

  しかしながら、競争社会で育ったわれわれは、自分が他人に対して優位であったり、劣っていたりするといった、自と他の比較について、非常に強くとらわれている。よって、自分の長所と他人の欠点はよく見るが、自分の欠点と他人の長所を見ることは苦手である。
   また、特に、宗教の実践者の場合は、オウム真理教での経験でもわかるように、みずからの宗教的な実践を誇っている間に、プライド・虚栄心が増大し、そのために、自分の暗部を直視しないという問題も生じることがある。

H.元教祖の人格の歪み
   『2010年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p31

   次に、「因果の七つの秘訣の瞑想」は、すべての衆生・万物に対する感謝と恩返しを養う教えである。これは、オウム真理教の際に陥った、社会を善業多き魂である自分たちと、悪業多き魂である他者に分けて、「社会が自分たちを弾圧している」という被害妄想や、「その中でキリストの集団となる」という誇大妄想とは、正反対の教えであることは明らかであろう。
   そして、この被害妄想の背景になったものと推察されるのが、元教祖の幼少期における不遇であるが、親や周囲に対する不満・被害妄想といった人格の歪みも、法則に基づいて、感謝の実践を行なうならば解消される。

I.慢心がもたらした狂気
   『2011年GWセミナー特別教本《改訂版》』p53

   宗教界では、オウムこそが、一時的な成功による慢心がもたらした狂気でした。教団を聖とし、社会を邪として、世界を二分化する教義・物の考え方に、慢心が潜んでいました。実際には社会に支えられて教団が成立・成功していたのが実際なのに、その社会を否定・破壊して、理想の社会を作るという誇大妄想を抱いた結果、実際には、社会とともに、自らを破壊した形になりました。

   以上、一部のみを引用しましたが、特別教本には、上記の箇所以外にも、麻原・オウム・アレフに対する批判が多数列挙されていますので、その他については以下にその教本を挙げておきます。

  1.2008年夏期セミナー特別教本
  2.2008~09年 年末年始セミナー特別教本
  3.2009年2月セミナー特別教本
  4.2009年GWセミナー特別教本
  5.2010年夏期セミナー特別教本
  6.2011年GWセミナー特別教本
  7.2012年夏期セミナー特別教本
  8.2013年GWセミナー特別教本
  9.2013年夏期セミナー特別教本

(4)団体のHPや教本での麻原等批判を認める宗教学者の見解

A.大田俊寛博士

   また、1999年に刑期を終えて出所し、2007年にオウム(現Aleph)から分派した宗教団体「ひかりの輪」の代表となった上祐史浩は、教団のホームページにおいて、オウム事件の関する総括を発表した(「オウムの教訓」のHP)。そこで彼は、教団の発展の経緯や自身の経験を詳細に記すとともに、教祖麻原の生い立ちや、彼がカリスマ性を発揮するに至った理由などについて、可能な限り客観的な分析を行おうと試みている。著作として公刊されたものではなく、インターネット上の手記であるが、その内容はオウムの全体像を把握するために有用である。(『オウム真理教の精神史』2011年(p6~7))

B.エリカ・バッフェリ准教授(マンチェスター大学)

   「新団体はただちにホームページを立ち上げた。(中略)オウム真理教の活動、1995年の事件、そしてオウムがやったと分かった後も教団を去らなかったことについてのスタッフの反省にかなりな部分を割いている。(中略)上祐は講話の中で、教義や、アレフの信者に対する批判、日常生活や病気について語っている。(中略)
   実際、ネットから提供される団体のイメージは、オウムからの分離に焦点が置かれている。しばしば意識的にオウムとは正反対のイメージを作り上げている。つまり、オウムの排他性や秘密主義的な部分をオープンにすることに価値を置いている。それはメンバーによるオウムの活動の詳細な説明によってうかがえる。これは、麻原が公判中にそれらについてしゃべることを拒否したことと、全く対照的である。(中略)
   団体をもっとオープンで民主的にしたいという現われとして、上祐は読者から意見を求め、メールもしくはミクシィのマイミクになって、コメントを送ってくれるよう促した。(中略)
   最後に重要なことは、ひかりの輪は、代表(上祐)は遠い神秘的な神に準ずる存在ではなく、近づくことのできる人間であるということを強調している。団体は、麻原の権威を公に強く否定しており、上祐をリーダーまたはマスターとするのではなく、先達としている。」(「インターネットによる日本の宗教」)

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2 麻原・オウム・アレフを徹底批判した著作を多数出版したこと
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   「ひかりの輪」会則第4条「活動」の1番目に「①本団体の基本理念に基づくオウム真理教事件の調査・研究及び総括」と明記しているように、オウムの過ちに対する反省・総括を最も重要な活動と位置付け、「ひかりの輪」の活動の全ては、この総括に基づいて展開しています。
   以下、反省総括を土台とし、麻原を徹底批判した著作を一般の出版社からこれまでに多数出版しましたので、列挙します。

(1)『オウム事件 17年目の告白』
   扶桑社:上祐史浩著、有田芳生検証(2012年12月17日)

   オウム真理教時代から現在の「ひかりの輪」までを語り、オウム事件の反省、麻原信仰の反省・原因・脱却の道、麻原の正体としての精神病理、二度と同様の事件が起着ないようにするための考えを掲載しています。
   また、オウム問題に詳しいジャーナリスト・参議院議員の有田芳生氏による検証寄稿や、同氏と上祐との対談もあわせて掲載されました。
なお、上祐への印税収入は、税金等の経費を除いて全て、オウム事件の被害者団体(オウム真理教犯罪被害者支援機構)に振り込みました。
   大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止に、大きな影響を持ったと思われます。

A.同書の目次

  第一章: 地下鉄サリン事件直後
  第二章 オウム入信と麻原への帰依
  第三章 オウム犯罪の原点~ 暴走の始まり
  第四章 教団武装化~大量破壊兵器の製造実験
  第五章 麻原の高弟たちと教団内の男女関係
  第六章 サリン事件前夜~ 狂気の教団内部
  第七章 サリン事件を起こしたカリスマの精神病理
  第八章 服役、出所。脱け出せない麻原の呪縛
  第九章 麻原奪還テロ未遂事件
  第十章 麻原からの自立。アレフから脱会
  第十一章 ひかりの輪としての歩みと、アレフとの違い
  第十二章 父、そして母のこと
  おわりに「輪のように原点に還って」
  検証対談 17年目の再会、そして真実へ 上祐史浩×有田芳生

B.同書の中の麻原等批判の一部抜粋

・麻原のポアの能力には客観的、科学的な証明は何もない(p77)
   麻原は「自分はポアができる」と主張し、私たちがそれを盲信した。今思えば輪廻転生の実在と同じように、麻原のポアの能力にも、客観的、科学的な証明は何もない。弟子がそのように盲信したにすぎなかったのだ。

・麻原は狂気をはらんでいた(p83)
   当時の私は自分が信じる麻原が狂気をはらんでいると思いたくないがために、麻原のまともに見える部分だけを見て、自分を納得させようとしていた。言い換えれば、私は自分の中に、実際の麻原の姿とは異なる、私の理性と矛盾しない「麻原の虚像」を作っていたのだ。

・麻原の狂気を固めた波野村(p93)
   波野村進出による、麻原の郷里への邂逅と挫折は、不幸にも、彼の狂気をいっそう固める結果になったのかもしれない。

・麻原の脳波は精神異常の脳波(p130)
   「麻原の脳波を採取していた当時、気になっていたことがある。それは、麻原の脳波は解脱者のものではなく、私が知っていた精神異常の脳波のタイプとよく似ている」

・麻原は人格障害(p144~p145)
   結論を言えば、麻原は極度の誇大妄想と被害妄想の人格障害(精神病理)だったのだと私は思う。(中略)
   私たちは、心理学の知見の中に、麻原の持つさまざまな要素を矛盾なく説明できる理論があるかを調べた。その結論として出てきたのが、「誇大自己症候群」や「空想虚言症」などの人格障害(精神病理)だった。心理学者の中にも、これらの人格障害に、麻原が当てはまると主張する人がいる。

・麻原は空想虚言症(p146)
   麻原自身が最終解脱者の演技をしているうちに、空想虚言症として、本当にそのつもりになってしまったのではないかと思うのだ。

・麻原とヒトラーの狂信的な人格の類似性(p147~149)
   麻原は、「自分はヒトラーと似た運命を辿らなければならないのかもしれない」といった主旨の説法をしている(ただし、ナチスと違って、自分は勝つという内容)。中略)
   麻原は、ヒトラーをモデルにしたデスラーという登場人物に、「自分は似ている」と語っていた。実際に、麻原とヒトラーは、双方ともにオカルト・密教に関心があり、熱狂的に支持されて独裁者になった。そして、ノストラダムスの予言を用い、自分たちは特別に優れた存在だと位置付け、ユダヤの陰謀論を主張し、武力闘争で帝国を作ろうとした。
   そして、最後は、途中から無謀で破滅的な行動を取って、毒ガスで無差別に大量の殺人をなしている。

・麻原は「誇大自己症候群」(p149~151)
   麻原にもう一つ当てはまると思われる「誇大自己症候群」という人格障害についても、簡単に触れておく。(中略)空想虚言症にも増して、麻原の人格にマッチしているように、私には思われる。

・麻原は二重人格で現実よりも幻想を優先(p153)
   その「神々」が彼を〝救世主〟にした。そして、麻原はシヴァ大神に、絶対的に服従した。これは、現実より幻想、空想を優先する「空想虚言症」や「誇大自己症候群」の特徴だ。
   自分を世界の中心に置いてくれる理想の神に絶対的に服従し、それ以外には反抗する。「服従と反抗」の両極端を持つ同症候群の特徴である。
   さらに、同症候群は、信者には救世主らしく、情熱的に面倒を見る一方で、一般人は無差別に殺戮するなど、冷酷無比だった麻原の二重人格を説明することができる。

・被害妄想から過剰な防衛(p160)
   麻原も非常に疑い深い性格だったと私は思う。被害妄想的な性格と、それに基づく過剰な防衛反応があった。(中略)
   麻原も、自分たちが弾圧されるという被害妄想に基づいて、他者を過剰に排除してきた。殺害された信者の田口修二氏がそうだし、坂本堤弁護士の事件が典型だろう。

・麻原は自分に都合のいい妄想に逃げ込んでいる(p170~171)
   麻原は法廷で「第三次世界大戦が起こってしまった」などと述べている。これを見ると、預言が成就せず、自分の思いどおりにならなかった現実から逃避し、自分に都合のいい妄想に没入したと思われる。

・麻原の預言は妄想にすぎない(p172)
   私は麻原の預言が一体何だったのかを考えた。なぜならば、外れた今になって、それを客観的に見れば、日米決戦など、まったく妄想的な内容にすぎないからだ。

・麻原のカリスマ性の裏には、精神病理があった(p239)
   麻原のカリスマ性、エネルギーの裏には、精神病理があった。誇大自己を持つ人は、同時に強いエネルギーも持ち、それが上手く活かされれば偉人を生むが、間違えば狂人を生む。

・麻原は大人になれない自己中心(p298~299)
   上祐:話を聞いていて思ったのは、子どもたちが大人になれないという問題があって、それが一番大きかったのが麻原だったんじゃないかということです。誇大妄想的で、自分を世界の中心に据えていて、自分の中の妄想の「神」に繋がる。
   小さい子どもには、ある意味で「万能感」みたいなものがあるじゃないですか。何をやっても許されると思っているから、他人のものを取っちゃったりする。その感覚が大人になるまで抜け切らない人たちがいて、その巨大なものが麻原だったんじゃないかと私は分析しているんです。

C.同書への識者の評価(「脱麻原・反麻原本」としての評価)

   同書に対しては、多くの識者が、「脱麻原」「反麻原」の書籍として高く評価している事実があります。

  a.有田芳生氏(ジャーナリスト・参議院議員)

   「目次を見て驚いた。すぐに哲学者フリードリッヒ・ニーチェの言葉が心に浮かんだ。 「脱皮することのできない蛇は滅びる。(中略)この目次の項目が具体的に説明されているならば、上祐史浩氏は「脱皮」あるいは「脱皮しつつある」のかもしれない。一気に原稿を読み終えた。(中略)そして、対談では私が指摘した疑問に上祐氏は具体的に答えている。(中略)
   結論を急ごう。上祐史浩氏が本書で明らかにしたのは、2つの重大問題である。ひとつは人類史で初めて都市部でサリンが散布された地下鉄サリン事件など、オウム真理教が起こしたいくつもの凶悪事件について「内部」から生々しい証言を行なったことである。そこには裁判でも明らかにならなかった重要な事実と分析がある。
   もうひとつは、オウム真理教が解体しても今なお継続するカルト問題克服への視点があるということだ。「オウムvs日本社会」には、ある程度の解決が見られたが、「日本社会の中のオウム」=カルト問題は、いまだ未解決のままである。」
   (『オウム事件 17年目の告白』内の「特別検証」寄稿)

   「人間っていうのは変わりうるものだと僕は思ってますから、多くの今日の参加者の皆さんが上祐の今度の本を読んでないうえでの議論なんですが、僕は読んだうえで来ているんで、この17年間ここまで変わったかっていう印象がものすごく強いんですよ。
   で、番組でも言ったけども、自分の父親とか母親のことについてですね、彼が普通なら語らないようなことまで書いているんですよ。その心境の変化っていうのは、やはり変化として認めておかなければいけないというふう思うんですよね。(中略)
   当時は33歳ですよ。それが50歳になって自分の人生どうかっていうことを考えながら、彼なりに努力をしつつある経過だっていうふうに僕は見なければいけないと思っているんで、批判するのは簡単だけれども、人間というのは変わりうるものだっていうふうに見ないと、それはもう自分に降りかかってくることなんじゃないんですかね。」
   (読売テレビ「そこまで言って委員会」収録後インタビュー「辛坊たまらん」での発言)

   b.下條信輔氏(認知心理学者・カリフォルニア工科大学生物学部教授)

   オウム事件関係の類書の中で「もっともよく整理され」「もっとも深く突き詰めている」と評価が高い。事件の経緯についていくつもの新事実が語られているが、何と言っても麻原と若い信者たちの心理を、内側から分析したのが出色だ。(中略)筆者はといえば、かねてから抱えていた謎を解く、大きなヒントを本書から与えられた。インパクトが大きかったので書き留めておきたい。(中略)
   麻原オウムの過ち、自らを含む信者たちの妄信の過程。それらについての本書の記述は、率直な告白と受け取って良いのではないか。というのも上祐から見れば、それが極端化したのがアレフだからだ。要するに現在の上祐は、アレフの中のオウム的なものを糾弾し、光の輪との違いを際立たせたい立場にある。(中略)
   今「麻原オウムの過ち、自らを含む信者たちの妄信の過程」と書いた。これらの点については、優れた知性が全力を挙げて解明せんとした痕跡を、少なくとも筆者は認める。
   (「WEBRONZA」朝日新聞社より)

   c.鴻上尚史氏(劇作家・演出家)

   時代が生んだといえる犯罪は、その原因を考え続けることが、次の時代のために必要だと思うのです。(中略)「なぜ麻原を盲信してしまったのか」は、「(中略)つまり、正しいから信じるのではなく、自分を高く評価するものを信じたいという心理である」と書かれています。これは正直な言葉だと感じます。(中略)早稲田の大学院まで出て、小惑星探査機「はやぶさ」でやがて有名になるJAXAに就職までした人物が、「自己存在価値に飢えていた」と書きます。いえ、エリートであるからこそ、常に競争にさらされ、自分が勝つか負けるかに敏感になるのでしょう。この部分は納得できました。(『週刊SPA!』2013/3/5・12合併号に掲載された書評より)

   d.一条真也氏(作家、経営者、北陸大学未来創造学部客員教授)

   オウムといえば、少し前に『オウム事件17年目の告白』上佑史佑著(扶桑社)を読みました。上佑史佑というオウムの元大物幹部が書いた本だけあって、貴重な歴史の証言に満ちています。

   e.大倉眞一郎氏(元広告会社タイノス社長、ラジオ番組ナビゲーター、旅行家)

   当時、オウム真理教のスポークスマンとしてマスメディアと対峙していた上祐史浩氏が地下鉄サリン事件から17年たった2012年、今まで語れなかった真実を告白した1冊。麻原の側近として生きたあの時代、そこには何があり何を信じていたのか? あの時、日本を震撼させたオウム事件の裏にはどんな真実があるのか?上祐史浩氏しか語れない本当の言葉がある。

(2)『終わらないオウム』
   鹿砦社:上祐史浩、鈴木邦男、徐裕行著:田原総一朗解説(2013年5月30日)

   内容は、上祐と、元オウム幹部・村井秀夫を殺害し上祐の命をも狙っていたという徐裕行氏と、両者をよく知る鈴木邦男氏(新右翼団体「一水会」最高顧問)との3名による鼎談、対談によって構成されています。
そして、出版社が、「"オウム以前"の「連合赤軍」。"オウム以降"の「ネット右翼、在特会」といった、20周年で発生する「オウム」的なもの=日本の暗部にわれわれは今、どう立ち向かうべきなのか?」(「鹿砦社出版ニュース」)と伝えているように、オウム的なものの再発防止の道に関して考察しています。

A 同書の目次

   初めに(鹿砦社編集部)
   第1章 「奇蹟の書」成立の経緯(鈴木邦男)
   第2章 村井幹部刺殺事件とオウム真理教の深層
    (鼎談 上祐史浩vs鈴木邦男vs徐裕行)
   第3章 オウム真理教を生み出した社会
    (鼎談 上祐史浩vs鈴木邦男vs徐裕行)
   第4章 日本の「写し鏡」となるオウム
    (対談 上祐史浩vs鈴木邦男)
   第5章 これからの宗教思想を目指して
    (対談 上祐史浩vs鈴木邦男)
   終章 〈不安の時代〉を超える思想(上祐史浩)
   解説 いかがわしさの魔力(田原総一朗)

B 同書の中の麻原等批判の一部抜粋

・麻原は狂気の聖者なんかじゃない(p72~73)
   精神異常の麻原を、あれは狂気の聖者の修行をしているのだろうと解釈する人もいるわけです。(中略)一人ひとりが自分の中の麻原に帰依し、麻原の狂気を自分向けに解釈しているので、いわば「自分教」なんですよ。

・麻原は自分が最後に勝つ救世主と誇大妄想していた(p88~89)
   ノストラダムスやヨハネ黙示録の予言にしたがって、最後に勝つ救世主は麻原であり、ヒトラーは二番目であり、麻原に負けるという妄想を展開しているわけです。(中略)
   世の中は今、悪い魂に支配されていて、闇の権力、悪い奴に導かれている。その人間と私たちは戦わなければいけない。戦わなければ逆にやられてしまうという被害妄想と、自分が救世主であるという誇大妄想がセットになっているんです。

・自意識過剰・誇大妄想的(p90~91)
   ノストラダムスの影響や神の啓示を受けたと彼自身が錯覚する中で、自分は戦う神の化身としての救世主になることを望んだわけです。
(中略)
   麻原の予言を分析した立花隆さんも、麻原は悪と戦う予言の救世主になることが自分の歴史的使命だと「本当に思い込んでしまった」と述べています。子どもの頃から、自尊心が高く、自意識過剰・誇大妄想的なところがあって、

・麻原はえげつない(p96)
   麻原はそういうところはえげつないんです。教祖になる以前のヒーリングとか薬事法の時もえげつなくやったようですが、八七年に私が入る頃から、インドやチベットの高僧に会ってそれを宣伝に使うと言っていました。

・麻原のもともとの妄想的な人格を直すのは非常に難しい(p122~123)
   徐 (中略)一回裁判を止めて、実際に麻原を治療してやるべきだったという意見もありますよね。そこを上祐さんはどうお考えですか?
   上祐 例えば森達也さんは、そうですよね。(中略)ただし、現実としては、理想論ではないかとも思います。第一に、発症直後ならまだしも、十五年以上経った今治せるのか。第二に、精神病を治せても、麻原は反省するのか。第三に、反省せずに正気に戻れば、外の麻原の信者に悪影響を与えないかという問題です。
   特に、仮に麻原の精神病を治せても、麻原の人格を治し、反省させることは非常に難しいと思います。麻原は、心理学的に言えば、非常に強い人格障害です。「自分は神の化身で、社会は悪で、自分を攻撃してくるから戦わねばならない」と強く信じていました。そういった妄想の強い人を治すというのは、私個人の経験でも、精神医学を調べても、今のところできないように思うんです。麻原の精神病を治療できても、妄想的な人格は治せない可能性が高い。
   われわれは、彼の反省の言葉を聞きたいし、どうしてこんなことになったのか解明したい。しかし、治しても、彼がすることは、妄想に基づく布教だったら意味がないし、逆効果になる。獄中からアレフに指示して、ネオ・オウムを作るのでは困りますよね。今の法律では死刑囚でも家族は会うことができる。その家族がアレフを裏支配していますから、麻原の指示は獄中から拡散される。その場合治療が裏目に出る。

・麻原は超自己愛型・教祖型の人格障害(p125)
   私は、教祖型の精神病理というのがあると思います。教祖型の人格障害、超自己愛型の人格障害。だから、教祖心理学というのがあればと思います。麻原と似たような症例はたくさんあると思います。その場合は、その教祖の下の信者を含めて、精神的な健康が損なわれている状態です。そういうところの研究がまだ足りないと思います。そういったタイプの人は、社会生活は問題なく送れるし、大勢の人を魅了する能力・カリスマでさえあるが、同時に、病理的な人格を合わせ持ち、下手をすると危険な一面があるという理解が、社会には今はほとんどない。その筆頭が麻原だったわけです。

・心理学的理論の研究が足りないと社会に免疫も生まれない(p125)
   人格障害とは、社会生活が送れない精神病とはちがって、非常に高い能力やカリスマ性を持つ場合があるとされています。けれど、一方で狂気も持っているわけです。わかりやすく言えば、ヒトラーですよね。ですから、カリスマ型人格障害という心理学的な理論が必要ではないでしょうか。研究が足りないと、社会に免疫も生まれませんしね。


(3)『危険な宗教の見分け方』
   ポプラ社:田原総一朗、上祐史浩著(2013年11月5日)

   田原総一郎氏との対談の中で、麻原・オウムの盲信の原因とそれからの脱却、そして、宗教やスピリチュアル的なものにどのように対処すれば、危険を回避できるかについて述べています。
   大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の否定とその問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止などに大きな影響を持ったと思われます。

A 同書籍の目次

   第1章 なぜ、人は宗教を信じるのか
   第2章 宗教集団はどのようにして人材やお金を巻き込んでいくのか
   第3章 妄信の行き先
   第4章 依存的信仰からの脱却
   第5章 宗教やスピリチュアルとどうつきあうか
   教団と社会がつながった瞬間に解けた呪縛
   「輪」の思想を巡って ほか)

B 対談後の田原氏の上祐・ひかりの輪の評価

  田原:(ひかりの輪は)宗教じゃない、宗教じゃない、宗教じゃないよ。
  司会:宗教じゃないんですか?あれは。
  田原:あれは宗教じゃないよ。
    つまり彼は、あの麻原彰晃をいまでも信仰してるアレフの会ってあるわけね。
    これは宗教です。麻原を一番の神として。
    で、彼は、そのそういうオウム、麻原を全面的に批判するひかりの輪という、これは宗教じゃないんですよ。麻原を批判し、オウムを批判し、人間とはいかに生きるべきか。どっちかというと哲学に近いのね。ひかりの輪っていうのは。
  司会:ということは上祐さんは、宗教を、宗教から抜け出て、そういう集団を作っていると考えて、そう感じられました?田原さんも。その怖さを身をもって知っているからですかね。
  田原:よーく知ってる。そこのところを上祐さんに聞いたわけ。
(2013.06.21放送 「田原総一朗のタブーに挑戦! アベノミクスは成功するのか?」田原総一朗、上祐史浩との対談について語る)

C 同書の中の麻原等批判の一部抜粋

・「救世主になった」という魔境(p71~73)
   上祐 魔事とか魔境、仏教では、増上慢というそうです。潜在意識の中に、自分が偉大な存在になりたいという思いがあって、クンダリニーヨガで神秘体験をすると、その中で「解脱した」とか、「救世主になった」と思うような体験をするのだと思います。(中略)

・最終解脱は本人の思い込み(p71~73)
   上祐:彼が最終解脱をしたということは、客観的にどこかのたしかな宗派に認められたわけでもないし、その解脱のあとに全知全能になったわけでもないんですが、本人はそう思い込んでいったのだと思います。

・麻原は精神的不安定で言動も不安定だった(p.82~83)
   上祐:彼はすでに、自分自身をコントロールできなかったんですから。
(中略)
   上祐:今から思えばですが、麻原は、霊媒体質によるカリスマ性と、その裏の精神的な不安定さが合体したような状態だったと思います。私が交流している宗教学者の方も、近代日本の精神世界において、これが霊能力なのか精神面の異常なのかというのは、ずっと問題になっているとおっしゃっていました。(中略) 誇大妄想と被害妄想。こうなると、客観的には、精神的な問題を抱えていると言わざるを得ない。ともかく、言動が非常に不安定で、よいことも悪いことも、そこから何が展開されるかわからない。麻原は、常にそんな状態だったと思います。

・「ポア」を言い出してから、オウムは凶悪化していった(p88~89)
   上祐:(略) 実はこれが、殺人を肯定する土台になります。涅槃こそが最高の幸福だから、手段は選ばずとも魂を涅槃に送れば最高の幸福を与える善行だという論理なんです。
   (田原:つまり、「ポア」ということだね。やはり、ポアを言い出したときから、オウムはおかしくなっていったんだ。)

・「空中浮揚」はインチキ(p90~92)
   上祐:今思えば、あれは宣伝戦略だったと思います。私は脱会後に、教団が宣伝に使っていた麻原の空中浮揚の写真が、実は週刊誌と麻原が協力して作った偽物だということを確信する情報を得ましたから。(中略)
   (田原:できないのがわかっていたのに、信者を集めるために言っていたんだ。)
   上祐:ええ。だから、入信前に見る書籍などで強調していました。

・まるでナチス、ヒトラー(p126~129)
   上祐:(略)日本という国を改造する、「種を入れ替える」と麻原は表現していました。
   (田原:まるでナチスだ。ヒトラーじゃないか。)
   上祐:正にそうです。ヒトラーは、ユダヤが裏支配しているからドイツがおかしくなっているとして、ユダヤ人を殺してしまおうとした。
麻原はオウム信者ではなく、修行をしない悪行多き日本人を大量破壊兵器で滅ぼして、正しい新たな日本、真理の日本を作ろうと考えたんです。

・神秘体験や教祖の絶対視は危険(p185~187)
   上祐:(略)神秘体験をする修行の中で神や仏のヴィジョンを見ると、自分がその化身だと思い込みはじめ、「自己絶対化」に陥る落とし穴がある。つまり、本来の主旨と逆の方向に行ってしまうことがあるんです。
   (田原:教祖はもちろん、みんなが見えないものが見える、わからない ものがわかるという霊能者たちについても、これを絶対視しないことね。)
   上祐:そうですね。霊能力者はあくまで不完全な人間であり、服従しなければならないものではないんですが、他で体験できないことを体験してしまうと、はまってしまう危険性があるわけですね。(中略)
   上祐(略)神秘体験や、霊能者、教祖を絶対視すると、心身に影響がある。中毒性があって、簡単にはやめられないんです。


(4)『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』
   三五館:宗形真紀子著(2010年2月24日)

   自身が脱却するのに長年を要した、オウム真理教・アレフ・麻原の修行が、いかに人を、自己中心的で傲慢な「魔境」と呼ばれる精神状態に導くのかということについて、指摘・批判しています。
   また、麻原やオウム真理教を選んだ、過去の自身の心の問題について、実体験と心の軌跡を赤裸々に記すことで、その脱却のプロセスまでを、二度と同様の事件が起きないようにするための教訓として示しています。
   オウム真理教時代に、麻原による薬物洗脳実験、本人に知らせない形でのLSDの投与他多数の、一歩間違えれば死んでいた(実際に死亡した者が複数いる)洗脳被害の経験があり、その悲惨なオウム真理教の実態を告発しています。
   また、自身が、そこまでのことを「修行」として受け入れてしまうほどの精神状態にあったことから、人がそのような「洗脳的行為を受け入れるに至る心のプロセス」や、「心の問題(魔境)」について指摘しています。

A 出版社の紹介文

   少女(宗形)を待っていたのは、オウム特有の「グルイズム」(=麻原絶対主義)と「マハームドラー」(=与えられた試練を超える修行)でした。薬物人体実験をはじめとする数々の無理難題...描き出されます。しかし、日本各地の聖地を巡り、自然に回帰することによって、「憑き物が落ちる瞬間」を体験、苦しみを作り出したのも、その苦しみから抜け出していくのも、自分の心なのだという当たり前の結論にたどり着いたのです(2007年にアレフ脱会)。

B 同書の目次

   はじめに
   第一章 霊的体験と、生きることへの悩み
     二十歳でオウムに入った背景(一九六八~一九八九)
   第二章 私を縛り付けていた何か
     サリン事件までの出家生活(一九八九~一九九五)
   第三章 絶え間ない葛藤と現実逃避
     地下鉄サリン事件後の五年間(一九九五~二〇〇〇)
   第四章 魔境に気づく
     オウム脱会まで(二〇〇一~二〇〇七)
   二〇年間の空白と誓い

C 同書の中の麻原等批判の一部抜粋

・麻原は謙虚さがなく自分を神とする自我肥大に陥った(p47~48)
   まさに、麻原の場合は、自分のことを、「わたしはシヴァ神の化身である」「わたしが預言された救世主・キリストである」と位置づけて、その結果、一連の事件を起こしたので、謙虚さを培う精神の鍛錬を怠った結果、まさにこのヨーガの落とし穴である、自我肥大の状態に陥ったとしか言いようがないと思いました。

・麻原の「最終解脱」は、勝手な独自の概念で誇大宣伝(p48)
   そして、もう一つ、麻原の重要な過ちは、「最終解脱」と宣言して宣伝したことでした。これも誇大宣伝であると同時に、「最終解脱」という状態自体、他の聖者が認めた客観的なものではなく、麻原が、独自の概念を作り、勝手に自分宣言したものにすぎなかったのです。

・麻原は人としての良心や正常な判断力を失った(p71)
   この時点で麻原は信者一人の命よりも自分と教団の救済活動のほうが価値のあることだと考えていたことを知りました。このことは一連のオウム事件の背景に流れていることですが、それらに価値を置くあまり麻原は、人としての良心や正常な判断力を失ってしまったのだと思います。

・麻原は独善的考えにより殺人を犯した(p72)
   この背景には「世界を救う教団の邪魔となる者は、殺したほうが世界のためになる」という麻原の独善的な考えがあり、真島事件のときと同じように、「自己と教団の価値を、現実以上に高めた」ことにより、起こってしまったのだと思いました。これらは、麻原の救済の名の裏に隠されていた、野心にほかなりません。

・麻原は病理的なほどの誇大妄想の持ち主(p86)
   これらのことから、わたしは麻原が、よく信者が言う、高度な智慧や深いお考えによって弟子を解脱に導いていたというよりは、じつは、かなり突飛な非現実的なことを「本気」で思い込むという、病理的なほどの誇大妄想の持ち主だったというほうが真実なのではないかと思うようになりました。

・麻原は単純な男尊主義的発想で女性支配しようとした(p107)
   麻原の男尊女卑的発想は、(中略)傲慢なものでした。このような、「女性はカルマが悪いため、麻原のエネルギーで浄化するしかない」というような単純な考え方では、人格の成熟や悟りや解脱などは起こりようがなく、これらのことは、ただの麻原の女性の弟子に対する支配構造にすぎなかったと思います。

・麻原との合一を観想することによる人格破壊の危険性 (p125)
   しかし、わたしは事件後、麻原の作り出したそれらの瞑想が、悟りに導く瞑想などではないだけではなく、本当に人間の人格を破壊し、ともすれば統合失調症や廃人に導くものだという想像以上の悲惨な事実を理解するようになりました。

・麻原の語る体験はかなり都合のよい話ばかり (p183)
   よくよく考えると、麻原の語るヴィジョンや体験も、わたしと同じように、かなり都合のよい話ばかりだったのです。

・麻原の野心が破綻を招き、取り返しのつかない罪だけが残った (p185~186 )
   そして結局、すべては妄想であるがゆえに、現実世界では破綻を招き、麻原には取り返しのつかない罪だけが残りました。

・麻原の数々の言動は犯罪を隠すためのカモフラージュ (p223)
   別の建物では、弟子がリンチで殺されていたという事実。わたしと同じ場所で修行をしていた人が、じつは何人も死んでいるという事実。同じ部署にいた人が、マイクロ波で消滅させられてしまったこと。一歩間違えれば、本当にわたしも死んでいたに違いないこと。さまざまな知らなかった細かな事実。年表に沿って振り返ることで、麻原の数々の言動が、犯罪を隠すためのカモフラージュであることが次々と証明されたこと。あれもこれも嘘だったんだという衝撃。弟子までも騙した麻原への憎悪。

・麻原の最終解脱の宣言こそが魔境 (p244)
   このように、「神々が祝福してくれたから、最終解脱だと判断した」という、神ではないものを、本物の神の体験と思い込み、最終解脱と判断したのが、麻原彰晃の魔境の重要な要因の一つなのではないかと思いました。それより前に、麻原はかつて魔境に陥った経験から、魔境の警告もしていたので、おそらくは魔のような経験をしていたと思われます。その麻原が、魔境を抜けて最終解脱したと思っていたのは、じつは神ではないものを神と思い込んだ、もう一つの魔境の体験にほかならないと思うのです。

D 同書籍に対する外部識者の評価

   a.一条真也氏(北陸大学未来創造学部客員教授)

   宗形氏が本当の意味で救われたのは、母親へ深い感謝の念を抱いたときでした。(中略)親を感謝する心さえ持てれば、自分を肯定することができ、根源的な存在の不安が消えてなくなるのです。そして、心からの幸福感を感じることができます。地下鉄サリン事件から15年目の日に読んだ元オウム信者の体験記から、この「幸福になる法則」がやはり正しいことを再確認することができました。

   b.波多野二三彦氏(元検事・弁護士)

   宗形さんは、内観実習の2010年の立春の頃、自身の深い反省から、『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館)という、元信者の立場からオウム告発のとなる著書を刊行されました。内観実習から数ヶ月後のことでした。『内観法はなぜ効くか--自己洞察の科学[第5版]』

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3 今後も麻原等を批判する出版が多く予定・検討されていること━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   今後も、上祐等の「ひかりの輪」幹部が、一般の出版社を通じて麻原等を批判する出版をすることが現に多く予定され、または検討されています。

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4 麻原等を批判する出版物への協力や長編対談記事
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(1)『未解決事件 オウム真理教秘録』

   文藝春秋社:NHKスペシャル取材班編著(2013年5月29日)

   2012年5月にNHKで放映された『NHKスペシャル 未解決事件オウム真理教』の内容をもとに、番組の中では盛り込めなかった関係者の証言等を加えて構成された書籍です。同署の「上祐史浩の初告白『武装化の原点』」というパート(p247以下)で、上祐が、NHKスペシャル取材班のインタビューに答え、教団武装化に至る経緯、武装化の動機、武装化を進めた麻原や信者の病理などについて語った内容が記載されています。

A.NHK取材班の上祐に対する評価

   重要なこととして、NHK取材班は、上祐の発言内容に関して、独自の裏付け調査・検証を行いました。その結果、上祐の発言内容の裏付けが得られたとして評価する趣旨の内容が、以下の通り、本書の中には記載されており、上祐の前記『オウム事件17年目の告白』も、同書の参考文献のリストの頭に掲載されています。

   「悩んだ」「どうしようかな」という言葉を上祐から聞いたのは、初めてだった。
   そして上祐はここまで喋ると、再び考え込むように口を閉ざした。
   自らを弁護する言葉はなかった。
   今回のインタビューで上祐は、六年前とは比較にならないほど、当時の教団内部の実態を語った。
   ここですべてを紹介することはできないが、私たちは番組で使用していない部分を含め、彼の話の内容を  元捜査員や他の元信者などから裏付けしていった。
   その結果、一部の記憶違いと思われる時期の違いなどを除き、概ね誤りはなかった(p262)。

B.上祐による同書の中の麻原等批判の一部抜粋

   彼(麻原)には、不遇な生い立ちや学業・事業での挫折などから、強い被害妄想と誇大妄想があったと思います。彼には、『自分は、弾圧されるが、戦って勝利するキリストだ』と主張していましたが、それは、自分の不遇・挫折を、弾圧されるキリストのようなものとして、奇妙な形で正当化したのだと思います。それに加え、麻原には、不幸にも、霊能力者的なカリスマ性があったため、そこにひかれる弟子たちが集まってきた。そして誇大妄想も強まっていったと思います。
   だから、本質的には、強くて得体のしれない教祖というよりも、実は不遇の中で苦しむうちに、強いカリスマ性と妄想が重なって、集まってきた多くの人を巻き込んでいってしまった。そういった存在じゃないかなと思います。
   現実逃避といいますかね、被害妄想に陥っていた。問題があった時に、それを自分のせいだと思って、卑屈、鬱になっていくタイプではなく、他人のせいにする被害妄想になって、他に対し攻撃的になっていくタイプ。こういったタイプの人に、カリスマ性が加わると、彼みたいになるのでしょう。
   麻原は、教団が批判・攻撃されると、それに対して、『思い切って大きくやり返す方が神々の祝福を得られるんだ』」と言ったことがありました。普通は逆ですよね。反社会的な犯罪をやったら、大きな反発を受けるのが当然。よって、『これ以上やったら、破壊する』と思うはずですよ。
   ところがさきほど言ったように、自分は『弾圧されるが、戦って勝つキリスト』だと思い込んでいる。だから激しく戦うことで、自分の存在意義を実現しようとするわけです。彼の信仰の中では、戦わないキリストは存在しない。戦わなければキリストではない。キリストになれない。今考えてみれば、麻原が引き起こした事件は、どれも明らかに過剰反応、オーバーリアクションで、一般には理解しがたいですね。(p.257~258)


(2)『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉--鈴木邦男ゼミin西宮 報告集vol.3』鹿砦社:鈴木邦男×上祐史浩(2014年1月14日)

   鈴木邦男氏との長時間の対談の中で、オウム問題を振り返り、麻原・オウム・アレフの問題を詳細に述べた内容を書籍に収録しています。

A 目次 第13回 上祐史浩×鈴木邦男

   《講演》鈴木邦男:オウム事件17年目の真実と意味
   《対談》上祐史浩×鈴木邦男:
            狂った啓示を実現するため狂気に走ったオウム教団
   《質疑応答》上祐史浩:麻原信仰を脱却するときに輝いた光の輪

B 上祐による同書の中の麻原等批判の一部抜粋

   麻原は、客観的には、破滅願望なんですが、同時に誇大妄想であり、「自分は啓示を受けたように、戦いの神であり、戦えば神々に祝福され、最後に勝利する神なんだ」という思い込みがあったんだと思います。それが他人には自滅的にしか見えない。(p22)

   彼の信仰は完全に妄想なんですけど、現実と自分の信仰が矛盾したら、常に信仰の方が優位となる人だと思います。そういう精神状態ですから、今現在は、自分のハルマゲドン予言が成就しなかったという現実に対して、適応障害を起こしていて、ある意味で妄想の中に逃避している状態だと思います。(中略)
   しかし、彼は救世主願望を棄てられないが、実際には彼らは救世主ではない。そして、この現実に適応するだけの精神的力は、すでになくなっている状態だと思います。その意味で、壊れていると思いますが、単純に完全に壊れているかまではわかならいですね。(p32~33)

   そして、「できるんだ!」と思い込めば、空想が現実よりも優位になってしまうタイプがいるんです。私は、オウムの総括、反省するに当たり心理学を調べていて、ある心理学者が「空想虚言症というのが麻原の人格だ」と指摘していることを知りました。誇大妄想症というのもあるそうなんですが、他の人から見れば誇大妄想なんだけど本人は、それを現実だと考える、そういったタイプですね。(中略)
   その誇大自己症候群とか、空想虚言症という心理学的な考えだったんです。そういった症状の一部の人たちは、非常にカリスマ的であったり、救世主的になったりもするけれど、同時に凶器に走ってしまう人もいるらしいんです。その例でみんながよく知っているのがアドルフ・ヒトラー。(p36~37)

   麻原はその独善的な理想=妄想を貫いて、非現実の世界に行ってしまった。これはもう病気なんだけれど、しかし人間の中には、そういう一面もあるのだとも思います。だから、失敗した時に、そこで耐えて、それまで正しいと思ってきたことを変えるということは、自分が一回壊れますから、それこそが本当の宝を見つけ出す道だと思えるか、それとも、耐えられなくて麻原みたいに妄想の世界に行ってしまうか、という違いがあるかと思います。(p39)

   麻原もお兄さんも目が不自由なせいかもしれませんが、疑い深いし、自己防衛意識が強く、過剰防衛で攻撃してくるという点が共通していたようなんですね。そういう幼少期からの傾向が、そのままオウム真理教の教祖になる時に現れていったんじゃないでしょうか(p52)。


(3)『atプラス13』 特集「宗教と未来」対談
   大田出版:上祐史浩+大田俊寛(2013年8月8日発売)

◎対談相手の大田氏が指摘する上祐の麻原等批判

   上祐氏との対談は、およそ三時間半という長時間にわたったが、そのなかで私が氏の態度や発言から強く感じたのは、「上祐氏はどうして逃げずに、ここまで持ちこたえることができたのだろうか」ということであった。かつてのオウム真理教は、数多くの信者や幹部を擁していたが、さまざまな理由からその大半の人々はすでに教団を離脱し、おそらく現在は、かつてオウム信者であったことを隠してひっそりと暮らしていると思われる。
   もちろんそのことは、オウム事件への反省から選び取ったことであろうし、また、日常生活を送っていくには仕方がないことでもあるため、一概に非難されるべきことではない。しかし結果として彼らは、オウム事件の当事者として責任を負う立場から逃げ出してしまったわけである。
   これに対して上祐氏は、元オウム幹部としてはほぼ唯一教団に残り続け、分派という形にはなったものの麻原信仰からの脱却の必要性を主唱し、オウムとは何だったのかという問いに真摯に向き合い、被害者への賠償に積極的に取り組むことを明言している。また、明確な方向性を見出せないまま麻原信仰に回帰しようとしているAlephの現状について、いくつもの重要な警告を発している。
   上祐氏は現在、その立場ゆえに批判や非難を受けることも多いが、それはすなわち、氏がオウム事件の責任に応答する主体として、誰よりも正面に立ち続けているということを意味するものだろう。私は少なくともこうした点において、現在の上祐氏を評価したいと考える。(p.38~39)


(4)『思わず聞いてしまいました!!』
   スコラマガジン社:プチ鹿島、居島一平著(2012年2月29日)

   プチ鹿島氏らとの対談の中で、オウム問題を振り返り、麻原・オウムの問題を具体的に語ったものを書籍に収録しています。

◎同書の中の麻原・オウム批判の一部抜粋

   (麻原は)誇大妄想、被害妄想があってその背景に幼少期、青年期の非常に深いコンプレックス、苦しさや寂しさがあったんだと思います。そういったことは当時はまったくわかんなくて、自信たっぷりの彼の雰囲気に、我々は巻き込まれていった。彼は自信たっぷりの自分、救世主としての自分を演じないと自分でいられなかった、そうじゃないありのままの自分だと、自分が壊れてしまう。そういう感じだったんじゃないかな。(p.124)

   (麻原は)だから'90年代の総選挙の時も野菜かなんかを配る、そういったことをやったんだけど、負けたのは選挙管理委員会が悪いからだと、まったく同じことやってるんですね、三つ子の魂百までですよ。いつも何か失敗すると「陰謀だから」と彼は逆反発して生きてきた人ですから、そのまま素直に反省してれば良かったんでしょうけど、反省できなかった。コンプレックスの強い人って反省できないじゃないですか。余裕がないから。もうちょっとコンプレックスが弱かったら反省できたんだろうなと思います。(p.125)

   麻原は自己中心的で自分が規律だと思っていますから誰かに操られるということはなくて、外部の人間は信用できない、裏切られたら潰されるという感じで全部自分でやれという考え方でしたね。(p.133)


(5)『週刊プレイボーイ』
   集英社(2012年7月16日特大号、2012年7月23日特大号)
   作家・藤原新也氏と上祐史浩の対談(前編・後編)

   編集部:それでも打ち倒すべき父親とは、やはり麻原ですか?
   上祐 それは間違いないですね。彼の宗教性を超えて、そういった宗教がなくてもいい宗教界にする。つまり、オウム的宗教の時代を終わらせる。新しい時代が古い時代を超えてこそという感じ。
(中略)
   藤原:上祐さんは、ひとつの方法として、ルソーを課題にされるといいと思う。彼も父親に捨てられ、波瀾万丈の人生を送った。最後に自分を表現することを課して、『エミール』(教育論)を著し、それがフランス革命に結びついていった。
   上祐:『社会契約論』でしたっけ、ルソーって。あれは絶対王政を打破する結果となった民主主義の思想ですよね。だから、麻原王政の思想を打破して、万人平等の「ひかりの輪」の思想に向かう精神的な闘いです!


(6)『洗脳された芸能人』霊体験、依存、集団心理...経験をもとに"洗脳"を語る
   ミリオン出版(2012年6月25日発売)

   オウム信者の「洗脳」の経緯、どのような人が「洗脳」されやすいか、「洗脳」から脱却法について、上祐が自らの体験に基づいて語ったものです。以下、抜粋です。

   -上祐氏自身は、いつごろからオウムの洗脳が解けたと思いますか?

   「私は、麻原の神秘体験にははまったのですが、その一方で、社会に弾圧される麻原がキリストになるという麻原の予言には、疑問を感じていました。そして、麻原の予言していたハルマゲドンがハズレ1997年くらいから、それが表面化しました。麻原に対する絶対的な見方が崩れ、少しずつ相対化されていきました。そして、その後、10年かけてようやく抜け出すことができました。」


(7)『実録死刑囚--誰も書けなかった"13階段"の真実』
   ミリオン出版(2011年6月27日)

   上祐が、「上祐史浩 かつての師、麻原彰晃死刑囚を語る」と題して、麻原の問題や、日本の死刑制度について語ったものです。以下、抜粋です。

   --2006年に麻原の死刑が確定しました。それは妥当で、刑は執行されるべきでしょうか?

   上祐:妥当で、執行されるべきでしょう。検察の主張した通りですし、現行法規に照らし合わせたら死刑という選択肢しかあり得ない。ほぼ共犯の人たちの裁判も終わっていますから、執行時期としても頃合です。何よりも、これで被害者の方々はわずかながらでも心の整理がおできになるのではないかと思います。

   --それは法に照らし合わせた上での判断ですよね。上祐さんの心情的には本当にそう思われているのですか。

   上祐:私が彼のことをかつての師として見ていたときと、ひかりの輪の代表として自立してから見ていたときとではだいぶ印象は変わっています。
当時は麻原のカリスマ性や超能力に魅かれていましたが、今は、要するに麻原という人物は、子どもの頃からの深い精神の歪みによって、被害妄想、誇大妄想に陥り、ああいう人格になった病理的な人だったんだなと分かりました(p.56)


(8)『オウムを生きて--元信者たちの地下鉄サリン事件から15年』
   サイゾー:青木由美子編(2010年3月11日)

   「ひかりの輪」会員2名がインタビュー協力したもので、麻原・オウムの過ちについて克明に語っています。


(9)『図説 宗教と事件』学習研究社(2009年08月31日)

   広末がインタビューに答え、「ひかりの輪」で行ってきたオウムの総括に基づいて、なぜ当時のオウム信者らが麻原に追随していき、あのような事件を起こしたのか、そして「ひかりの輪」が何を目指しているのか等について述べています。

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5 テレビ・ラジオ番組での麻原等の批判━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(1)2012年4月16日 BSスカパー!『BAZOOKA!!!』

   上祐は、かつてオウム信者が、麻原による選民思想、終末思想、薬物体験を通じて、麻原に洗脳されていった過程を話した上、「最終的には、今まで考えていた『教団は神聖な神の集団で、日本は悪業多き魂だ』という麻原の教説が、自分にとっては虚説に思えてきました」と述べるなどして、麻原・オウムを批判しました。

(2)2012年5月26日~27日 NHK『NHKスペシャル「未解決事件 File.02 オウム真理教」』

   上祐は、過去の麻原信仰とオウム事件を反省した上で、「本来その時、警視庁に飛び込んで麻原と戦うということをやらなきゃならないのが日本市民」などと述べて、麻原・オウムを批判し、事件の真相について詳細を語りました。

(3)2012年6月17日 読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』

   上祐は、「オウム真理教事件」をテーマとする番組の中で、「ひかりの輪では、オウムの反省に基づいて、オウムのような宗教を超える」、「アレフによる麻原信仰を弱めるためには、麻原の死刑執行を早くすべきである」等と述べて、麻原・オウムを批判しました。

(4)2012年6月28日 朝日放送『キャスト』

   上祐は、ノンフィクションライターの藤井誠二氏のインタビューに答え、麻原・オウムの修行の問題について述べ「錯覚、盲信、マインドコントロールの部分が多かった」と述べ、いまだ呪縛から解き放たれないアレフについて、「アレフのような宗教をなくしたい」と述べ、麻原・オウム・アレフを批判しました。

(5)2012年7月3日 BS11『本格報道INsideOUT』

   上祐は、「強制捜査から17年 オウム真理教は何だったのか」というテーマ番組の中で、「麻原は教祖の頃から、誇大妄想、被害妄想の一種の人格障害で、現実逃避して裁判から逃げている」「事件の反省ができない人格障害」と述べ、麻原・オウムを批判しました。

(6)2012年11月25日 読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』

   上祐は、麻原やオウム事件を徹底的に批判・総括した前記の著書『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を番組中で紹介し、同書の趣旨を述べました。

(7)2012年11月29日 フジテレビ『スーパーニュース』

   上祐は、「アレフに若者が入信する理由として、アレフが入信希望者に『10万人に1人の魂』と言って称賛する等の勧誘手口を使っている」と述べて、アレフの勧誘手口を告発しました。

(8)2012年12月29日 テレビ朝日『追跡! あのとき何が? 列島事件簿2012』

   上祐は、オウム事件の背景について、「麻原が伝説の高僧であるかのような妄信、陰謀論やオカルト的思想の妄信があったことを反省しなければならない」と述べました。
また、
   「本来はどこかで麻原と決別して警察当局とともに麻原を告発して極刑に追い込んで教団を壊滅させなければならなかった。......いつかはしなければならない」
   「オウムのテロの再発を防ぐ根本的な方法は、麻原の死刑」
   「ひかりの輪の指導員は早期の(麻原の死刑)執行を望む者が多い」
とも述べ、麻原・オウムを批判しました。
   また、『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)も、番組の中で取り上げられました。

(9)2013年2月7日 テレビ愛知『山浦ひさしのトコトン!1スタ』

   上祐は、「元オウム最高幹部・上祐史浩がすべてを語る!--オウム事件の真相、そして今」という特集番組で、ジャーナリストの有田芳生氏・江川紹子氏と、18年ぶりに対談し、麻原やオウム事件を徹底的に批判・総括した前記の著書『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を番組中で紹介し、同書の趣旨を述べました。
   すなわち、オウム事件の背景には、麻原の作った「被害妄想、誇大妄想の信仰があった」と述べるとともに、「麻原の死刑を待っている」「いまだ麻原信仰を維持しているアレフの解体・解消に向けての努力をしていかなければならないと思っている」と述べ、麻原・オウム・アレフを批判しました。

(10)2013年5月17日 日本テレビ『news every』

   上祐は、麻原やオウム事件を徹底的に批判・総括した前記の著書『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を番組中で提示し、「オウム問題の清算に尽くしたい」と述べました。

(11)2014年2月21日 東海テレビ『スーパーニュース』

   上祐は、大谷昭宏氏と公判進行中の平田信被告の事件に絡み、「一連のオウム事件とは何だったのか? なぜオウムに人々は熱狂してきたのか?」について対談し、アレフが入信者を勧誘する手口について、
   「彼ら(入信者)がアレフの覆面ヨガ教室などに出会った時に非常に称賛される。『10万人に1人だ』とか褒める」
   「アレフは最初アレフと言わない。そこで輪廻転生とか麻原の名前を言わず『グル(尊師)が必要だ』と言う。その後にアレフと明かして入信させていく」
と述べて、アレフを告発しました。

(12)2014年6月30日 テレビ朝日『スーパーJチャンネル』

   上祐は、「麻原が死刑になるのが、アレフ信者にとっては、その盲信から解放されるので、重要なポイントになる」と述べ、麻原・アレフを批判しました。

(13)2014年9月30日 テレビ東京『NEWSアンサー』

   上祐は、「(麻原は)信者を集めるカリスマ性の裏側に、被害妄想、誇大妄想の精神病理があった」と述べ、麻原・オウムを批判しました。

(14)2014年4月20日 BS11『BS11ウィークリーニュースONZE』

   広末は、「ひかりの輪」の活動について、「オウムの間違いを繰り返さないために、オウムの失敗を整理した上で、それを乗り越えるものをやっていきたい」と述べ、麻原・オウムを批判しました。

(15)2014年6月25日 NBS 長野放送 「スーパーニュースFNN」

   宗形は、「入信...脱会・懺恨の日々 松本サリン20年」という特集番組にて、7年前にアレフを脱会、オウムと決別し、オウム真理教時代の自己中心性や、麻原に依存した愚かさを振り返り、オウムでは麻原から薬物人体実験を受け、死んでいたかもしれないことや多くの人を苦しめた麻原への憎しみ、事件に関わっていずとも、加害者側にいた自分を責める気持ちが消えないこと、脱会までの道のりなどを語り、麻原・オウムを批判しました。

(16)2014年6月25日 TSBテレビ信州「報道ゲンバ」

   宗形は、「松本サリン20年 オウム真理教の現在」という特集番組の中で、
「一連の事件に関わらず、オウムの犯行を知らなかったが、一連の事件の事実や、なぜ事件が起こったか、教訓を残してい賠償していきたい」
「麻原について、一人の人間が教祖になり、自己を特別な存在と錯覚し、他を排除する心が暴走に至った。二度と事件が起きてほしくない」などと語り、麻原・オウムを批判しました。

(17)2014年6月26日 NBS 長野放送 「スーパーニュースFNN」

   宗形は、「松本サリン事件から20年--決別と償い...元信者は今」という特集番組の中で、松本サリン事件の被害者・河野義行さんご夫妻の出会いや、オウムでの経験を総括した拙著を2010年に出版し、その印税を賠償にあてたことや、現在、アレフ信者の脱却支援をしていることなどを語る中で、麻原・オウムを批判しました。

(18)2013年6月14日 文化放送『田原総一朗 オフレコ!スペシャル』

   上祐は田原総一朗氏と対談し、上祐や信者らが、なぜオウムに入ったのか、その個人的背景のみならず、バブル絶頂期だった当時の社会的背景にも論及がなされました。
   そして、オウムが徐々に過激化し、その流れに多くの信者が乗って、重大事件にまで至った経緯は、かつての日本が無謀な戦争に突き進んでいったプロセスに似ていると、田原氏との見解が一致しました。
   そして、麻原回帰を進めるアレフの危険な現状、それを食い止めようとする「ひかりの輪」の活動、さらには宗教論・哲学論にまで話は深まりました(この対談が後に、田原氏との共著である前記『危険な宗教の見分け方』の出版につながりました)。

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6 新聞・雑誌インタビューでの麻原等批判

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(1)『信濃毎日新聞』(2014年6月27日)

   上祐のインタビュー記事で、オウムの元幹部として被害者らへの謝罪の意を示し、麻原については、「現在に至る結果は、支配欲が強かったことによる自業自得」と批判しました。

(2)『産経新聞 関西版』(2013年7月25日・26日)

   上祐はインタビューに答えて、「アレフで麻原はすでに『イエスを超えた不死身の救世主』として神格化されており、死刑執行せずにアレフの信仰を助長すれば、法治国家の基本を揺るがします。真相を聞きだそうとして治療するのは、外で洗脳される信者のことを考えない幼稚な判断では、と思います」などと述べ、麻原の死刑執行を主張し、批判しました。

(3)『週刊SPA!』扶桑社(2014年11月18日号)

   上祐はインタビューに答えて、「オウムでは麻原は妄想的な主張をし、信者は手柄を立てたいがために付和雷同し、手段を選ばず突っ走った。」などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

(4)『日本のタブー The Max』ミリオン出版(2013年5月27日発売)

   上祐はインタビューに答えて、
「アレフはこのままだと、「自分たちの信仰が奇跡を起こした」という盲信の絶頂に至る恐れがある訳です。
彼らがそう考えているとしたら、社会がやるべき事は何か。
   それは当然、麻原の死刑をキッチリ勇気を持って執行することでしょう。
   しかしアレフの密かな盛り上がりを理解できず、法務大臣・法務省が細かい事に拘って死刑をためらうと、それはアレフを利する事になります。
   平田の出頭が教団の指示かどうかについては捜査を見守るしかないです。
   でも私の想像というか、当時の状況を考えれば、教団が陰で支えていた証拠は出てこないと思います。でもよく落ち着いて考えれば、出頭が死刑の遅延に繋がるとしたら、その前にビシッと執行しなかったからですよね。
   それに事件について平田との直接の関係は麻原ではなく、井上です。
   だから今だって麻原の死刑はできる。後は法務大臣が勇気を持ってやればよいと思います。
   結局、法務省が毅然とした態度をとれば問題は解消する。平田が、誰かの指示で出頭したのかしてないのか、証拠もなしに議論しても仕方ない。私は法務省・法務大臣を信じる立場なので、しばらくすると、死刑執行になるのではないかと思っています。」
などと述べ、麻原を否定し、死刑執行を主張しました。

(5)『ケサランパサラン』Vol.14(2013年3月9日配信)

   上祐はインタビューに答えて、
「最初は自己保身ではなく、自己愛自己特別視だと思います。自己特別視から、自分たちを認めない外部社会に対して、「それは社会がおかしい」という感情が強くなる。そして被害妄想がエスカレートして、結果的に自己保身も強くなっていくのではないでしょうか。それが特に強かったのが麻原です。
   彼(麻原)は幼少期から青年時代にかけて、自分の価値を認められなかったことが、人格形成における歪みの根底になっていると思います。」
などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

(6)『circusMAX(サーカスマックス)』KKベストセラーズ(2013年2月号)

   上祐はインタビューに答えて、
「彼(麻原)には誇大妄想と被害妄想の精神病理がありましたが、無知だった私たちはそれに感染し、増幅してしまったのです。オウムの一部には、洗脳やマインドコントロールがあったと思いますが、全体としては、麻原の盲信に信者が感染・共鳴した部分が大きいと思います。」
などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

(7)『週刊SPA!』扶桑社(2012年6月26日号)

   同誌は、「事件から17年...。かつて教団の中枢にいた上祐史浩氏は何を思うのか? 麻原と決別し、現在「ひかりの輪」代表を務める彼を直撃した。逃亡犯が相次いで逮捕されているが、どういう心境か。」として、上祐にインタビューしました。上祐は、
   「私も無関係ではありません。私はサリン事件の刑事責任はありませんが、当時の教団内の地位は菊地や高橋よりも高く、教祖の武装化の考えを彼らよりよく知っていた。彼らは全体をよく知らずに、サリンを作ったり、運転手をしたりして、刑事責任を負い、不遇な人生を送ることになりました。私は自分の道義的責任を自覚し、彼らのことを心に留め、彼らの分まで、賠償など罪滅ぼしをしなければならない。それが私に課せられた十字架だと思います。」
と述べて、事件を批判しました。

(8)『週刊SPA!』(扶桑社)2012年12月18日号

   上祐は、有田芳生氏と同誌で対談し、
「アレフの問題が解決して、麻原の死刑が執行されれば、新たなテロの可能性は根絶します。そうすれば、賠償の問題は残るにせよ、オウム問題の一定の清算にはなると思っています。」
などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

(9)『女性セブン』2012年6月28日号

   宗形は、オウム・麻原の問題を訴える雑誌企画で、麻原の「女性支配」の方法についてインタビューに答え、
「オウムには『女性は男性よりカルマ(人が持つ"業")が悪い』という教えがあり、女性信者はどんどん卑屈になっていきました。そんななか、麻原が『女性が修行を進めるには、自分に愛着するのがいちばん早道』『自分のエネルギーで女性を浄化する』といいだし、女性信者たちは麻原との性行為をイメージする瞑想を行うようになったのです。」などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

(10)『週刊朝日』(朝日新聞出版)2012年6月29日号

   上祐は、「上祐史浩が語るペテン師麻原の知られざる正体」と題する雑誌企画にて、インタビューに答え、
「問題は、教祖自体が社会に対する被害妄想や、自分はキリストなんだという誇大妄想にどっぷりつかっていたこと。そして、信者には絶対的な帰依を説き、自分の理性を捨て非合理的な指示に従うことこそが、己を捨て、悟りを開く修行だと強調し、信者がそれに従ったことです。さらには、神秘体験から輪廻転生を絶対視し、殺しても来世があるとして、生命を軽視したことも事件の一因にありました。(中略)オウム人から日本人に完全に戻るのに、私は10年かかりました。『ひかりの輪』は特定の個人を崇拝しません。オウム時代の教材はすべて破棄しました。」
などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

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7 講演・トークショーでの麻原・オウム・アレフ批判
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(1)2010年7月21日「平野悠の好奇心・何でも聞いてやろう『オウムって何?』」

   上祐史浩と広末晃敏が、平野悠氏(ロフトプロジェクト社長)、鈴木邦男氏(一水会)、岩本太郎氏(フリーライター)と公開対談を行い、「麻原を神と思ったことは間違いだった、麻原の人格に問題があった」などと麻原を批判しました。
   また宗形が著書『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館)の出版報告をし、麻原とオウム真理教の信仰から抜けだした過程と、麻原の問題の告発書である旨述べました。

(2)2010年12月13日 「プチ鹿島・居島一平の思わず聞いてしまいました!!4」にゲスト出演

   上祐は、プチ鹿島氏らとの対談の中で、オウム問題を振り返り、麻原の誇大妄想・被害妄想的で自己中心性等を批判しました。この対談内容は、前記の書籍『思わず聞いてしまいました!!』に収録されました。

(3)2010年4月25日「自己反省法"内観"によるオウム問題の解決」を広末が市民団体で講演(東京都内の公共施設にて)

   広末は、「東京セルフ研究会」という30年以上の歴史を持つ市民団体の研修会に講師として招かれ、講演した。自己反省法「内観」を自らが行った体験や、「ひかりの輪」の多数の会員に指導して得られた効果を報告し、内観がオウム事件の反省と総括、再発の防止に極めて有効であることを話し、オウム・麻原を批判しました。

(4)2011年1月12日「上祐史浩×ターザン山本×吉田豪×プチ鹿島の『新春時事放談』」(新宿・ロフトプラスワンにて)

◎上祐の麻原批判の一部抜粋
   「私が思うに、麻原の精神構造ですが、ある意味じゃ、卑屈、恨み、被害妄想、誇大妄想になっていくパターン、あれは形を変えると秋葉原の加藤くんに非常に似ていると思いました。規模は違うけど。」「麻原は日本の王になるという妄想を抱いたけど・・・」

(5)2012年10月8日「鈴木邦男ゼミin西宮 第13回」 鈴木邦男氏と兵庫県の西宮市内で対談

   上祐は、オウム事件を引き起こした麻原彰晃の異常心理や、そのような心理を生み出すに至った麻原の生い立ち、そして、それに多くのオウム信者らが付き従っていった理由等について述べ、麻原・オウム批判しました。

(6)2012年10月11日 ザ・グレート・サスケ氏(プロレスラー・元岩手県議会議員)と上祐が公開対談(新宿ロフトプラスワン)

   麻原とオウム真理教の被害妄想・誇大妄想・オウム信者が麻原を盲信・狂信した問題について語りました。

(7)2012年12月3日 ニコニコ動画『あの頃、僕もサブカルっこだった~上祐史浩、17年目の告白~』
   上祐が中森明夫氏・北條宗親宮司と対談

◎上祐の麻原・オウム批判の一部抜粋
   「麻原は、現実と空想を混同する性格を持っていた。」
   「マインドコントロールというより、誇大妄想を麻原が抱いていて、自分が感染していった、盲信の感染、誇大妄想の感染、そういうような感じをうける」

(8)2013年1月22日『オウム事件17年目の告白』出版報告トークライブ
   上祐が鈴木邦男氏・有田芳生氏と対談

   上祐は、有田芳生氏、鈴木邦男氏と対談し、麻原とオウム批判の自著について紹介しました。有田氏との対談では、長官狙撃事件いついて、2010年に警視庁の発表がなされた時から、こうした無理な断定的な発表は、長官狙撃事件だけでなく、サリン事件を含めてオウム事件を陰謀であると主張して布教しているアレフを逆に利することになるのではという危惧があったと、アレフ問題について批判しました。

(9)2013年3月6日 『オウム事件 17年目の告白』出版報告トークライブ
   上祐がジャーナリスト・元『噂の眞相』編集長の岡留安則氏と対談
   (沖縄のトークライブハウス「groove」にて)

   上祐は、書籍にも記した麻原やオウムの問題の総括や、現アレフの問題点、そしてカルトや宗教に関する社会問題などを語りました。

(10)2013年4月18日「上祐史浩×森達也監督 映画『A』上映後スペシャルトーク」(東京・東中野の映画館「ポレポレ東中野」にて)

   地下鉄サリン事件後のオウム真理教関係者を描いた映画『A』(森達也監督)の上映後、上祐と森監督が約1時間にわたって対談しました。上祐は、逮捕後の麻原について、「麻原の裁判の傍聴は1回行った。(その時に麻原を)見た印象は一言でいうと「異様」。廃人のようだった。」として、麻原を否定・批判しました。

(11)2013年6月15日「占いオカルト談義イベント」に宗形真紀子が出演
(新宿の会議室にて)

   宗形は、ゲストの占い師や霊能者作家と対談し、麻原が、傲慢で自己中心的で、誇大妄想的だったかと否定・批判し、麻原やオウム真理教の修行の問題点を指摘・批判しました。麻原のようにならないためには、人格を磨いて謙虚に生きる工夫が必要だと語った。

(12)2014年2月1日・15日 女優・深月ユリア氏ネットラジオ「呪術師ユリア☆生贄の時間」上祐が深月氏と対談

   上祐は、深月氏との対談の中で、アレフが「麻原回帰」していることや、オウム事件は陰謀だと信じていることなどに加えて、
「アレフは自分たちの巡り会った人達、書店キャッチでも覆面ヨガ教室でもいいんですけど、非常に褒めます。10万人に1人の魂であるとか、前生からの修行者で非常に徳の高い人であるとか。自分たちがすごいと思っていますから、神の集団として、それに縁のあった人もすごい。自然にそうなってしまうんですよね。」
などとアレフの勧誘手口を語り、カウンセリングでアレフからの脱洗脳をしているなど、アレフの問題を指摘し、批判しました。

(13)2014年3月13日「家入一真×上祐史浩『リアルお悩み相談室 vol.3』」
上祐が家入一馬氏と公開対談。(新宿・ロフトプラスワンにて)

   上祐は、家入一真氏(若手実業家で都知事選にも出馬)と対談しました。田原総一郎氏と上祐の『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)を読んだことをきっかけとしての対談となりましたが、上祐が、「オウムは最大のカルト」などと語り、麻原・オウムの批判・自己の反省などを述べました。

◎トーク後の、家入氏の感想の一部(同氏フェイスブックより)
   「オウムがやったことは許されることではない。だけど上祐氏は謝罪をことある事にされてますし、罪を背負って生きています。社会的制裁が僕らのやるべきことでしょうか。大事なのは社会的制裁や断罪では無く、オウム以後の宗教について、そしてこれからの社会や日本について、傾聴し、対話し、ひとりひとりが思考していくことではないでしょうか。」

(14)2014年6月24日「飛松塾in姫路」
   上祐が元兵庫県警刑事・飛松五男氏の招待を受け姫路で対談・講演
   さかはらあつし氏(地下鉄サリン事件被害者・映画監督)とも対談

   上祐が、「オウム真理教ならびに、その事件の反省・教訓」と題して講演しました。配付した資料をもとに、オウム事件の事実関係や、その原因(①教祖の絶対視、②教団を善・社会を悪とした世界観、③根本原因として、教祖・弟子・信者の未熟な自尊心など)、そして、それらの原因を踏まえた反省に基づく「ひかりの輪」の取り組み等を、詳しく話しました。
   その後、地下鉄サリン事件の被害者でもある映画監督・作家のさかはらあつし氏も加わっての対談となりました。

(15)2014年10月21日鈴木邦男シンポジウムin札幌時計台」第11回
   上祐が鈴木邦男氏(一水会最高顧問)と対談。

   上祐が『今、語るべきこと』と題して、「オウム真理教・麻原彰晃とはなんだったのか? オウム事件とはなんだったのか? オウム真理教との関係はどう変化しているのか?オウムを脱会した後に、代表を務めるひかりの輪とは?」
等の内容について、麻原・オウム真理教の問題点を広範に指摘し、批判しました。

※その他の2014年以降の上祐やスタッフのマスコミ出演、インタビュー取材、対談、講演などにつきましては、以下の記事ご覧ください。

●上祐のマスコミ・ネットへの出演等
●上祐のトークイベントでの対談・講演等

●スタッフのマスコミ・ネットへの出演等

●スタッフのトークイベントでの対談・講演等

 

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