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私と一般の方々との意見交換の中から、Q&A方式にしてご紹介します

Q&A 対人関係

初対面でも人を嫌ってしまう

Q:初めて会った人で、別に全然面識とかなくても
「あ、この人駄目」みたいに受け付けないのって、
ただ単に相性が悪いだけなんですか。
A

上祐  そうだな、好き嫌いが激しいって思いますか。

質問者 
思います。

上祐 
うん。そうだな……少し修行していくとね、こういうことがわかるよ。
「みんないろんなことで悩んでいる」というか、
「みんな、自分の好き嫌いで苦しんでいる」というか。
あなたはそう言われるかもしれないけれども、
多かれ少なかれ、みんなあなたみたいなんだよね。

あなたよりももっと好き嫌いが多い人もいるだろうし、
もっと少ない人もいるかもしれない。
あなたの身近な中で、十人か五人ぐらいの輪の中で、
あなたがちょっと多いかもしれないけれど、
それはあんまり大きな違いじゃないんだ。

みんなが同じようにそうやって悩んでいる。
それがわかると、他人に対して当たるときも、
全部受け入れられるようになるかなって感じだね。

結局、友達がいるよね。
または、ほかの人がいるよね。
その人たちって、自分が「この人好き」とか「嫌い」っていうんじゃなくて、
「その人自身がその人の中でいろいろ悩んでるな」
っていうことがわかるんだね。

そういう心を培う修行というのが、
四無量心{しむりょうしん}の修行とかいった慈悲の修行としてあります。
そうするとね、自分はすごく楽になるよ。

楽になるというのは――人間はやっぱり好き嫌いがあると苦しくないか?

○自分の苦しみは自分の内側にある

上祐  ただ、いろんな人が例えば争っていたり、
いろんな人がやっぱり喧嘩しているけど、何でそうしているかというと、
その人たちがある意味では自分にとらわれているんだよね。

「自分はこうしたい、ああしたい、これが好き、これが嫌い」っていうことがあって、
それにとらわれていて、お互いが争っているんだ。

ただ、その人たちが争いをやめて幸福になるには、
最終的には、「自分たちの苦しみが自分たちの内側にあるんだ」
ということがわかったときだと思うんですね。

そうしない限り、幸福にはならないなって感じかな。

今、イスラムとアメリカというのが対立しているんだけれども、
双方の苦しみの本当の原因が、自分の内側にあるというふうにわかれば、
そういうことがなくなると思います。

ただ、残念ながらそれがわからなくて、
本当の苦しみの原因ではないもの、これを苦しみの原因だと思って、
そのために、それにだまされるような形で争い続けている。
争わされ続けているというか。
 
何が争わせているのかというと、
仏教ではマーラ、悪魔がいて、それは何か恐ろしい存在じゃなくて、
要するに自分だけを愛する心――「煩悩{ぼんのう}」って言っているんだけれど、
それがあるからガチガチぶつかり合っているんだ。

ただ、その心自体が、
その人本人にとっても良くないんだ――っていうんだよね。

で、「それを和らげるために、ほかの人も自分のことを考えて
苦しんでいるということをよく考えなさい。
それを練習していくと、だんだんそういった心が和らぎますよ」
っていうことを言っているんだね。

だからそういった考え方、そういった勉強をしていくと、
好き嫌いがどんどんなくなっていくかなと思いますよ。

○苦しみの経験があれば、乗り越える方法を考えるようになる

上祐
  でね、ちょっと好き嫌いが激しくてそれによって苦しいと。
また、いろんな人から言われるというのは悪いことじゃないね。

なぜ悪いことじゃないかというと、
そういう経験をして、そういった嫌な経験、苦しみの経験があった方が、
それをどういうふうにしたら乗り越えるか考えるようになるから。

だから仏教においては、苦しみの経験がある方が、
うまくいかない人の方がしっかりと修行ができるということをいいます。

で、釈迦牟尼自体が王族だったんだけれど、
なんで修行に入ったかというと、
城の周りでいろんな人が老いたり病んだり死んでいるのを見て、
あーって思ったから修行に入ったらしいんだよね。

だから、あなたが周りの人からそういうふうに言われるキャラクターだというのも、
いいところと悪いところがあって、
悪いところはそういうふうに言われることかもしれないけれど、
それによって人の心の働きとか人間関係を、
もっと深く見つめて考えることができるきっかけになる、
という意味では、すごくいいことなんだよね。

そのきっかけを生かしたらいいんじゃないかなと思う。
そうすると、性格どんどん変わるよ。

○他人の悩みをくだらないと思わなくなる

質問者
 
くだらないと思ってしまうのって駄目なことですよね。
何か苦しんでいる人とかを見て、友達とかの悩みとかを聞いて、
「ああ、こういうことで悩んでいるんだ」とか思って相談に乗っていても、
それについて考えていくと
、「ああ、なんてくだらないんだろう」と思ってしまうんですよ。
それは、駄目なことですよね。

上祐それは修行が進んでいくとね、要するに、
自分の悩みと似ていることで悩んでいるなと思えるときが来る。
そうするとくだらないと思わなくなるから。
例えば、あなたが自分で悩んでいるときに自分の悩みをくだらないとは思わないでしょ。

質問者 
いや、思ってしまうんですよ。

上祐 
あ、思ってしまうんだ。
で、思った後どうなる?

質問者 
くだらないと思ってしまうと……

上祐
  止める、止まる? そこで。

質問者
  止まらないですね。

上祐
  それ止まらないよね。
止まらないと嫌だよね、そうじゃない?
くだらない悩みが続いていく。
ということは、それが問題なんじゃなくて、もう一個奥に原因があるんです。
「なぜ止まらないか」という。

だから、ほかの人もそうなんだ。
くだらないことで悩んでいるんだけれども、
くだらないことで悩み続ける何かがある。
それは苦しいよね。
それが自分と他人も同じなんだと思うことが必ずあるだろうと。

悩みというのは、表面的な悩みとその根本的な原因というのがあって、
根本の原因がわからない限り、表面的な問題も取れないんだね。

だから、深い分析をすることができるようになると悩みもなくなるし、
そして、他人に対しても自分と同じなんだなと思えるところが出てくると思います。

質問者 
はい。

上祐
  では、頑張ってください。

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