瞑想ツール
ひかりの輪で活用している仏教法具や、癒し・ヒーリングをご紹介します

瞑想音楽(試聴あり)

♪「水の神」


                    作曲/宗形真紀子

この歌は、水の中にある「水の神」としての性質を歌ったもので、思いもよらず、できることとなりました。
歌詞がついている歌では、ひかりの輪となってはじめてできた歌でした。

最初に、少しの歌詞とメロディが生まれました。
昨年、水の神である弁財天を祀る、天川弁財天社を訪れたとき、上祐代表と小林由紀さんたちと一緒に、天の川のほとりで、エメラルドグリーンの色をした天の川の水の流れを長いこと眺めて、水について考えていました。

そのあとに、後日、メロディが歌とともに湧き出て聞こえてきました。10分かからず歌ができていました。それを音楽家の友人の小林由紀さんに歌って聞いてもらったら、意外にも、「いい曲だね!ちゃんと歌になっている」と喜んでくれたので、楽譜に落としてもらい、曲となりました。(私は楽譜も書けない)


川から歌が聞こえてきたのは思いもよらない出来事でしたが、作曲といっても、天の川から聞こえてきたのを記録しただけでした。

歌詞は、上祐代表はじめての作詞となりました。
水の「流れる神」「はぐくむ神」「清める神」といった性質が歌詞になっています。
歌のできるきっかけとなった川・天の川は、銀河を意味するように、水は、大地だけではなく天地を巡り、大宇宙の本質を表しているというイメージが入っているそうです。

 編曲は、音楽の専門家の小林由紀さんが担当し、3人で意見を出し合いながら、コラボレーションしてできあがっていきました。

この後、もう一つ、「虹の神」という歌もできていったので、私たちはこの活動を「観音楽(かんのんがく)」と呼ぶことにし、これからも歌を作っていこうということになりました。ですのでどうぞ応援よろしくお願いします(笑)。

そういえば、この歌が聞こえてくる前に、天の川のほとりで、上祐代表のドニパトロ・ヒーリングを試しに受けていました。

 その頃は、ひかりの輪でドニパトロを使ったヒーリングを始めた頃で、上祐代表も、ドニパトロを鳴らして、いろいろと研究・思案していた頃でした。

上祐代表がいろいろ試すので、部長たちが実験台になって、みんなでドニパトロのヒーリングを受けて研究していたのですが、微細な波動のドニパトロは、心身を清める効果がありました。

私もそのときは、天河の聖地の波動や、水の流れや、ドニパトロのヒーリング効果が相まって、とても心が静まって体が楽になっていったのを覚えています。

その後、上祐代表は冷たい天の川に浸かって、禊をしていました。
今思えば、それが今の密教法具エンパワーメントのさきがけだったのかもしれません。

それと、不思議なことがありました。
小林由紀さんが、天の川に面している場所にある、みたらい渓谷をイメージして作った「みたらい渓谷」という曲があるのですが、それが、なんと、「水の神」と同じメロディが一部含まれていたのに後から気づいて、2人ですごく驚きました。

違う2人が、同じ天の川から、同じメロディを受け取っていた。
ということで、2人でとても感動して、きっとこれは、天の川からのプレゼントだね!とうれしくなりました。

そんなことも合わさって、水の歌が聞こえてくる前から、上祐代表と、私と、小林由紀さんは、コラボレーション(=観音楽)していたんじゃないかと思います。

ところで、今でも不思議に思っているのですが、実は私は、この「水の神」の歌に救われた面があるのです。

私はオウム事件の後からずっと、ある意味精神が死んだようになっていたところがあり、特にひかりの輪となって、オウムの総括=自己の総括を進めていくなかで、内面を鋭くえぐっていくなか、ますます精神(エゴ・自我)が死んだようになっていき、連動してか、体もかなり弱っていっていました。そのため仕事もできなくなり、療養に入らざるを得なくなってしまいました。

  ちょうど、天河へ行ったのはその頃で、天の川の流れを見つめながら、自分の苦しみはそのままでしたが、そのことではなく、水のことをずっと考え続けていました。

そのあと、何日かして、天の川で撮った写真を見てそのことを考えていたら、メロディが沸き起こって聞こえてきて、歌になっていました。

 そのときに、なぜか、「(死んでいた自分が)少し生まれた」ように感じました。同時に、「(死んでしまうわけではなかったのですが)これで生きていけるかもしれない」と感じました。

なぜか、死んだようになっていた自分が少し生まれ、赤ちゃんのようになって歌といっしょに生まれ出たように感じていました。

その後、精神的に死んでいた自分が少しずつ生まれていき、実際にだんだん生き生きとしてきて、体も治っていくこととなり、水の神に助けられたように感じているのです。

中学入学後、どういうわけかいまだにわかりませんが毎晩霊?を見たり感じたりするようになり、実際に体もやつれて、一般的に言えば霊障?のような状態が長年続き、日常生活に支障をきたすほどの苦しみの中に入っており、その延長上でオウムに入信したともいえます。

 

   それを「魔境」と呼ぶなら、オウムに入って「魔境」から救われたと思っていましたが、オウム事件を経て今思えばオウムに入った私も「魔境」の延長上で、延長上というか、魔境がどんどん深まっていったと思っていますが、その後も私の魔境は続き、その、水の神の歌が聞こえてきたときに、やっと30年近くの長い魔境から目が覚めたような、不思議な気持ちになったのです。

水の神の歌ができた後、

「そういえば、私は宗形だった。宗形は、宗像神社の宗像と同じで、宗像神社は、水の神である市杵島姫命を祀っている。「水の神」の歌が生まれた天河の天の川のほとりの天河弁財天社は同じ市杵島姫命を祀っている。宗形は水の神と関係する名だった。

それなのに、今まで、水の神のことを忘れていた。ぜんぜん大切にしてこなかった。オウム時代は、日本の自然から切り離されていて、水の中に神がいる、などということは考えもしなかった。それはたいへんな間違いだった。水の神を忘れてはいけない。大切にしなければいけない。」

という気持ちが湧きおこってきました。

そんなことがあり、これからは水の神を忘れずに、大切に生きていこう、と思いました。

個人的なことを長々と書いてしまいましたが、水の神の歌と切り離せないことだったので書かせていただきました。

ということで、水の神の歌をご紹介します。以下、編曲担当の小林由紀さんに編曲について書いてもらいました。 



                             編曲/小林由紀

この曲は、メロディーはすでにできていて、編曲部分を担当しました。

はじめはサラッと伴奏をつけただけだったのですが、天川聖地巡礼修行で供養するために合唱をつけたり、またその歌の録音をしたりするたびに音を重ねて行きました。

天川の水から得たインスピレーションを表現するために、作曲者の宗形さんとは特にテンポについては随分と話し合いました。

CDを発売するに当たっては、より綺麗な音で仕上げるためにリミックスすることになり、代表も加わって、「観音楽」という音楽グループ(?)の誕生となりました。

代表からのアドバイスで、水についての法則をより瞑想し、まず音色を変えようということになりました。
途中で何回か3人で音を聴いて話し合いをしながら、このCDは出来上がりました。

本当はギターの音は、アコースティックギターの生音を使いたかったのですが、残念ながらギターを弾ける人がいなくて、シンセサイザーの音になっています。

これからはだんだんと生音を増やして行きたいなと思っています。


追記

実はこの曲にはロングバージョンもあるのですが、これは一度だけ天川で演奏し、録音した後に編曲データが消えてしまいました。
なので、初めに録音したものだけしか残っていない、幻のバージョンになってしまいました。。
知っている人にはわりと人気なのですが、 またご披露する機会があれば、皆さんのお耳に入る時もあるかもしれません。。 (編曲:小林)

 

◎試聴はこちらから 


水の神 

 

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