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私と一般の方々との意見交換の中から、Q&A方式にしてご紹介します

Q&A 社会

文明の進歩と「煩悩を捨てる」は矛盾しない?

Q:仏教は「煩悩を捨てる」というのを主眼としており、
そして、それを実行することによって平和になるそうですが、
もし煩悩を捨てるならば、争いはなくなりますが、
人間の文化としての進歩はなくなるのではないでしょうか?
人間がここまで進んできたのは、文明のおかげです。
それを捨てて、平和はあるのでしょうか?
A


◎真理の法則は、煩悩捨断だけでは終わらない

大きな誤解があります。
真理の法則は、煩悩捨断だけでは終わらず、利他心をとても重視します。
よって、他を助けるための知性・文明は肯定します。
ですから、仏教の理想郷は、
高度な科学と高度な宗教的実践が共存する世界です。
利他の心が深まれば、煩悩ではなくて、
人は文明を進歩・進化させることができると思います。

それから、煩悩による文明の発達は長続きするのかという大問題があります。
多くのヨーガ聖者のように、
アトランティス、ムー伝説は事実だとわたしは考えています。
すなわち、地球の人類は、煩悩によって争い、
それまで発達させた科学・叡智を
台無しにするような滅亡を繰り返してきました。

今の科学文明は、ルネサンス・産業革命以来、
わずか数百年の蓄積にすぎません。
そして、地球環境問題や核兵器問題など、
既に自滅的な傾向を呈し始めています。
煩悩が文明・科学を発達させるというのは
近視眼的な見方ではないか、という視点が必要だと思います。

そして、滅亡しないまでも、
世界中が利他の心で文明の発達に協力し合うのと、
今のように煩悩を原動力として競争・闘争し合うのと、
どちらが効率的なのかということも考えていただきたいと思います。

もちろんこれらの前提には、利他心があります。
利他心がなく、煩悩を刺激した形の競争もない場合は、
旧共産圏で見られたように、人は怠惰になるために、
煩悩的な競争がある自由主義圏に負けてしまったわけです。

ですから、最初に利他心を培えるかどうかによると思います。

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