2010年までの日記

「負け組」思考から自分を解放する
(2008年11月30日)

最近、よく勝ち組、負け組という言葉が使われます。今日はこの点について、特に負け組について、考えてみたいと思います。

負け組になるというのは、誰しも非常に辛いものだと思います。私も、無智のため、かつては、自分たちが一番偉いと主張する宗教(オウム真理教)に属し、勝ち組であるという妄想を抱いていましたが、その後、教団と共に、大きな過ちを犯し、破綻した、という意味では、社会の中で、負け組の中の負け組だと思います。

また、最近社会を見渡しますと、様々な負け組の人たちにあふれていると思います。思い違いをして犯罪に陥った人だけでなく、バブルの幻想のために大失敗した人、借金で首が回らない人、激化する競争社会の中でワーキングプアー状態にあえぐ人や、社会生活自体できず引きこもり・ニート・鬱になった人など。特に若者に多いかもしれません。

しかし、考えてみると、負け組は、視点を変えると、勝ち組であるという見方が出てきます。例えば、日本の中にいる大勢の負け組も、日本という世界有数の生活水準と、世界最高の長寿、主要国随一の安全性(犯罪発生率の低さ)を誇る、豊かで長寿で安全な国に住んでいる勝ち組であるという事実があります。長寿や安全性では超大国アメリカをもしのぐ。こういった民族は、60億の中で、たった1億しかいない。

そして、なぜ、日本が豊かなのかというと、それは、国際社会の中の市場競争に勝っているからであり、例えば、日本を含めた先進国は、お金の力で、必要以上の食べ物を国際市場から集めて、飽食の状態にあり、その裏では、お金がないために、食料が調達できず、飢餓にあえぐ途上国という負け組が存在します。今年の春などは、先進国のヘッジファンドなどの影響で、食糧価格が高騰し、途上国の食糧危機が拡大しました。

こうしてみると、日本の中の競争社会の結果として、負け組である人たちも、世界の中では、同じ競争原理のために、知らず知らずのうちに、勝ち組になっており、その恩恵を毎日得ているということに気づきます。気づかないうちに、競争の勝利者としての利益を毎日感じつつ、その一方では敗北者としての苦しみは強く自覚して、感じている。

これを達観して表現するならば、こういった競争社会に身を置いて、自分たちの自覚が乏しくとも現実としては、何らかの形で他を打ち負かして、多くの幸福や豊かさを享受し、その裏で自分たちよりも不幸な人を作っている以上は、その同じ競争の社会の中で、自分が負けて苦しむ場合が出てくるのも必然的だ、とも解釈できます。

その意味で、ここでの問題は、自分が勝ち組である部分は自覚せず、負け組である部分だけを強く自覚する、ということではないか。自分より幸福そうな人には目がいきやすく、自分より遙かに不幸な人の方が、この世界には圧倒的に多いという事実は忘却していることではないか。すなわち、自分が得ているものを見て、感謝することより、得ていないことを見て、不満に思い、自分で、自分を負け組だと位置づけてしまうことではないか、とも思います。

また、負け組が勝ち組であると共に、勝ち組もやはりいつかは負け組になる。最近も、色々な会員さんの相談を受けますが、その中には、60歳で、自分の技術は、もはや若い人には勝てず、使ってもらえず、退職して、田舎に帰って、90歳の母親と二人で暮らす方などがいました。体も不調で、目、肩、腕、背骨、腰など、色々な所が痛い。若いときに、どんなに勝ち組になっても、年を取れば、若者に負けていく。老いと死には、誰も勝てない。

こうしてみると、他に勝つことで幸福になろうとするだけではなく、与えられている幸福をよく考えて、それに感謝し、自分より不幸な人の存在に気づいて(しかも、その存在を自分が作り出している場合もある事実に気づいて)、苦しみを分かち合うという、別の幸福への道が出てくると思います。これが、仏陀が説いた、貪りを超えて、慈悲を培う生き方ではないか。

21世紀は、途上国の急速な経済発展に伴い、地球環境、資源・エネルギー・人口爆発等の問題が地球全体の将来に影を落としていますが、こうした事態であればこそ、なおのこと、今得ていない幸福を得ようとして、もっともっとと求める競争原理、市場原理主義の価値観ばかりではなく、今ある幸福に気づく智恵と、分かち合う慈悲の思想も必要かと思います。

以上、負け組になるのは辛いものの、負け組も勝ち組ではないか、そして、勝ち組も負け組になる人たちではないか、という視点でした。皆さんのご意見をお待ちします。
よろしければメールでお聞かせください。
メールアドレスjoyus2007@yahoo.co.jp

なお、この日記を載せている、私のmixiの方で、
活発な意見交換がなされていますので、
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