2010年までの日記

私たちは何を愛しているのか?
(2008年09月08日)

  今、仏教の縁起の法について研究しています。

その中でも、出てくる興味深い世界観が、
私たちは、この世の中で、
食べ物にしても、異性にしても
いろいろなものを好きになったり、
または、嫌いになったりするのですが、
それは、私たちの外側にあるものを
直接好きになったり嫌いになったりしているのではなく、
それらのものについて、自分の脳が感じているもの、
つまり、自分の脳の感じ方を
好きになったり、嫌いになったりしているだけ
という事実です。

だから、同じ対象を見たり、感じたりしても、
人によって、まったく好き嫌いが違ってくる。
こうして、自分たちの外にある対象自体には、
善し悪しの実体はなく、
それを見る自分の内側の要素いかんによって、
善し悪しが現れる。
その意味で、世界は、現実は、
人の数だけ、脳の数だけ存在する
ということもできる。

これが、仏陀が説いた、縁起の法や、
大乗仏教の空の思想の
少なくとも一部だと、自分は解釈しています。

でも、私たちは、日常生活で、自分たちが感じていることが、
外側に実際に存在していると、思い込んでいることが多い。
単に、自分の脳の感じ方にすぎないとは思わない。

しかし、その結果として、場合によっては、
非常に強い好き嫌いが起こり、
さまざまな争い、戦争までも起こる。

こうして、人間が存在していると感じているものが、
実際に存在しているものとは違っている。
これが、苦しみの根本原因だと、仏教は説く。

皆さんは、この考え方、思想について、
どう思われるでしょう?

よろしければメールでお聞かせください。
メールアドレスjoyus2007@yahoo.co.jp

また、この件について、私のmixiの方で、活発な意見交換
がなされていますので、よろしければ、のぞいてみてください。

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