2010年までの日記

失敗と成功はセット
(2008年10月18日)

失敗は成功のもととよく言いますが、
今日はこのことに関してお話ししたいと思います。

興味深い話として、名前は忘れたのですが、
歴史上のある偉人が、何かの試みに失敗した時に、それによって、
成功しない道が一つ分かったから、失敗ではなく、
成功であると考えると語ったということがあるそうです。

論理的に考えても、失敗を恐れすぎずに、いろいろチャレンジする人は、
経験の量が増えて、その意味で智恵が増大しますから、
成功しやすくなると思います。

もちろん、何かやる前に何も考えず、むやみやたらに行動してばかりならば、
失敗が智恵に繋がらない可能性があり、
慎重さと勇気のバランスが必要ですが、
よく考えた上でチャレンジして、失敗した(部分があった)としても、
それは、成功に繋がるものだし、いや、先ほどの偉人のように、
見方によっては成功なのだという考え方が必要だと思います。

ただ、多くの場合、何かしようとしたとき、
失敗した場合に対する不安によって、
縮こまってしまうことがあると思います。
それは、何かして失敗するデメリットと、
何もしないことによるデメリットの双方を
公平に比較できていないことによると思います。

背景には、失敗せずに成功したいという気持ちがあるのですが、
これは、実際には自分を幸福にしない一種の欲望だと思います。
言い換えれば、自己保全が強すぎる、
努力しないで成功したいという怠惰がある。

仏教で、苦と裏が表裏であり、苦の裏に楽があり、
楽の裏に苦がある、と説くのですが、苦の裏に楽がある、
というのが、失敗は成功のもとという考えと同じだと思います。

ただし、それは、失敗した後に、
あきらめずに努力し続ければということであり、
仮に、一度目の失敗で、
二度と失敗したくないと思い過ぎるようになると、
それ以上は動きがとれなくなって、鬱状態にもなり、
結果的に挫折で終わってしまう恐れがあると思います。 

そういった場合は、仮に失敗したとしても何を失うのかを具体的に考えれば、
実際には大して損失はなく、逆に、何もしない事による失敗・後悔の方が
大きいというのが、分かると思います。
すなわち、失敗した場合の不利益に対して、
実際以上の妄想的な不安や恐怖を抱きがちだということです。

また、逆に言えば、楽の裏には苦があって、すなわち、
成功が失敗のもとになる時があると思います。

例えば、過去に成功した人は、その成功体験のために、
慢心を抱いた結果として、失敗するとか、その成功体験にとらわれて、
絶えず変化する現実に適応できなくなる場合があり、
その結果、成功が失敗の元になる場合があると思います。

こうして、失敗は成功とセット、努力を続ける限りは、失敗は成功のもとであり、
油断・慢心があれば、成功は失敗のもとになるのではないでしょうか。

オウムの信者が、松本氏から自立できない最大の理由も、
弟子=自分達は汚れがあり、正確な判断できないから、
正確な判断ができるグル(松本氏)に委ねるべきである、という教義を
修習したという側面があるからでした。

そもそもが、自分が身を委ねるグル自体が、正しいかは、
自分で判断するしかないのに、
自分で判断して失敗することの怖さを気にするあまり、
自分で判断しないことの怖さが理解できず、
偏った選択しているということだと思います。
その結果、逆に、大きな失敗をしてしまいました。
失敗を恐れすぎると、
逆に失敗を招き寄せる面があるのだと思います。

その背景には、自分に対する自信のなさなどがあると思いますが、
その更に背景には、失敗と成功を繰り返しながら、ながく努力を続けながら、
成功に至るという、成功への王道・正道を避けようとする、
依存心とその奥の怠惰・無智などがあると思います。

そして、これは、ある意味で、現代社会全体に、相当に広がっている
精神的な傾向ではないかと思うのですが、
皆さんはどのようにお考えでしょうか

よろしければメールでお聞かせください。
メールアドレスjoyus2007@yahoo.co.jp

なお、この日記を載せている、私のmixiの方で、
活発な意見交換がなされていますので、
よろしければ、のぞいてみてください。

 

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