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私と一般の方々との意見交換の中から、Q&A方式にしてご紹介します

Q&A 恋愛・家庭の悩み

子育てで子供に当たり散らしてしまう

Q:わたしには子供三人いるんですけれど、その子供に対して、いつも自分の都合に合わせがちなんですね。
それが思いどおりにいかないと、結局子供に当たってしまう。

いけないとわかってはいるんですけれど、嫌な言い方してしまったり、手を上げてしまうこともあるんです。それを繰り返しています。

すると、その子供を見ていて、子供が言うことにしてもやることにしても、自分の悪いところがそのまま見えるんですね。

子供に限らず仕事でもそうなんですけれど、自分で「こうしよう、ああしよう」という理想みたいなものを描くんですけれども、いざやってみて、なかなかそういうふうにいかないと、すぐあきらめてしまうんです。

何でもすぐ、「もういいや」「ま、いいか」みたいな感じで妥協しがちなんですけれど、妥協せずにもっていくには、どうしたらいいのでしょうか。
A


◎子供を尊敬する心を持つ

まずお子さんに関しては、
お子さんを尊敬する心を持った方がいいかもしれない。
今、「思いどおりにならないと」っていうのは、
それは支配する欲求だと思うんだね。

で、母親には当然子供に対する愛著、
子供をある意味では自己の所有物にしているような感覚があって、
で、思いどおりにならないと、要するに心が揺れる。

それを打ち消すためには、
子供であっても
「そこには仏陀の本質が宿ってるんだ」と、
「将来は偉大な人物になるんだ」という考え方を持って、
尊敬の心を持つとそれが和らいでいくというのがありますね。
それと同時に、たぶん自分の思いどおりにしよう
というような気持ちが薄れていくかな。

だから、ある意味では、今よりも尊敬の念は増えて、
さっぱりした関係というか、
今はたぶん、要するにかなり密接な関係で
「なかなか思いどおりにならないぞ」という心が
常にあるのではないかと思うんですけれども、
もう少しね、親子関係もさっぱりしていて、
お互いを尊重する方がいいと思いますね。

これは心理学の分析でもあるんですけれど、
互いを支配しようとする関係においては、
なかなかその調和が形成されない。

一方、互いを尊重しようとする関係においては、
愛が逆に形成されやすい。

だから互いの自由を、尊厳を認める方が、
つまり、ある程度さっぱりしている方がうまい関係ができて、
一方で互いに対して求め合っている、
要求し合っている状態の方が、かえって安定しない。
場合によっては憎悪に変わってくるんだよね。

つまり、「自分はこれだけやってあげているのに、
なんであなたはこういうふうにしないの」っていう、
そういった愛著の裏側に憎しみが形成されてきてしまうところがあって、
だから、もう少しさっぱりした関係の方がいい。
そのための秘訣は、やっぱり子供をかなり尊敬することかな。

◎すべての人が成長していくという見方

これは恋愛関係でも同じで、
チベット密教ではすべての異性を神や女神として見ろっていうんだね。
それは男性が女性に対して持っている、
または女性が男性に対して持っている支配欲求というのを薄めて、
大切に尊敬を持って対せ、という意味です。

だからその尊敬、それから誉めること、
これをやった方がいいかなと思うんだね。
で、自分の思いどおりにしたいという気持ちがあると、
思いどおりにならないときに当たってしまう。

ついつい批判優位、尊敬・称賛が少ない、そういう状態になる。
それは必ず子供はそういう性格になる。
それが連鎖していくと思います。

ですから、子供を何らかの形で尊敬すること。
まあ仏教・ヨーガをやった場合には、その信仰を持った場合は、
「すべての魂が、生き物が、基本的には仏陀になる本質がある」と考えます。
ですから、そういう心構えを持つといいかな、と思うんですね。

基本的にはそうでしょ。
あなたのお子さんではあるけれども、一方で将来自立していく、
要するに最終的には輪廻を繰り返す中で仏陀になっていく魂、
そういう側面があるからね。
そういった見方をしていくと、ちょっと関係が変わってくるかなと思います。

で、そういった形で他人に対する尊敬というか、
他人が成長するものだっていう気持ちがないと、
自分に関しても先程言ったように、
自分が成長するという感覚がなくなってしまうんだね。

子供は子供であって「わたしのもの」という考え方と、
子供も最終的には偉大な人物、偉大な魂になっていくという考え方。

これと同じように、自分は今こうだけれども、
必ず努力によって成長する、つまり他人を肯定的に見ると、
子供を見ることイコール自分を肯定的に見ることにもなるんで、
すべてのものが成長していくんだっていう肯定的な見方と、
すべてのものが今のままなんだっていう固定観念を持っている状態と、
どちらかしかないんですよね。

だから子供や身近な人も成長するんだ、
そして自分も成長するんだという一切肯定的な人か、
それとも一切に関して固定的な人か、
固定的かまたは引き下げる感じか、心はどっちかに染まってしまうと。

だから簡単に言うと、手をこうやって組んで、
相手を引き下げてしまうと自分も下がる、そんな感じかな。

両方とも一緒に上がるか一緒に下がるかどちらかしかない。
そういうイメージで、お子さんを育てられたら、
つまり尊敬したらいいのではないかなと思うんですよね。

今まあご質問二つあったような感じもしますけど、お子さんと自分のこと。
それはお子さんの成長・尊厳を認めるというのと、
自分の成長・尊厳、これを確保するというのは、
あなたの一つの心が行なってることなんで、
両方同じ根っこではないかなと思うんだね。
自分と他人を、もっと可能性のあるものというか、尊いものと見る。
そういう心の訓練が必要だと思いますね。

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