心理学と仏教

トランスパーソナル心理学と仏教

                                                                       田渕智子
●トランスパーソナル心理学の流れ

トランスパーソナル心理学は、自己を超越するという最終的な欲求が、人間の中にあるのではないかということで打ち立てられた新しい心理学です。

アメリカの心理学者マズローは心理学の「第4の勢力」としてトランスパーソナル心理学を位置づけました。

「第1の勢力」とは人間の精神の病理的な側面に注目するフロイトの精神分析、「第2の勢力」とは、人間の生物機械的な側面を追求する行動主義心理学、「第3の勢力」とは人間の潜在的可能性に着目し、自己実現をめざす、マズロー自身が唱えた人間性心理学です。

しかし、マズローは自己超越というものを中心にした心理学をつくらないと全体がみえないのではないかということから「第4の勢力」のトランスパーソナル心理学を作ったのです。

その先駆けとなったのは、他には「宗教的経験の諸相」を書いたウィリアム・ジェームス、「宇宙意識」を書いたリチャード・バック、さらには、ユング、ロベルト・アサジオリなどの研究が大きな影響を与えています。

さらには、1960年代アメリカに広まったニューエイジの流れも、トランスパーソナル心理学が発展していく大きな要因となっています。ニューエイジの土壌となっている東洋思想にもとづく修行体系や、体験的セラピーが、トランスパーソナル・セラピーに取り入れられ、融合されていったのです。

トランスパーソナル心理学会ができたときに、中心となっていたのは、人間性心理学のマズローとトニー・スティッチ、そして、チェコソロバキア出身の精神科医でホロトロピック・セラピーを開発したスタニスラフ・グロフでした。

また、トランスパーソナル心理学の理論家としては、ケン・ウィルバーが代表的な人です。
その後はユング派の学者もたくさんかかわり、人間性心理学とユング心理学の人が一緒になって新しい分野の心理学を作っていったということもいえます。


●マズローの欲求の階層論

マズローが打ち立てた欲求の階層は以下のとおりです。

1.生理的欲求 2.安全欲求 3.所属欲求
4.自己評価欲求 5.自己実現欲求 6.自己超越欲求

この6番目の自己超越欲求というのは、自己実現した人がまだそれでも満足できず、さらに高次の状態を求めるということを自己超越という言葉であらわしました。しかし、マズローは自己を超えて、どういう状態になるかということに関しては言及していません。この自己超越欲求の問題がトランスパーソナルな方向につながっていったのです。

人間のなかには一人の人間、身体と心をもった個人を超える何かがある、超えたいという欲求があるということにつながっていき、それをトランスパーソナルと呼ぶようになっていきました。


●トランスパーソナル心理学の時代背景

トランスパーソナル心理学が発達していく時代背景には、60年代に流行ったドラッグ、特にLSDが大きく影響を及ぼしています。LSDによって、人々はいままでとは全く違う意識状態を経験したのです。

 それによって、意識にはさまざまな状態というものがあるんだとわかってきました。これは、東洋の修行では知られていた潜在意識とかの存在を、西洋の人に実際体験させることができたという点では大きな出来事だったのです。もちろん今は法律で禁止されていますので大変危険な薬物であるのですが、当時は大学の学者などが研究に使っていました。

LSDを研究していたハーバード大学の心理学の教授だったリチャード・アルバートは、このLSDで得た体験は、薬が切れるとさめてしまうことから、薬を使わないでも体験できる方法を探し求め、インドに旅立ったのです。

そこでニーム・カロリ・ババというインドのヨーガ行者に出会い、衝撃的な体験をし、彼のもとで修行を始めました。

おもしろいエピソードがあります。リチャードはニーム・カロリ・ババにあったときLSDを飲んでもらったのですが、驚くことに彼の意識状態はまったく変わらなかったのです。

リチャードはニーム・カロリ・ババのもとで修行をはじめ、のちにラム・ダスという名前をもらうにいたりました。

ラム・ダスは自らの修行経験から「精神的な修行こそがLSDで体験する、ある種の至福状態を永続的に人間にもたらす方法である。」といいはじめたのです。

彼の修行体験を書いた本「ビーヒアナウ」は当時多くの人に影響を与えました。

LSDに関しては、チェコソロバキアで精神分析医をしていたスタニスラフ・グロフも注目し、それを精神分裂病の治療に使いはじめました。その流れで彼は何千もの人のLSD体験を研究することにより、さまざまな意識状態があることを知ったのです。それは、東洋思想が唱えていた世界が実際にあることを彼に知らしめました。

もう一つの時代背景として、60年代後半に東洋や西洋の神秘思想がアメリカ・ヨーロッパに数多く入ってきたことがあげられます。

日本の禅や、ヒンドゥー教系のグルたちや、タオイスト、テーラーヴァーダ仏教、さらに中国共産党の侵攻によってチベットを追い出されたチベット密教の人たちなど数多くの東洋系の宗教がアメリカなどに入ってきました。

中でも禅はニューエイジの主な人は、たいてい実際経験していたようですが、それを筆頭として数多くの西洋人が瞑想修行をするようになったようです。とくにラジニーシはトランスパーソナルセラピーにも深くかかわってきて、大きな影響を与えているようです。セラピストたちの多くがラジニーシの弟子にもなっています。トランスパーシナルセラピーの母胎であるカリフォルニアのエサレン研究所とラジニーシのアシュラムとは頻繁に交流があったようです。

このような時代背景のもとで、西洋に薬であれ、修行であれ、東洋思想の片鱗を実際体験する人が増えていったことは、トランスパーソナル心理学の発展に大きな影響を与えました。

アランワッツという人は東洋のさまざまな修行体系に関して、西洋に何か似たものがあるとしたらサイコセラピーではないかといいはじめ、そこからトランスパーソナル心理学の中に東洋の修行体系がセラピーとしてとりこまれるようになったのです。

 トランスパーソナル心理学は西洋の心理療法と東洋の宗教思想、修行体系をつなぎあわせるものだといわれています。

吉副氏は、修行をセラピーというとらえ方をすると、悟りや統一意識に到達していない人はすべて何らかの病理を抱えており、それを段階的に癒していく作業はすべてセラピーと呼ぶことができるかもしれないといっています。

そこから、座禅のようなものをはじめとして東洋の修行を実際セラピーの中にくみこんでいく発想が生まれたのです。


●トランスパーソナルセラピー

トランスパーソナルセラピーとは、伝統的な西洋のセラピーの中に東西のさまざまな瞑想法を組み合わせて行う、複数のセラピストや修行者によって提供されるものだといえます。上座部仏教の瞑想法やチベット密教の感想法やスーフィズムの修行法などもとりいれられています。

修行というものがセラピーに取り入れられるという画期的なセラピーなのです。西洋の心理療法に東洋の修行体系が組み入れられるという事実は、まさに宗教と科学の統合を示唆しているような気がします。

 また、トランスパーソナルセラピストの養成では5つの角度から教育されていますが、その中で必ず何らかの霊的修行を一つ行わなくてはならないのです。こういったアカデミックな分野で修行というものが認められつつあるのです。

トランスパーソナル心理学的な立場から吉福氏は次のように述べています。

「トランスパーソナル心理学的な目でみると、われわれは全員悟りたくないという病理を抱えていることになる。たとえば、人間誰もが仏陀になれるような潜在的可能性を秘めているのであれば、その可能性が実現されていないことにはすべて理由があって、その可能性の実現を妨げているあらゆる要因はすべて治癒、治療の対象になるともいえる。

トランスパーソナルセラピーの特徴は、何らかの本格的な修行につながる入り口を提供してくれるところにある。修行というのは一生続くものであり、それは2、3日休みをとって特定のセラピーをやるということでは収まらない。けれどもそういったセラピーを通じて何かを体験し、自分にはどういった修行がいいのかを決めて、一生その道を歩むという場合の入り口になるといわれている。」
「トランスパーソナル・セラピー入門」吉福伸逸著

このようにトランスパーソナル・セラピーは心理学という立場から、人を修行というものへ近づけてくれたともいえます。心理学的にも人間は修行をすることによってこそ、自己を超越し、究極の状態、仏陀になれるということを示唆しているのです。これは長年の心理療法の実践の経験上の言葉なのです。

■スタニスラフ・グロフの臨床例

グロフはトランスパーソナル心理学の創始者の一人であり、LSD研究からホロトロピックセラピーを開発していきました。30年に渡り、4000件のLSD体験例と2万回以上のホロトロピックセラピーの体験例を研究してきました。その膨大な臨床例に基づいて彼の理論は打ち立てられ、  臨床家の流れの頂点に立ったのです。

 グロフはLSDをセラピーに導入し、人間の無意識を深く探ることによって、フロイトの精神分析の枠組みではすべてを解決できないということに気づきました。

彼自身、最初にLSDのセッションを受けたとき、ものすごい無意識の体験をし、個人的生活と精神科医としての生活を根本から変えてしまったのです。ビッグバンを体験し、ブラックホールとホワイトホールを猛スピードで通過したりして「宇宙意識」の体験にきわめて近いことを心の中で確信したのです。
(※今は危険な薬物として法律で禁止されていますので、絶対に真似はしないでください。)

そして、この薬が精神病患者の治療に効果があるのではないかと感じました。グロフはLSDの助けをかりた心理療法のセッションでかなり特徴のあるパターンを目撃しました。服用量が少量か中量の場合は幼少年期の出来事を追体験することに限られていましたが、量を増やしたり、セッションが繰り返されると、その体験は東洋の古代の霊的な文献に書かれていることに著しく類似していたのです。こうした人々はほとんどそのような東洋  の霊的な知識はなかったにもかかわらずなのです。

クライアントは心理学的な死と再生、全人類、自然、宇宙との一体感を体験したり、過去生の体験をしたり、神や悪魔のヴィジョンをみたりしました。そして、その治療効果は以前には考えられないほどのものとなったのです。LSDが魂の新しい地図を創り出すことを可能にしたのです。

グロフは長年の研究の結果、意識や精神は全宇宙と全存在に浸透している宇宙的知性の表現であり反映であるとみなしました。人間は脳に生物コンピューターを埋め込まれた高度に進化した動物ではなく、限界のない意識の場でもあり、時間、空間、物質、直線的因果性を超えているのです。

 しかし、それは新しい発見ではなく、実は古代の叡智の再発見だったのです。シャーマニズム、ヨガ、仏教や道教の東洋の偉大な霊的哲学、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神秘主義的諸派などとの重要な類似性が見えたのです。

裏を返せば、それまで、宗教家や神秘家の専門領域だったものを、グロフは真摯な科学的考察の対象としてとらえたのでした。


●トランスパーソナルな領域での体験例

グロフのたくさんの臨床例の中で何例か特徴的なものをあげてみましょう。
まず、他との同一化があげられます。これは人間だけでなく、動物、植物、人間集団、川や海、全人類、火、山、雷、地震、地球、ダイヤモンドなど様々なものと同一化し、それらの状態を体験しているのです。

そして受胎の瞬間の体験、過去・未来の体験、祖先の体験、過去生の体験、民族的・集合的体験、ヨガのアーサナやムドラーをしたりする人、指導霊や超人間的存在との遭遇、宇宙への旅、創造者と宇宙意識の体験、超宇宙的、上位宇宙的な空の体験などがあります。
また、ナーディやチャクラ、オーラ、微細身、経絡などを体感した人もいます。


●グロフの過去生

また、過去生の存在について、グロフはその数多くの臨床例から強く確信するに至りました。
これはいままで多くの人に否定されてきた輪廻転生について、科学的にアプローチし、その存在を認めざるをえないという大きな事実なのです。

グロフ自信も何回も過去生の体験をしており、その中でも特に不思議な体験があります。

 彼が1961年にロシアに行ったとき、キエフのロシア正教の修道院、ペコルスカヤ・ラフラのことを知り、強く引きつけられどうしてもそこに行きたいという気持ちになりました。そこは訪問予定には入ってなかったのですが、どうしても行きたくなり、一人でタクシーで行ったのです。そこには数世紀の間そこで生活し、死んでいった修道士全員のミイラが並んでいました。

そして、そこにいるときにこの場所を知っているという明確な感覚を抱いたのです。そしてその中で変わった位置に手をおいた一つのミイラに出会い、不思議な感情を抱いたのです。
それから何年か後に催眠を使った前世療法で彼は過去世に遡ることになりました。

 そのときグロフは自分がロシアの少年になり、大きな家のバルコニーに祖母がいて手が不自由だったのを見ました。やがて彼は自分が顔に大きなやけどをおおい、そのせいで屈折し、満たされない思いと、みにくいやけどの痕で拒絶される苦しみを味わっているのを感じました。そして修道士になって、ペコルスカヤ・ラフラで人生を終えようと決意したことを思い出したのです。

彼は年をとるにしたがい、両手がひどく変形していきました。死んだとき不具の手は祈りの形に組むことができなかったのです。グロフがロシアで気になって見た修道士のミイラは、なんと驚くべきことに過去生の自分自身だったのです。

この前世療法でグロフは長年彼を悩ませていた官能性と霊性との間の葛藤が解消されたのでした。


●過去生の体験の効用

 グロフは過去生の体験のあと、慢性的な鬱病、心因性の喘息、さまざまな恐怖症、ひどい偏頭痛などの症状が軽減されたり、解消されるのをみてきました。そして、多くの情緒障害は、現在の人生よりもむしろ過去生の体験にその原因があり、その原因のある過去生の体験を再体験すると消滅されるか軽減されるといっているのです。

これは非常に仏教の教えに酷似しています。過去生のカルマによって病気や、心の病がおこるといわれています。

また、過去生の体験が他人も巻き込んで治癒するという例もグロフは数多くみてきました。

「私は以前、長期間の難しい敵対関係に巻き込まれていた人物を扱ったことがある。

過去生の体験をしているとき、彼はこの敵対者が遠い昔、一緒に生きていた時代に自分を殺した人間だということを知った。過去に中に入り込んで、その罪を許した瞬間、そのクライアントはこの敵対者に対する現在の生き方における気持ちが変わるのを体験した。昔の敵意や怖れが一瞬にして消え、今までとは違う角度から、その人物を見るようになったのである。

この変化が生じているとき、そのクライアントのかつての敵も、同時に、しかし、別個に地球の反対側で似たような個人的な体験をし、同じ方向に変容していたのだ。ほぼ同じ時期に、二人の人間が二人とも基本的な見方を変える体験をして、それまで敵意に満ちていた両者の関係が癒されたのである。」

                                                         「深層からの回帰」 スタニスラフ・グロフ

グロフは輪廻転生については観察可能な事実があり、西洋文化における輪廻転生に対する否定的な態度はニュートン的な科学によって強くなったが、輪廻転生やカルマを説く宗教や思想は世界中にたくさんあるといっています。

グロフは以下のような宗教をあげています。

ヒンドゥー教
仏教
ジャイナ教
シーク教
ゾロアスター教
チベット密教
日本の密教
多くの南アジアの仏教の諸派
ピタゴラス学派
オルフェウス教
プラトン主義者
エッセネ派
パリサイ人
ユダヤ教カライ派
ユダヤ人および半ユダヤ人のグループ
新プラトン主義
グノーシス派
中世のユダヤ人のカバラ的神学体系
アフリカの部族
ジャマイカのラスタファリアン
アメリカインディアン
新大陸発見以前の文化
ポリネシアのカフナ
ブラジルのアンバンダの従事者
古代ガリア人ドルイド僧
現代の西洋の神智学者、人智学者
初期の神秘的なキリスト教の一部

また、旧約聖書にも新約聖書にも輪廻転生はとかれていましたが、政治的理由から500年代にコンスタンスチヌス帝によって削除されてしまったという事実があるといっています。

こうしたグロフの研究は科学的にも輪廻転生があるという事実を提唱しつつあるのではないでしょうか。

これまで宗教でしか語られなかった分野について、一心理学者としてまじめに研究しています。しかも、LSDという薬を使用してなのです。この薬がいままでの意識よりも別の多くの意識が存在することを西洋人に経験させたのです。


●空の体験

そしてそれは、東洋の叡智と一致する点が多かったのです。本来なら、修行によってでしか体験できなかったことが、薬という科学の進歩によって、通常の人でもその体験を一瞬ですがすることができたのです。
グロフの研究では、仏教でいう空の体験例もあるのです。

「すべてのトランスパーソナルな現象の中でもっとも不可解なものの一つは、空の体験、すなわち原初の空、無、沈黙との出会いである。この途方もない霊的な体験は非常に逆説的な性質をもっている。空はあらゆる形態を超越したところに存在する。それはあらゆるものの源であるが、それ自体は他の何ものにも由来しえない。それは時間と空間を超越している。

われわれは空の中に具体的なものを一切認めることができないが、何も失われたものはないという深遠な感覚も存在する。この絶対的な空はあらゆるものを潜在的な形で含んでいるので、同時にすべての存在を孕んでいるのだ。

空は通常の因果律の概念すべてを超越する。それを体験した人はさまざまな形態がこの空から生じ、これといった明白な原因や理由もなく現象界に存在するようになるか、元型として存在するようになるという事実を鋭敏に自覚するようになる。

まったく何の理由もなく何かが生じたり、形として現れたりするという考えは、日常の意識状態のわれわれには理解しがたいと思われるかもしれないが、空を体験しているときには、少なくともわれわれを驚かすことはない。

現代物理学の量子の波動理論に見られるように空は無限の量子--ほぼどんなことでも発生させることができる完璧な可能性の組み合わせを構成する断片---からできていると考えられるかもしれない。特定のリアリティはそれを選択することによって意識の中に生み出されるのである。」
                                                         「深層からの回帰」 スタニスラフ・グロフ

 このような空と思われる体験をしたということは、心理学的な立場からもその存在を認めざるをえなくなっているということです。机上の空論ではなく、実際に経験するということは、大きな説得力をもっています。仏教のいう空の世界が絵空事ではなく、実際修行すれば体験できる世界なのだということもいえると思います。

仏教でめざすこの空の体験を科学の力によって一時的に体験することができたとしても、それはあくまで一時的な体験です。本来なら地道な修行によって経験することが大切だと思われます。いきなりヘリコプターで山頂に行くと高山病にかかってしまうのです。ですからその点に関しては注意が必要です。

グロフはこれらの研究結果から次のように言っています。

「新しい科学的発見は、数千年の歴史を持つ文化が抱いてきた信念を指示しはじめている。つまり、われわれの個人的な魂は、結局すべての存在に浸透する宇宙的な意識と知性の顕れに他ならないことを示しているのだ。
われわれはこの宇宙意識との接触を完全に失ったりはしない。なぜなら宇宙意識から完全に分離することなど決してないからである。」

「深層からの回帰」 スタニスラフ・グロフ


●地球の危機

また、現代の人類の心の状態を危惧して、地球の危機についても次のように述べています。

「過去何世紀も人間の歴史を形作ってきた暴力、貪欲さ、欲深さは、人類を完全な全滅に導くだけでなく、この惑星の全生命を絶滅させることも簡単にできるような程度にまで達している。現在の進路を修正しようとする、さまざまな外交的、政治的、軍事的、経済的、エコロジー的努力はすべて、事態を改善するよりも悪化させているようにみえる。

平和時のわれわれの努力が失敗するのは、現在のアプローチのどれひとつとして、地球的危機の中心にあると思われるその次元、すなわち人間の精神に、焦点をあてていないということにあるのではないだろうか。世界には地球上のすべての人に快適な生活水準を保証する十分な富がある。

同様に、現代の医療で効果的な治療ができる病気で、何百万人の人々が死ぬ必要もない。現代科学はクリーンで再生可能なエネルギー源を開発し、物質的環境の悪化を防ぐノウハウを持っているのだ。ひとつの種としてわれわれが直面する最大の障害は、われわれの意識の現在の進行段階の中に見出される。それが、天然資源の無分別な略奪、水、大気、土壌の汚染、気違いじみた軍拡競争に想像を絶する量のお金とエネルギーをつぎこむ破廉恥な無駄使いといったものの第一の原因なのだ。

だからこそ、われわれみんなが直面している苦境の心理的、霊的次元についてできる限り多くのことを学ぶことが大切なのである。」
「深層からの回帰」 スタニスラフ・グロフ

「この数年間、何百人もの人々が、人類は集団的破滅と前例がないような意識の飛躍的進化の岐路に立たされている、という信念を表明してきた。われわれはすべて、非日常的意識状態の中で多くの人々が個人的に体験してきた心理的な死と再生に似たプロセスに巻き込まれているように思われる。

もしわれわれが自らの無意識の深層から生じる破壊的な傾向を行動として外に表出しつづけるならば、自分自身を含むこの惑星上のすべての生命をきっと破壊してしまうだろう。しかし、このプロセスを十分大きなスケールでうまく内面化することに成功すれば、それはわれわれを現在の状況から脱出させ、霊長類からの進化をわれわれにもたらしてくれるだろう。

 これは、一見ユートピア的に映るかもしれないが、たぶん唯一の本当のチャンスだろう。何年にも渡って、私は真剣で体系的な内的探求に関わってきた人々の奥深い変容を目撃してきた。あるものは瞑想者で、規則的な霊的修行に取り組んできたものである。また、自然発生的な精神的、霊的な危機を体験したり、さまざまな体験的な心理療法や自己探求に参加してきた者である。攻撃性の度合いが減少するにつれて、彼らはより穏やかになり、自分自身と親しみ、他人にも寛容になる。彼らは人生を楽しむ能力、とりわけ日常生活での単純な喜びが著しく増大する。

生命に対する深い敬意とエコロジー的な自覚は、非日常的意識状態を用いる信頼できるワークに伴なう精神的・霊的変容の結果としてもっとも頻繁に起こるものである。これと同様のことは、個人的な体験に基づく神秘的性質を持った霊性の出現の際にも起こる。
無意識の心をもっと充分に自覚しようとする動きが、この惑星の生存の可能性を大きく広げてくれる、というのが私の信念である。」

「深層からの回帰」 スタニスラフ・グロフ

グロフは人類滅亡の危機を回避するには個人の精神的・霊的成長が必要であるといっています。自分の無意識を自覚し、統合することにより、それを外界に投影することがなくなって危機が回避されるというのです。

これは仏教的な考えにきわめて近いといえます。すべては心の現われであるから、潜在意識を浄化していくことによって周囲も変わってくるのです。

多くの人が修行することが、結局は地球に平和をもたらすのかもしれません。意識の飛躍的進化ということを唱えていますが、ユングも予想したとおり、これはこの水瓶座の時代になされるのではないでしょうか。

グロフはLSDが法的に禁止されたあと、同じような効果をもつ心理療法を考えだしました。それはホロトロピック・セラピーと呼ばれています。ホロトロピックとは総体性の追求、あるいは全体性への指向を意味しています。

これは、音楽を流しながら、ブリージングといわれる呼吸法を行なうことによって深い意識に入っていく方法です。薬の力を使わなくても同じような効果が得られたのです。呼吸法はヨーガではお馴染みなのですが、グロフがこれを心理療法に取り入れたというは興味深いことです。古代の叡智が現代の科学に組み込まれたのです。

 このホロトロピック・セラピーで多くの被験者は深い情動の解放と身体的な弛緩を感じるのです。そしてストレスを緩和し、情緒的、心身的治療もかつ行われるというのです。その途中ではさまざまな例があり、最初は劇的な体験が続発するようです。興奮したり、激しい動きをしたり、中には寂静を保ちほとんど動かない人もいます。また、身体的部位における緊張の多くはチャクラの近くで起こるようです。

このように、グロフは実際の臨床例を研究することによって、仏教的世界観を心理学的に証明するようにいたったのです。潜在意識の存在、輪廻転生の存在、過去生の存在、空の存在、これらはグロフによって、確実に存在するものとみなされたのです。

 

                                                                                  
●ケン・ウィルバーの理論

ケン・ウィルバーはトランスパーソナル心理学の理論家として画期的な存在です。

1949年アメリカのオクラホマ州生まれで、大学では医学から生化学に転じて、その後広範囲にわたる学問分野を独学でマスターしました。老子の「道徳経」を読んだのが転機となり、東西の思想書を片っ端から読む一方、禅なども実践していった人でもあります。

また、アメリカのナーローパ研究所の理事をしたり、カール・リンポチェのもとで修行をしたこともあり、カール・リンポチェに関しては非常に優れた師だと称賛しています。

ケン・ウィルバーはこのように、心理療法という立場より、読破した膨大な量の文献による理論の組み立てと、修行の実践をしていったことから、人間の意識の構造をいままでの心理学と比較すると、より総合的にとらえています。ある意味心理学と宗教の統合がなされているといえましょう。

彼が考える人間の究極的な目標や欲求とは、アートマンもしくは神、統一意識とか空とか真我とか非二元とか呼び方はいろいろありますが、それと一体化することにあるといっているのです。非常に仏教の教えに通じるものがあります。

彼の提唱した意識の構造は、いままでの心理学の分野では扱えなかった非二元の世界を最終目的としており、意識のスペクトル理論として非常に有名になりました。


●意識のスペクトル

「意識のスペクトル」の簡単な説明は以下のとおりです。(図1参照)


















●統一意識・アートマン(非二元)のレベル
われわれ人間は本来、統一意識と呼ばれる非常に幅広く、いかなる分離分裂も二元対立もない状態、世界ないし宇宙と一体化している状態を深層にもっている。

●実存のレベル
一元の状態に、ある種の二元論がもちこまれ、初めて分裂が起こった状態。
こうした分裂が入ってきた意識状態を、実存のレベル、あるいはケンタウロスのレベルと呼ぶ。
個人はつねに環境そのものと切り離された形で存在している意識状態を体験。

●超個の帯域
そして、統一意識(非二元)と実存のレベルの二元対立の間に、一般にトランスパーソナルな帯域、超個の帯域と呼ばれるレベルがある。そこにはある種の環境との分裂状態はあっても、その分裂は少々あやふやな状態。個人と非個人との境界線がかなりぼやけてしまっている状態。

●自我のレベル
実存のレベルにさらに二元対立が起こってくると、自我と呼ばれるレベルが発生。心と身体という二元論。そこでは自分自身は心であると思いこみ、自我は「思っている自分」が自己であり、自分は身体を所有しているという分裂感覚をもつようになる。ここでは自我--身体という対立。
現代人はだいたい、この自我のレベルにいる。

●生物社会的帯域
実存のレベルから自我のレベルへと二元的な分裂が進む途中に、生物社会的帯域と呼ばれる帯域がある。これは社会的なプログラム、つまり言語、習慣、教育、文化などが含まれる帯域。

●仮面(影)のレベル
自我のレベルにもう一つ二元論が課されると、人間は仮面のレベル--影のレベルともいう---に陥ってしまう。仮面のレベルはある意味で病理的なレベル。
そこでは自我そのもののなかに、自我が自分のものではないとする衝動や欲求や思考を抑圧するという分裂が起こってくる。

●哲学的帯域
自我のレベルと仮面のレベルの間に哲学的帯域がある。これは個人的な倫理観や考え方、さらには個人的性格を形成する帯域で、個人的な判断のフィルターとして働く。


 ケンウイルバーは、意識の構造の中で、超個的な部分や非二元に関してはデータが非常に少ないため、文献的なもので研究しました。ヨーガ系統の文献やチベット密教関係の文献、禅仏教の文献、グルジュフなどの西洋神秘主義の文献を中心に組み込まれています。したがって宗教的な色彩が強くなっていることは否めないでしょう。しかし、これまでここまで意識の構造について深く追求した人はいませんでした。

彼は宗教といっても、本物の宗教、非二元に至ることを説いている宗教をとりあげています。そこに真実の共通性を見い出しているのです。


●アートマン・プロジェクト


また、彼は意識の発達論として「アートマン・プロジェクト」という本を書いており、意識の発達において心理学と宗教を組み合わせた総合的な見方をしています。意識の初期の発達段階は心理学を取り入れ、さらに霊的な発達段階を宗教的なかたちで取り入れ、最終的にはアートマンと一体化するという構造になっているのです。

アートマン・プロジェクトでいわれている発達・成長の段階は大きく3つに分けられます。

前個的段階、個的段階、超個的段階の三つです。

前個的段階にはプレローマ・ウロボロス・身体自我・メンバーシップ認識があり、個的段階には初期と中期の自我/仮面・後期の自我/仮面・成熟した自我・生物社会的帯域・ケンタウロス/実存があり、超個的段階では微細・元因・アートマンがあります。

 この超個的なレベルは普通の人はあまり認識していません。修行者のみぞ知るという部分であり、彼がこれを説いているのは心理学の世界では画期的なことなのです。

彼は、東西の宗教の文献を研究し、かつ自分でも禅や仏教などの修行を経験しているからこそ、この超個の部分が重要な意味をもっていることを感じ、はずせなかったといえるでしょう。

彼は仏教に対する宗教感を次のように書いています。

「すでに話したように、ぼくは仏教が最良の道だとか唯一の道だとは考えていない。自分のことを、とりたてて仏教徒だというつもりはない。というのも、ぼくは他の何にもまして、ヒンドゥー教のヴェーダンタ哲学とキリスト教神秘主義に非常に強く親近感をもっているからだ。だが、実際修行する段になると、誰でも何かひとつの方法を選択しなくてはならない。そしてぼくが選んだのは仏教だった。チェスタトンの警句で、こうオチをつけてみよう。『宗教はみんな同じだ。とりわけ仏教は』
仏教のすぐれた点は、その完成度にあるとぼくは思う。仏教には、サイキック、サトル、コーザル、そして究極の段階といった、高次の進化段階を扱うそれぞれの修行がすべて備わっている。そしてこの段階的な修行システムが一歩一歩、より高次の段階へと修行者を連れていく。それを制約するものは、修行者自身がどれだけ成長や超越を受け入れられるかということしかない。」

「グレース・グリース」ケン・ウィルバー

このように、彼はあらゆる宗教のなかで仏教の修行を非常に絶賛しているのです。カール・リンポチェからカーラチャクラの潅頂をうけたり、10日間のリトリート修行に入ったり、自分で瞑想修行を経験しています。かといって出家して完全な修行者というわけでもないのです。ある意味客観的な立場を残しているといえます。


●修行について


そして「無境界」という本の中でこのように言っています。

「真の霊的修行とは、一日に二十分、一日に二時間、あるいは一日に六時間行なうようなものではない。毎日、朝に一回、毎週日曜日に一回行なうものでもない。
霊的修行とは、数ある人間活動のなかの一つの活動ではなく、全人間活動の基盤、その源であり、全人間活動を支えるものである。それは超越的真実への先行する投機であり、一日二十四時間息づき、直観され、実践されるものである。真の自己を直観することは、初原の誓願にしたがって、自己の全存在を生きとし生けるものの自己の実現にかけることである。

『いかに多くの存在があろうとも、その解放を誓う。いかに真実が比類なきものであろうと、その実現を誓う』
あらゆる現在の状況を切り抜けて、無限そのものへといたる実現、奉仕、犠牲、明け渡しに対する深いかかわりを感じるのであれば、霊的修行は自然に自らの道となろう。」

「無境界」ケン・ウィルバー

このように、ケン・ウィルバーはグロフに比べて修行というものに非常に大きな意味を感じています。これこそ  人間の究極の目的、アートマンと一体化する道なのだといっているのです。

 グロフが臨床的な立場でトランスパーソナルな部分に近づいていったのに対して、ウィルバーはさまざまな宗教理論を研究しており、宗教の核心というものは非二元に至る道だと唱え、超個な霊的な部分の理論体系もしっかりしているのです。

グロフの場合はへたをすると霊的体験にとらわれてしまって、全体像をとらえるのが甘くなっているかもしれません。しかし、実体験をともなっているので、非常に説得力はあります。


●統合心理学への道


また、ウィルバーは最近彼自身の立場はトランスパーソナル心理学ではなく、統合心理学だと主張しています。そして、過去何十年かのトランスパーソナル心理学の動きについては次のように述べています。

「マーフィーと私は、ヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメントの過去何十年かのプロセスを、しばしば議論してきた。最初の波は1960年であり、導入期、紹介期であった。それは、様々な異なった形態があったとはいえ、ほとんど皆、即席の解決、至高体験、ウィークエンドのワークショップ、「あなたも7日間で悟れます」セミナーであった。それはワイルドな爆発、栄光に満ちていたと同時にグロテスクなものであった。それは他ならぬマーフィーと彼の友人、リチャード・プライスが設立したエサレン・インスティティュートを中心にしていた。

十年もしないうち、「至高体験」は「快楽体験」に道を譲り、ヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメントの第二波が始まった。即席的な解決の欠陥は誰の目にも明らかだった。初期の覚醒には有効ではあっても、しばしば急速に消滅し、体験者は始めたときよりひどい状態で終わるのである。いずれにしろ、真実の変容には、時間、努力、意志的な継続、言い換えれば修行(実践)が必要なことが明らかになった。人々は、真に変容的な実践を行じ始めた。それは禅であり、ヨーガであり、継続的心理療法、ボディワーク、ドリームワーク、身体訓練、等々である。五日間コースが五年の仕事になった。

しかし、こうした推賞すべき実践も、はっきりした限界を持っていた。それは人間という組織体のある一領域(知覚夢、身体的スキル、洞察)にしか働きかけないのである。すなわち、こうしたアプローチは発達の一つのラインを取り上げ、その波に乗るが、その間、他のラインは無視され、成熟せず、しおれる可能性すらあるのだ。これは個人に非常にバランスを欠いた構成の重荷を負わせる。哀れな自己よ。そこでは一つの発達ラインが巨人となり、他のラインが小人となる。

こうして一つの修行が進めば進むほど、ますます個人的な状況は悪化する。これが皆を混乱させたのである。

こうして第二波は、第三の波にとってかわる。それが統合的な実践である。こうして、一つの分野は、その第三の段階を通過しながら超越され、包摂され、保存され、否定されるという進化のパターンを反復したのである。

この分野それ自体、最初の感覚的な爆発(「頭をすてて、もっと感じよう」)から、第二波の具体的な実践、そしてそれらは、今や創発している第三波に必要な基礎であったのだ。第三波、それが普遍的・統合的実践である。この分野のまた前-慣習、慣習、後-慣習という段階をたどっているのである。」
「統合心理学への道」  ケン・ウィルバー

 ここにあるように、アメリカでは短期間のトランスパーソナルなセミナーでの結果は一時的なものであり、それを補うために、本格的な修行を実践する方向に流れていったのですが、それもまた支障がでてきたようです。修行ばかりしていると人間という社会組織で生活していくことが難しくなってくるということがあげられます。個人の成長のためには社会や組織というものを切り離して考えることは難しいのです。

そして、統合的な実践という第三の波をウィルバー自身が実践しはじめているようです。

インテグラル理論を提唱しはじめ、人間・組織・社会・世界を統合的にとらえ、それをもとにして個人の成長、発達を促進させるための実践法を提示し、さらに、現代が抱える課題や問題を解決する実践法に取り組んでいます。

また、インテグラル・インスティトュートという研究所を創立し、各専門領域の代表的な研究者と交流し、インテグラル理論の検証と向上を行っています。

その結果、アメリカ合衆国においては、インテグラル理論は、徐々に認められ、いくつかの大学院のプログラムに取り入れられたりしています。

ハーバード大学のロバート・キーガン博士は、ウィルバーのことを「東洋と西洋の叡智の文献の統合において、彼ほどの知性と感情の深さと広さをもって取り組んでいる人物はいない」と称賛しています。また、現在、地球環境問題で活躍しているアル・ゴア元副大統領もウィルバーの書籍を愛読しているそうです。

さらに2005年、ウィルバーはインテグラル大学を設立しました。現在その大学の学長として指導にあたっています。

ケン・ウィルバーが個人的成長について最終的に主張するのは、覚醒の継続性なのです。一時的な至高体験や高原体験はさらに長期にわたって安定的に継続する体験に変化しなければならないと主張しています。

「もし、本物のヨーガ、すなわちトランスパーソナルの指示とその実践が完全に行われれば、もし意識が(進行する発達論的な構造を通じて)成長し、進化し、強さを獲得すれば、それはやがて、あらゆる状態において「覚醒」しているようになる。スピリチュアルな実践のかなり発達した形態では、日常の起きている状態、眠っている状態、深く眠っている状態の中のどの状態においても、自己は完全に意識がある。

こうして自己は、いかなる状態の変化においても同じように残るものを認識する。言い換えれば、自己は変化しないもの、非-時間的なもの、非-空間的なものを認識する。それは「本来の面目」、元初の顔、真性の自己、常に現前する空性を認識する。様々な状態はその中で現れては消えていく。神性の意識は、そのとき変化する状態ではなく、完全に永続的な性質となる。さらに言えば、これは単なる哲学的思考ではなく、直接的で、再生可能な認識である。」
「統合心理学への道」  ケン・ウィルバー

  これは仏教でいえば解脱・悟りの状態であり、一元に至った状態ともいえます。 意識の連続があり、常に空性にいる状態です。ケン・ウィルバーは一時的なトランスパーソナルな体験ではなく、継続的な覚醒の状態、非二元になった状態、解脱、悟りを得た状態になることを理想としているのです。

彼は統合心理学でこの非二元へ至ることについてより強く主張しており、これは真の本物の宗教のめざすところと一致しているのです。

そして、それに至るためには、統合的に人間、組織、社会、世界を捉えていく必要があり、結局個人は全体につながっていくということにもなります。

 
●ケン・ウィルバー『科学と宗教の統合』

ケン・ウィルバーは『科学と宗教の統合』という本で、いかにして科学と宗教を統合していくか詳細にのべています。

彼は科学と宗教が統合されるとしたら、本物の科学と本物の宗教でなければならないと主張しています。そしてそれにはどちらも最低少しは譲歩しなくてはならず、科学は幅広い経験主義となり、宗教は教条的な立場から、直接的な霊的体験に視野を絞らなければならないといっています。

「科学と宗教を統合する典型的な試みがみないつも失敗に終わるのは、経験科学が内面的次元を拒絶しているからである。---中略----
もし、経験科学が内面的な理解や知識の妥当性を拒絶するなら、自らの妥当性を拒絶することになるということである。その妥当性の多くを五感によって生み出したり、確証できない内面的構造や理解に頼っているからである。
自らの活動が依存しているこうした内面的理解というものを認めなければ科学は内面的知識それ自体に異議を唱えることはできない。」

「科学と宗教の統合」ケン・ウィルバー

彼は経験主義には次の三つあると主張しています。

感覚的経験主義「肉の眼」--感覚運動世界固有の運動
心的経験主義 「理知の眼」--数学・論理学・象徴・解釈
霊的経験主義 「黙想の眼」--悟り・ニルヴィカルパサマディ・グノーシス・霊的体験

そして、科学は狭い意味の経験主義であってはならず、「黙想の眼」をもつことが必要であるといっています。それが、科学と宗教の統合に近づく道なのだと主張しています。

また宗教に関しては世界の大宗教の共通の核心を発見することが必要であるとして、彼なりの見解を次のように述べています。

「偉大な伝統の創始者はほぼ例外なく、一連の深遠な霊的体験を経験していることである。彼らの啓示、直接的神秘体験は紅海を割るとか、豆の栽培法とかについての神話的宣言ではなく、神なるもの、スピリット、空性、神性、絶対者の直接的な理解であった。
その頂点における理解は、個とスピリットの直接的合一ないし同一性に関わるものだった。
その合一とは知的な信念として、頭でとらえるのではなくて、直接体験として生きられるべきものである。それは、まごうことなき存在の「最高の善」、途方もない合一の中に没入している幸運、この上ない魂に大いなる解放、再生、改心、悟りをもたらす直接認識であり、基盤、ゴール、源泉、世界全体の救いとしての合一である。」

「科学と宗教の統合」ケン・ウィルバー

「そうした霊性の先駆者が各々弟子たちに与えたのは、一連の神話的ないし教条的な信念ではなく、「私のことを思い起こし、これをしなさい」という一連の実践、指示、手本であった。「これをせよ」--指示--というのは、特定のタイプの黙想的祈り、ヨーガについて広範な指示、特定の瞑想実践、実際の内面的例示である。この神聖なる合一を知りたければ、これを行なわねばならない、ということである。」
「科学と宗教の統合」ケン・ウィルバー

 彼のいう本物の宗教というのは非二元、即ち一元の世界への合一をなしていくことだととらえているようです。そこへ至る方法は各宗派それぞれですが、現在ではそういう霊的な探求よりも教条や神話的なものが優先され、形骸化した宗教がはびこっているといえましょう。まさに目的よりも方便にとらわれ、目的を見失なった宗教が大手を振るようになってしまったのです。そして、宗派の違いからさまざまな争いが起こり、戦争にまでなったことは歴史が物語っています。

本来なら宗教の目的は一つであり、非二元に至ることなのです。
そこへ至る方法のちがいで争いがおこり、本来の目的が見失われているのが現代の宗教の状況ではないでしょうか。

トランスパーソナル心理学や精神医学は人間の高次な霊的発達段階の科学的研究に取り組んできました。そして、そのトランスパーソナルな領域は心霊・微細・元因・非二元の四つの主要な霊的発達段階があり、これは仏教・ヨーガとの類似性をみることができます。

彼はどの宗教が本物か科学的に調べるためには、深層科学がそれを可能にするといっています。

たとえばある修行をなし、非二元の状態に至ったときに、主観的な意識状態が、慈悲・愛・覚醒が増大し、客観的には脳波の測定や呼吸などの生理的変化がどうなっているのか調べ、数字で検査していくことが必要なのです。そして、この深層科学のテストに合格してない宗教はいんちきとなるのです。

彼は禅や偉大な黙想の諸伝統は、そのことばのあらゆる意味において、霊的内面性の深層科学なのであるといっています。そして、こうした霊的内面性の深層科学こそ、まさに宗教が堂々と統合の席に提示できる正真正銘の知識なのであると主張しているのです。

そして、真の宗教こそ宇宙的有機体の進化の先頭に立つようになると次のように述べています。

「すでに下位の段階が進展してきたごとく、未来の進化が〈大いなる連鎖〉のより高次の段階を集合的に展開してゆく過程の内にあるというのが本当だとすれば、真正な宗教、真の霊性ならびに内面性の深層科学にその最高の潜在性、すなわち絶えず展開してゆく(スピリット)の実現と現実化に向かって発達する宇宙的有機体の成長の先端、進化の先陣という前例のない役割が与えられよう。」
「科学と宗教の統合」ケン・ウィルバー

彼は高次の発達段階での全レベルでの統合的見方が必要であり、それは下記のような問題が提示されるといっています。

・個人が高次の発達段階で活動しているとき、脳の生理、神経伝達物質レベル、そして有機身体そのものに何がおきるだろうか。

・それらの高次の発達段階ではどのような世界観が生まれるだろうか。

・そうした高次の世界観は私たちの政治的、社会的、文化的にどのような影響を及ぼすだろうか。

・もし、こうした高次の段階が実際に私たち自身の優れた潜在能力が開化する段階であるなら、どのような総合的技法がこの進化的成長を促進するのであろうか。

・高次の成長段階は民主制度・教育政策・経済にどのような影響を与えるだろうか。

・高次の発達は医学の実践・法律・行政・政治をどう変えるだろうか。

「科学と宗教の統合」ケン・ウィルバー


 ケン・ウィルバーが科学と宗教の統合について、1冊の本を書くほど真剣に取り組んでいるというのは、時代が必要としているともいえるのではないでしょうか。

この本で科学と宗教についての、細かな検討や分析がなされ、科学と宗教が統合されるためにはお互い歩み寄る必要があり、それぞれ変えていかなくてはならない部分があると主張しています。中でも宗教については、厳しい見方をしており、非二元に至るための実践や瞑想を行っている宗教でなければ科学と歩み寄れないといっています。

宗教も変わらなければいけない時代がくるのではないでしょうか。
どのように変わっていけばいいのか・・・・・・
それをひかりの輪では、過去の過ちをもとに探っていく必要があります。


※参考文献
『無境界』 ケン・ウィルバー 著  吉福伸逸 訳 平河出版社
『アートマン・プロジェクト』 ケン・ウィルバー 著 吉福伸逸・管靖彦・プラブッダ訳
『科学と宗教の統合』 ケン・ウィルバー 著 吉田豊 訳 春秋社
『統合心理学への道』 ケン・ウィルバー 著 松永太郎 訳 春秋社
『トランスパーソナル・セラピー入門』 吉福伸逸 著 平河出版社

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