仏教思想
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仏教・ヨーガを科学する

宗教体験を科学する ~脳神経学の知見~

この内容は、ペンシルバニア大学教授のアンドリュー・ニューバーグ氏とペンシルバニア大学精神医学の助教授ユージーン・ダギリ氏の宗教体験・神秘体験の神経学的研究をもとにしたものである。


1.神秘体験は科学的に観測できる生物学的な過程

SPECT装置という画像診断装置によって脳の神経活動を調べるという実験がある。脳の血流の分布が写され、脳の活性化のレベルがわかる。血流が増大していれば、その領域がさかんに活動していることになり、血流が減少していれば、活動も低下しているということである。

この装置を使い、瞑想状態の脳の活動を調べた。チベット仏教徒である瞑想者が瞑想のピークに近づいたら、そのことを合図で観察者に知らせることで、深い瞑想状態のときの脳の活動を計測する。
その結果、上頭頂葉の後部(頭頂連合野)の活動が低下していることがわかった。このことは、たいへん興味深いことだという。なぜなら、頭頂連合野はいかなるときも活動を続けているということがわかっているからだ。そこの活動が低下したのである。また、前頭前野の活動が活性化したこともわかった。宗教的体験において、前頭前野の活動が高まっていることは多くの研究で明らかにされている。前頭前野は、思考、計画、意志(意思)に関与する。
また、頭頂連合野の活動の低下が大きいほど、前頭前野の活性化も著しいという相関関係があることもわかった。このことは重要である。その説明は後ほどおこなう。

頭頂連合野の主な働きは、空間の中で自分自身の位置づけをすることで、自分と自分以外のものに境界線を引き、自分と自分以外のものを区別するというものである。この働きが低下するということは、自分と自分以外のものを区別する感覚が弱まるということである。
このことは、瞑想者たちが語るそのときの意識状態の表現と一致している。それは、「自分が、存在するすべての人、全てのものの一部になったように感じる」「時間を超越し、無限がひらけてくるような感じ」という言葉からわかる。意識が静まって、不安、恐怖、欲望など日常に心を占めている雑念を捨て去った後に残る何かこそ、本来の自分であり、これは孤立した存在でなく、万物と分かちがたく結ばれているという直観であるという。

この実験は8名のチベット仏教徒に行い、その後、フランシスコ修道会の修道女が祈りをささげているときの状態を同じ方法で調べた。その結果、祈りによって深い宗教的境地に達したときの脳には、瞑想中の仏教徒と同じ変化が起きていた。仏教徒との違いは、「触れられるほど近いところに神がおられる」「神との合一」などと表現することだ。仏教徒は、自他の区別がなくなる体験であり、修道女たちは、人格神のイメージや表象は残っている。この違いはどういうことなのかは、瞑想の種類の違いと神経学的脳の働きの違いであるということに留めておく。

被験者は頭頂連合野が損傷を受けたり、機能不全を起こしたりしているわけでもないということだ。

この実験は、古くから神秘家たちが語ってきた体験が脳の活動と結びついていることを示唆する。神秘体験は、観察できる脳の神経学的な過程であると言えそうだ。

瞑想体験が観察可能な神経活動と関連づけられるからといって、その体験がリアルでないことの証拠にはならない。体験はすべて脳の中の体験だが、私たちの日常生活の体験もすべて脳内の体験であり、それは同じである。脳内の体験イコール外界に何も存在しないということではない。ご飯を食べるとき、味の感覚、美味しいという感覚も脳内での体験である。ではご飯は存在しないかと言えば、ちゃんと外界に存在する。しかし、外界に存在するものをどう感じるかは脳内の体験であって、生き物によっては、それを「ご飯」だとは感じない場合もある。よって、神との合一という体験が脳内の体験であるからと言って、それは、神の存在を否定するものでも肯定するものでも、いずれでもない。


2.宗教的体験に関係する脳の器官

(1)脳の構造

ヒトの脳の表面は、大脳皮質と言い、高次の認識機能を司っている。大脳皮質は左右の半球に分かれている。そして、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉という4つの部分からなっている。前頭葉は意志や思考などに、頭頂葉は視覚による位置の弁別、身体定位、後頭葉は視覚、側頭葉は言語や概念思考に関わっている。
大脳より内側には、視床、視床下部、海馬、扁桃体などの大脳辺縁系がある。これらは動物として生存していくために必要な古くからの機能を担っている。それぞれの機能は以下のとおりである。
① 視床:嗅覚以外の感覚入力を大脳皮質に中継する役割
② 視床下部:自律神経系や内分泌系を全体として総合的に調節する
③ 海馬:短期記憶や情報の制御する
④ 扁桃体:感覚刺激の重要性の価値判断を行う。
※各器官の詳しい説明は後ほどする。

(2)宗教的体験に関係する連合野

連合野とは、大脳皮質の運動野、視覚・聴覚・味覚・嗅覚などの感覚野の周辺にあって、関係のある他の神経中枢と連絡をとって種々の情報を統合し、より高次な精神機能を営む神経中枢の総称をいう。
頭頂葉の後部にある頭頂連合野、前頭葉の前部には前頭連合野、側頭葉の真ん中には側頭連合野、後頭葉の下部に後頭連合野がある。

これらの連合野のなかで頭頂連合野、前頭連合野、後頭連合野の働きと、神秘体験との関連をみてみる。

①頭頂連合野
視覚、聴覚、触覚などの感覚情報を受け取り、それらの情報にもとづいて身体感覚を作り、空間内での体の位置づけを行う。左脳の頭頂連合野は、物理的身体の感覚を生成し、右脳の頭頂連合野は、身体を位置づける土台となる空間の感覚を生成する。自分の身体感覚を得、空間内で自分の体を位置づけることで、自分と自分以外のものに線引きをし、自分と自分以外を区別することになる。
神秘体験において、自己や自我、時間や空間の変容をともなうことが多いことから、頭頂連合野がそれらの体験に関与していると考えられる。先に紹介した、チベット仏教徒たちの瞑想と修道女たちの祈りの実験結果もその事例である。

②前頭連合野(前頭前野)
複雑な身体運動の統合、目的を達成するための行動の制御に関して重要な役割をしている。意図的な行動を行ううえで、前頭連合野の役割は大きい。何かをやろうとするときに集中できるのは、この連合野が余計な感覚入力を排除し、目的に集中させているからであることがわかっている。また、前頭葉は大脳辺縁系と関連して情動の処理や制御に関わっていて、複数の相互作用があることもわかっている。
一定の瞑想状態のときの脳では前頭前野の活動が高まっていることが多くの研究でわかっている。

③後頭連合野
視覚情報を処理し、他の部位からきた情報と関係づける働きをしている。この領域に損傷を負うと、友人や家族を認識できなくなったり、鏡に映った自分の顔もわからなくなる人もいる。ものを見る能力には問題がないが、視覚情報を情動や記憶と照合し、意味の中に位置づける能力が損なわれているのだ。
神秘体験におけるヴィジョンやイメージに関係していると思われる。その根拠の1つとして、後頭連合野に電気刺激を加えると、被験者はさまざまな視覚体験をするということがある。この連合野は記憶貯蔵庫と密接に結びついているので、神秘体験のときには貯蔵されているヴィジョンが想起されているのかもしれない。

(3)大脳辺縁系

大脳辺縁系は、喜怒哀楽などの情動を司っている。この部分は多くの動物にもあり、原始的な恐怖、攻撃性、怒り、喜びなどの情動が喚起される。人間では、この原始的な情動は大脳皮質の高次の認知機構と統合され、多彩な感情として表現される。

大脳辺縁系は神秘体験とも関係しているようだ。大脳辺縁系に電気刺激を与えると、幻覚、体外離脱体験、デジャブ、錯覚などを引き起こすことが確認されている。また、大脳辺縁系へ神経インパルスの流入が遮断されたときにも幻視を引き起こす場合があることも確認されている。このような大脳辺縁系は「神への伝達装置」とも呼ばれることがある。

大脳辺縁系の主なものは、視床下部、扁桃体、海馬である。では、順に説明していく。

①視床
視覚、聴覚、体性感覚などの感覚入力を大脳新皮質へ中継する機能を司る。

②視床下部
自律神経系には重要な役割が多くある。自律神経を制御する働き、生殖・生存に関わる各種ホルモンの調節、怒り、恐怖、喜び、恍惚状態などの情動の喚起などの働きがある。視床下部を経由して脳と自律神経は情報を相互に伝え合って身体の機能を調節している。
宗教的体験と視床下部との関連は、瞑想時に確認されているホルモンの分泌の変化から推測できる。瞑想によって、バソプレシン(血圧の調節に関わるホルモン)、甲状腺刺激ホルモン、成長ホルモン、テストステロン(男性ホルモン)などの分泌が変化することが確認されている。これらのホルモンは、視床下部が調節に関わっていることがわかっている。このことから、宗教的体験をするときに視床下部が関わりをもっていると考えられる。

③扁桃体
情動反応の処理と短期的記憶に主要な役割をしている。交感神経に関与していて、興奮状態の時は扁桃体が活性化していることが確認されている。
扁桃体は、ニューロンのネットワークにより脳の他の領域と密接に結ばれていて脳全体の感覚刺激を監視している。脳が受け取る膨大な感覚刺激が重要なものであるか、ないかの判断をし、生存に関わると思われる感覚刺激に対して注意を向け行動を起こす準備をする。つまり、身に危険があると判断すれば、視床下部を経由して交感神経に伝え、闘争・逃走反応を引き起こす。

④海馬
扁桃体と相補的に活動し、興味ある感覚刺激に注意を向けさせたりしている。また、視床と協働し、大脳皮質への感覚入力の流入を遮断することができる(求心路遮断)。自律神経が喚起した抑制系や興奮系の反応を調節したり、脳の他の部位を調節して精神状態に影響を与えている。脳の安定を維持する海馬は、興奮系や抑制系の偏りを調整しようとする。そのとき起こるのが、求心路遮断である。求心路遮断して(感覚情報の流入を遮断して)偏りを調節するのだ。

求心路遮断の影響は、頭頂連合野においては、入ってきた感覚情報から自分の身体感覚を得、空間内で自分の体を位置づけ、自分と自分以外のものに線引きをし、自分と自分以外を区別するという頭頂連合野の働きが損なわれるということである。自我が消滅し、大きな存在の一部であるという神秘的体験を神経学的に説明するうえで、頭頂連合野が受ける求心路遮断の影響は重要だ。

情動を司る大脳辺縁系は、脳の他の部分と密接に相互作用し、高次の精神状態に影響を与えている。宗教的体験による畏敬の念、歓喜、慈しみなどに関与していると考えられる。

 

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