2010年までの日記

母なる仏としての宇宙
(2010年06月20日)


(2010年06月19日の日記)
大乗仏教の世界観で、特に素晴らしいと思うのが、この宇宙が仏の現れである、というものです。そして、これは、この宇宙の中で育まれる全ての生き物が、仏の子であると言う意味を持ちます。

もう少し詳しく表現すると、この宇宙が仏の母胎(=子宮)であり、その中で育まれている全ての生き物は、仏の胎児と説かれています(専門用語では、胎蔵とか、如来蔵という)。

すなわち、この宇宙が単なる物質ではなく、生命体であるというのですが、この考え方は、全く非科学的なわけではありません。

もちろん確立された科学理論ではありませんが、宇宙の人間原理という説があって、それが説くところは、まず、宇宙が現在のように生命を育む状態になることは、それが偶然の物理現象の結果として起こったとすると、その数学的な確率は、あまりにも小さい(十の三百乗分の一程とも)ということです。

宇宙が生命を育んでいることは、偶然の結果だとすると、余りに奇跡的な出来事であるから、合理的に考えるならば、偶然ではなく、必然の結果であろう。すなわち、何か超越的な存在が、そうなるように意思した結果であろうというものです。

例えば、貴方が家に帰ったときに、テーブルの上に、沸いたコーヒーが用意されていたら、それが、偶然の物理的な現象ではなく、何者かに意思された結果だと考える方が合理的でしょう。よって、偶然起きる確率が余りに低いことは、必然的なもの、意思されたものと考える方が合理的=科学的だという見解です。

この科学的な視点を踏まえると、この宇宙が物質ではなく、意思を有した巨大な生命体であるということになる、母なる宇宙とか、仏としての宇宙という大乗仏教の思想と矛盾しなくなります。

そして、これから出てくる、もっとも魅力的で、重要な思想は、人間のお母さんの体の中の生き物は、皆動物ではなく、人間であるように、仏として宇宙の中に育まれた生命体は、皆が仏であるというものです。

人間の胎児が、胎児や児の時は、何も分からず、無智で、無力で、わがままであるように、今私達が日頃目にする人々や生き物は、今はとても仏陀には見えないけれど、何回何回も生まれ変わる中で、釈迦牟尼がそうだったように、徐々に仏陀に成長していくという思想です。

釈迦牟尼自身も、仏陀となる前の転生では、修行者ではなく、普通の人だった時期があり、その際は、その時の仏陀を誹謗・中傷するなどの罪を犯したとされています(仏教では、仏陀を誹謗することは大変な悪業とされる)。

こうして、大乗仏教の思想は、全ての生き物は、成長する存在であり、突き詰めると、未来は仏陀になる存在であるという、とても肯定的な生命観・人間観を持っています。そして、その背景として、この宇宙は母なる仏であり、その中の生き物は、仏の胎児であり、長い時間はかかるが、未来に仏になる、仏の胎児であるという世界観があります。

この世界観・生命観に基づいて、全ての生き物を尊重して愛するという大乗仏教の思想が出てくるのですが、私は、これがとても魅力的な思想に感じられます。

成長する存在としての全ての生命、それを育む存在としての無限の宇宙。
未来の仏陀としての全ての生命、母なる仏としての宇宙。

人々の間の優劣に集中し、物質主義的な価値観の強く、殺伐とした一面のある現代社会の中に、大きな潤い、生命力をもたらす思想のように感じます。 皆さんはどう思われますか。

よろしければメールでお聞かせください。
メールアドレスjoyus2007@yahoo.co.jp

なお、この日記を載せている、私のmixiの方で、
活発な意見交換がなされていますので、
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