2010年までの日記

寂しさ・卑屈を超える大乗仏教の智恵1
(2010年08月04日)

寂しい人が多いと思います。皆さんはどう思われるでしょう。
もちろん、寂しい人の大半は、自分が寂しいとは言わないし、
一部の人は、寂しさに気づいていません。
また、寂しさを背景に、他人にかみつく人もいます。
ネットであらす人なども、そういう人が多いと思います。

ところで、ひかりの輪では、大乗仏教の法則と心理学などを土台とし、
現代の人に分かりやすく表現した教えとして、一元の法則というものを
説いていますが、この教えに基づいて、寂しさを乗り越える考え方
をご紹介したいと思います。

この法則には、三つの切り口があり、それぞれ、
楽と苦の区別・二分化、善(優)と悪(劣)の区別・二分化、
自と他の区別・二分化をし過ぎていることが、
様々な苦しみをもたらしているため、それを乗り越える考え方が、
苦しみを取り除くと考えます。

そして、三つの切り口は、それぞれ、苦楽の輪の教え、優劣の輪の教え、
自他の輪の教えと呼んでいます。

最初の苦と楽の区別・二分化を超える教えとは、
今得られていない他人の愛や幸福を考えてばかりいるのではなく、
与えられている愛や幸福に気づいて、その大きさを考えて、
感謝し、それを与えている万物に感謝すること。

そして、今経験している苦しみも、実は、その裏に喜びがある、
祝福、導きがある、愛の鞭である、ということを考えて気づく、
言わば、逆転の発想です。

これに習熟すると、自分の周囲の全ての現象に感謝が生じて、
ついには、全てがありがたい、という感情に近づきます。

寂しさは、自分が受けいられていない、自分が愛されていない、
自分を愛してくれているものを失った、という心の働きから
来ていると思います。

それに対して、上記のように、今自分が得ている愛と幸福や、
苦しみに裏にある喜び、祝福、導きについて考え、
様々な感謝の気持ちを増大させて、乗り越えていきます。

しかし、寂しさというのはなかなか強烈な感情ですから、
この法則に加えて、次回以降、他の二つの切り口についても、
続けて、お話ししたいと思います。

※付記:遭難死された日テレ記者北優路さんについて

寂しさいついて書いた後になんですが、北さんは、ひかりの輪を初期の頃、
よく取材されたことがあり、広末副代表の知り合いでした。
団体を代表しまして、心から哀悼の意を表します。

関連する広末副代表・広報部長の日記
出会いと別れの1日--オフ会と日テレ・北記者の死

 

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